1月20日、ドナルド・トランプ氏が米国の第45代大統領に就任しました。保護主義的な貿易政策や「人」の移動の制限など、冷戦終結後に米国自身が率先して推し進めてきた、グローバル化の潮流を否定するような言動が注目される同氏ですが、昨年11月「CBS」のインタビューに対して、「SNS」は現代的なコミュニケーションスタイルであり、SNSを巧みに利用したことが、大統領選挙の勝利につながったと自ら語っています。
トランプ大統領の就任にともない、Twitter公式アカウントの移行手続きが行われ、米国大統領の略語を使ったハンドルネーム「@POTUS」は1月20日に、第44代大統領オバマ氏から、第45代のトランプ氏に引き継がれました。
オバマ氏の過去のツイートは全て、新たに設けたアカウント「@POTUS44」へ移動され、トランプ新政権のチームはさっそく「@POTUS」アカウントを活用し、1月21日の朝までに就任式の画像を添えた4件のツイートを投稿していますが、同日午後の時点で「@POTUS」のフォロワー数は1420万人となっています。
トランプ氏の言動では、大統領就任直前の今年新年早々、トヨタ自動車のメキシコ工場の建設計画について、アメリカ国内で生産しなければ、メキシコ産のトヨタ車に高い関税をかけるという、強硬な発言が大きな話題になりました。これがソーシャルメディア登場以前であれば、同氏の思いを自動車メーカーの経営者層に直接・短時間で伝えるツールは存在していません。
しかし、誰もがソーシャルメディアを利用して情報を受発信する現在では、一般市民にも自動車メーカーのトップにも、誰もが一瞬で自らの主張を伝えることが可能になったのです。
大統領就任前のトランプ氏のフォロワー数は、Twitter 1950万人、フェイスブック 1680万人、インスタグラム 450万人で、2009年にソーシャルメディアでの情報発信を始めて以降、投稿回数の合計は、3万4000回を超えたと言われています。
トランプ氏は自らの発言の真意を伝える方法として、情報を収集しそれを編集してから発信する旧来の既存メディアを使用するのではなく、ダイレクトに自分のいまの思いを伝えることが出来るツールとして、ソーシャルメディアを活用した情報発信手法を選択したのではないでしょうか。
ソーシャルメディアは、いまや誰もが日常的に使用するツールになっています。
私が懇意にしている若者たちを見ていますと、彼らは調べものをする時Googleで検索するのではなく、Twitterの検索機能「ツイート検索」を利用している人が多いように感じています。
たとえば鉄道を利用する時、路線名で検索すると、同じ路線を利用しているTwitterユーザーが発信した電車の遅延情報など、リアルな情報にアクセスすることができます。
Web検索との相違点は、そのツイートに「時間軸」が存在することで、まさに「いま起きている出来事」が検索から見えてくるところが特徴です。
地震が起きたらTwitterを見るという人もいますので、リアルタイムな状況を知るためのツールとして認識されていると思われます。
また、Twitterの特性として、そのリアルタイム性に加えて、ツイート内容にユーザー個人の興味・関心や、喜怒哀楽などの感情に直結する要素が多く含まれている傾向があります。Webサービスの中で、もっとも利用者の個人的感情が集約されるメディアなのかもしれません。
常にツイートするヘビーユーザーはごく一部であっても、他のユーザーのツイートを再投稿する「リツイート」は誰でも簡単に行うことが可能ですし、そのような利用者の行動がネット上の大きな情報の流れにつながっていきます。
ちょっとした隙間時間に、まずはTwitterにアクセスして、タイムラインを見ているだけでも、そこに何らかの発見があり、それがTwitterを使う動機付けになっているのです。
米国の事例では、後に「ハドソン川の奇跡」と呼ばれる、ハドソン川へ航空機が不時着する事件が発生しましたが、この際にもテレビや他のニュースメディアに先駆けて、Twitterがいち早く情報を伝えています。そして、これがきっかけでTwitterは他のメディアに並ぶ情報ツールとして、認知度を高めたと言われています。
2016年度に「ICT総研」が実施したSNS利用動向に関する調査によると、利用者は年々増加し、利用率が最も高い20歳代を筆頭に30~50歳の世代にも拡大を続け、誰もが日常的にソーシャルメディアを利用する時代が到来したことを示しています。SNS利用者は、成熟したサービスのTwitter、個人コミュニケーションの核としてのLINE、ビジュアルセンスでつながるInstagram、オトナの交流ツールFacebookなどのように、サービスを棲み分け・使い分けて活用しています。
ソーシャルメディアを巡る話題では、昨年の国内映画業界の動向も興味深い動きを示しています。東宝のアニメ映画「君の名は。」の興行収入が210億円を超え「シン・ゴジラ」などのヒット作品が相次いで登場した結果、2016年の国内映画興行収入は15年比6%増の2300億円を超えて過去最高を6年ぶりに更新するなど、特異な盛り上がりを見せました。このヒットの要因にもソーシャルメディアが大きな影響を与えたと言われています。
「シン・ゴジラ」については、以前のコラムでご紹介しましたので、ここでは「君の名は。」のヒットとソーシャルメディアの関係性について考えてみます。
まず、「君の名は。」の告知映像やコマーシャルを初めて見た一般の人たちは、画像が綺麗な「コメディ系ラブストーリーアニメ」と考え、新海誠監督の他の作品を知っているマニア的な人たちは、「すれ違い系もやもやアニメ」を想像したと思います。
このような観客の思いを、新海監督は上映時間2時間の後半1時間で、良い意味で見事に裏切ってみせます。
ここからは「ネタばれ」も含みますので、まだ「君の名は。」をご覧になっていない方はご注意いただきたいのですが、画像が綺麗な「コメディ系ラブストーリーアニメ」を想定して映画館に足を運んだ観客の多くは、予想していなかった後半のディープなストーリー展開に驚き、またそこに張り巡らされた伏線が次々に回収されていくプロセスと、美しい映像にシンクロするように流れる「RADWIMPS」の音楽に感動します。
コメディータッチの流れを一瞬で断ち切る「被災地との遭遇」シーンの強烈なインパクト、二度目のお祭りの日に彗星が落下してくる瞬間の悲劇的な展開に覆いかぶさる、悲惨な状況なのに目が釘付けになるような美しい映像、そして、これまでのストーリー展開を超越したような最後の邂逅など、このような「感動体験」をした現代の観客が次にする行動は、その「感動」をWebに発信「ツイート」することです。
その「ツイート」された「感動」が「リツイート」されて、ネット上に「感動」が拡散され、新たな観客が映画館へ足を運んだ結果が、210億円の興行収入につながったと思われます。
この作品の中で、日常的にソーシャルメディアを利用するSNSユーザーの心に刺さったのは、2人の主人公「瀧」と「三葉」の入れ替わりが途切れて、スマホの日記を通してメッセージを交換していた相手とのつながりが、いとも簡単に断絶されるシーンではないでしょうか。それは私達の身近にある、「消えてしまったら終わり」のネット上でのつながりと同じです。
いくら仲が良くても、SNSのアカウントが消えれば会うことができない、そしてその存在感は徐々に薄れて「自分の妄想だったのでは」と思った時に、それを否定するような痕跡も留めていない現実。この身に覚えのあるような、なんとも儚い喪失感は「瀧」と「三葉」が最後にたどり着いた衝撃の真実とともに、私たち観客を物語の世界へ引き込んでいきます。
Twitterで「君の名は。」を検索すると「難しかったからまた見る!」という、マニア層ではない、ごく普通のアニメファンの投稿を多数目にすることになります。
この「一度見ただけでは分からない」ために、複数回作品を見させてしまう現象は、かつてのヒット作「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」と同様のパターンです。
「君の名は。」の封切り時当初の上映館数は、メジャー作品としては少な目の296館で、夏休み最終週の8月26日に公開しています。
通常、夏休み・お盆シーズンでヒットを狙う作品は、7月下旬から8月上旬にロードショー公開するのが通例ですので、8月26日の公開日から考えると、東宝の目論見としては中ヒット、もしくは小ヒットを狙っていたのではないでしょうか。
現に、東宝は「シン・ゴジラ」を7月29日の夏休みシーズンど真ん中で公開し、その次の週には、ゴジラとコラボする作品としてアニメの「ルドルフとイッパイアッテナ」を「君の名は。」の296館より多い、331館で公開しています。
この公開のタイミングと上映館数から推測すると、東宝が昨年の夏休みシーズンに期待を寄せた目玉作品は、「シン・ゴジラ」と「ルドルフとイッパイアッテナ」の2作品であったと推測できます。
10代をメインターゲットにする「君の名は。」は、夏休みシーズンが一番の書き入れ時のはずが、公開のタイミングを完全に逃しています。
しかし、これに反してTwitterなどSNSでの「口コミ」で人気が広がり、客足は徐々に増加していき、興行成績が伸びていきます。
公開5週目の9月25日には、ネット上の「口コミ」をきっかけに劇場に足を運んだ人たちを中心に興行収入は111億円を突破し、2017年1月末の時点では、歴代国内映画ランキング3位の「アナと雪の女王」254.8億円に次いで、第4位の235億円を記録しています。
この「君の名は。」のメガヒットは、ソーシャルメディアの影響力が無視できないレベルに達したことを示しています。
ソーシャルメディアなどで大きく話題になった特定の商品やサービスに人気が一極集中するような状態になり、話題の事象に多くの人々が群がり、この現象をグラフに描くと頂上のヘッドが巨大化していく様子をモンスターに例えて、「モンスターヘッド」と呼称します。「君の名は。」のヒットは、作品の出来栄えだけでは捉えきれない、ネットの潜在力によって「モンスターヘッド」が誕生した結果だと考えられます。
今回のコラムでは、コミュニケーションツールとしてのSNSと、ソーシャルメディアの影響力について考えてみました。このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、システムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考察したいと思っています。
それでは、次回をお楽しみに・・・