「LINE」は今月、東京証券取引所とニューヨーク証券取引所(NYSE)へ同時に上場することで、日本円で約980億円(約9億2000万ドル)を調達し、これによって、企業評価額は55億ドルを上回るといわれています。
世界へ向けて「かわいい」文化を発信する日本発の無表情なクマの「ブラウン」と、感情を丸出しにするウサギの「コニー」など、LINEの可愛いキャラクタースタンプが、国内同様に世界の市場を席巻するのでしょうか。
今回の上場は、日本国内では既に人口の約半数が「LINE」ユーザーになり、新規獲得ユーザー数の伸びが頭打ちとなっている現状に対して、コア・ターゲット市場を日本、台湾、タイ、インドネシアの各国に設定することで、アクティブユーザー数の増加を図りながら、ユーザー1人当りのエンゲージメント(利用時間)を増やす戦略への布石ではないかと考えられます。
「LINE」売上高の約4割はチャットアプリで提供しているゲーム(LINEキャラクターが主役)が占めています。そして、この売上を発生させているのが、ユーザーがキャラクタースタンプを購入して友達に送る仕組みです。ご存じのように、我が国は世界的なキャラクターの「ドラえもん」、「ポケモン」、「ハローキティ」などを生んだ国であり、国民全体がそのようなキャラクター文化に一定の理解を示す、特異な市場の国でもあります。
因みに「LINE」の2016年第一四半期の国別売上高の比率を見ると、日本が71%、その他の国が29%になっています。我が国の特異な市場をバックボーンに進展したLINEのビジネスモデル、海外市場においても日本国内と同様の躍進を遂げることが出来るのか、正念場を迎えることになります。
もう一つ、市場の特殊性の例を挙げれば、我が国のオンラインニュースの現状も、世界の他の国々と比較すると異なった傾向があります。海外の主要先進国では新聞・テレビなど既存のメディアがオンラインの世界においても激しい企業間競争を繰り返しながら成長してきた経緯がありますが、日本では主要メディアである新聞・テレビなどの各社はオンライン上のニュースサイト運営には何故か無関心で、パブリッシャーに属さない「Yahoo!ニュース」が孤軍奮闘する状況が長く続いています。
ロイター(Reuters Institute)発行する「Digital News Report」の2016年版によると、「Yahoo!ニュース」が日本のオンラインニュース全体の59%を占めて、2位 16%のNHKのニュースサイト「NHKオンライン」以下を大きく引き離しています。
また、関心を持つニュース・トピックスのジャンルにおいても、日本のユーザーは独自の傾向を示しています。インターネットを日常的に利用している主要26か国の中で比較すると、ソフト系ニュースジャンル(エンターテインメント、ライフスタイル、スポーツ、カルチャーなど)のニーズが日本が最も高く、ハード系ニュースジャンル(国際、政治、経済、ビジネス、教育など)のニーズが最も低いのも我が国の特徴です。
他の国々のハード系ニュースジャンルに関心を寄せる割合は、ギリシャ81%、スペイン77%、ドイツ76%、米国が74%と高いのに対して、日本は49%と26か国中で唯一50%を下回っています。冒頭にご紹介したLINEのキャラクタースタンプの事例が象徴するように、かわいい系キャラクターに寛容な日本人は、ハード系よりもソフト系のコンテンツに興味を持つ度合いが高いのでしょうか。
しかし、この二社を別の観点から見ると「LINE」「Yahoo!ニュース」の両社は、ガラパゴスと揶揄される日本国内の市場において、「プラットフォーマー(情報基盤サービス提供者)」としてネット上で独自のポジションを確立した事業の成功事例であると捉えることも出来ます。
そして、この「プラットフォーマー」という事業形態で考えると、今後我が国の企業が新たな事業を展開する場合、どのような戦略で臨むべきなのか、そのヒントになる事例が他の国の企業にあると思いますが、その一つが中国の「テンセント(Tencent)」です。
「テンセント(Tencent)」の社名は、日本では知名度が高いとはいえませんが、ソフトバンクが、同社子会社の「スーパーセル(Supercell)」の売却を発表した際に、その売却先として名前が挙がった企業が「テンセント」で、同社が提供している複数のメッセンジャーサービスの「MAU(月間アクティブユーザー数)」を合算すると11億人を超えるユーザー数を誇っています。
「スーパーセル」はスマートフォン向けゲームを開発し、その代表作には中世を舞台にした歴史ストラテジーゲームとして有名な「クラッシュ・オブ・クラン」などがありますので、「テンセント」の集客力がより強化されていくのでしょうか。
「テンセント」は、インターネット黎明期の1998年に創業され、翌年1999年2月にメッセージングサービスの「QQ」をリリースし、いまでは中国における「IM(インターネットメッセージング)」サービスのスタンダード的な存在になっています。
「テンセント」は2004年、自社開発した簡単な操作のみで短時間で楽しめる「カジュアルゲーム」の「QQ堂」をリリースの後、2006年には「QQ音速」、2007年には「QQ三国」と「QQ」のサービスを拡大するタイミングと同時に、次々とゲームをリリースしています。また、これと並行して他社開発のゲームを、自社のプラットフォームで展開するライセンス方式によるゲームについても順次リリースを続けています。
中国のゲーム市場においても、我が国と同様にモバイル市場が急速に拡大し、2016年中にモバイルユーザーがPCユーザーを上回ると見込みですが、このようなモバイルゲーム市場の急成長は、モバイルユーザーの大半を抱えている「テンセント」にとって千載一遇の好機であり、このゲームを核としたコミュニケーションプラットフォームに集まるユーザーに対して、新たなゲームの提供やゲームアイテムの課金などによって、さらなる収益の拡大が予測されています。
「テンセント」の事業モデルを一言で言い表すと、ネット上のユーザーにゲームを提供しながら、「LINE」や「Facebook」のようなコミュニケーションサービスを手がける企業と言えますが、「テンセント」、「LINE」、「Facebook」これら三社共通のキーワードが「プラットフォーム」です。
各社ともに、「プラットフォーマー」として、強固なコミュニケーション基盤を保持していますが、「テンセント」の特徴は、オンラインメッセージサービスの「QQ」、モバイル向けSMSと通話機能を提供する「WeChat」、SNS機能を提供する「QZone」、3つのコミュニケーションプラットフォームを保有しているところです。
そして、もう一つの「テンセント」の特徴が、一つのサービスに依存しない、自社が保有するサービスの複合的展開にあります。その結果、2016年3月時点での「MAU(月間アクティブユーザー数)」は、「QQ」5.08億人、「WeChat」6.48億人を数え、クライアントゲームでのマーケットシェアについても、54.4%と他社を圧倒する結果となり、「プラットフォーマー」として「テンセント」が中国のネットコミュニケーション基盤そのものになりつつあります。
中国では、かつてのコミュニケーションアプリが、いまではオンライン活動の中心を占めるようになり、「WeChat」ユーザーが日常的にユーザー名を交換したり、物品の購入や、店舗の予約に利用するなど、「WeChat」を使わないスマホユーザーを見つけ出すのは難しい状況になっているようです。
このような「プラットフォーマー」が提供するサービスが、日常使いのアプリとして利用される傾向は、米国など他の地域でも広がりを見せていますが、配車アプリを手掛ける「ウーバー・テクノロジーズ(Uber Technologies)」は、「Facebook」のメッセージ機能である「メッセンジャー」を通じて車を手配できるサービスの提供を開始しています。
また、「プラットフォーマー」を巡る別の動向としては、米国「マイクロソフト」は先月の13日、ビジネス向け交流サイト(SNS)大手「LinkedIn(リンクトイン)」の買収を発表しましたが、買収金額は262億ドル(約2兆7800億円)となり、同社にとっては過去最大規模の企業買収となりました。
「LinkedIn」は、ビジネスパーソンに特化したSNSで、そのユーザー数は全世界に4億人以上で、月間のアクティブユーザー数は1億人を超えると言われています。
米国の多くのユーザーは、ビジネス上のプロフィールを登録し「LinkedIn」で仕事上のパートナーを検索したり、顧客を開拓するため日常的に利用されているようで、外資系企業の友人によれば、アメリカ人と名刺交換すると、リンクトインへの案内が送られてくることがよくあると話していました。
「マイクロソフト」の狙いとしては、ビジネス向けのパッケージ・ソフトウェアの開発・販売を主力とする同社の方向性から考えると、全世界に4億人のビジネスパーソンを抱える「LinkedIn」の買収は、同社が展開するクラウドサービスの優良顧客獲得へ向けての布石としては順当なものと言えます。
その一方、「テンセント」では2013年に、ライバル企業「阿里巴巴集団(アリババ・グループ・ホールディング)」の電子決済サービス「支付宝(アリペイ)」に対抗するため、「WeChat」に電子決済機能を組み込んでいます。そして2014年の旧正月には、赤い封筒にお金を入れたお年玉を贈る中国の習慣「紅包(ホンバオ)」をネット上で可能にする、現金の入った仮想の封筒をユーザー同士でやり取りするサービスを開始し、いまでは年間を通して利用される「WeChat」の中で最も人気のある機能になっています。
「QQ」、「Qzone」、「WeChat」のコミュニケーションツールと、付加価値サービスとしてのゲーム・コンテンツの提供が「テンセント」の基本的戦略ですが、今後の展開としては「プラットフォーマー」として築き上げた情報基盤を活用するかたちで、「紅包(ホンバオ)」のような機能をより充実させた、「マイクロローン」や「FinTech」と呼ばれる決済・融資分野へのシフトが考えられます。
このような流れを受けて、「テンセント」では既に「FinTech」分野で、傘下企業「TenPay」の決済サービス「WeChat Payment」をリリースしています。 「WeChat」のユーザーは、銀行からキャッシュを「WeChat Payment」に入金すると、それを商品の購入や、映画の代金、ゲームのポイント、クレジットカードの支払、ECサイトの支払いなどで使用することが可能になります。
現在、「WeChat Payment」は中国国内において、EC大手のアリババが提供する「Alipay(アリペイ)」についで、ナンバー2のポジションですが、「プラットフォーマー」が持つ情報基盤の強みを活かしながら、将来的にはマイクロローンなどの融資の機能も追加することで、ゲーム・コンテンツとコミュニケーションツールに加えて、金融まであわせて提供することが可能になります。
現実に、先月6月の株価では「テンセント」の時価総額22兆円に対して、「アリババ」は21兆円(210.3億ドル×1ドル106円)と時価総額では「テンセント」が上回るかたちとなり、「プラットフォーマー」としての価値が一般にも認められた結果と捉えられています。
今回のコラムでは「LINE」の海外展開をきっかけに、コミュニケーション基盤を保有する企業が目指す新たなビジネスモデル展開とその可能性などについて考えてみましたが、我が国の「プラットフォーマー」も、世界の競合他社の巧妙なマネジメントを学習し、かれらと互角に渡り合うすがたを我々に見せてほしいものです。