ロボットとAI(人工知能)その先にあるもの
~友達ロボットとの「暮らし」は実現するか~

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質 [第1回]
2017年4月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

友達ロボットと共存する生活は現実となるのか

「鉄腕アトム」の原作では、アトムの誕生日は2003年4月7日とされていますが、もし現実にアトムが誕生していたとすれば、すでに14年が経過したことになります。
そして、未来から来たネコ型ロボット「ドラえもん」の誕生日は、2112年9月3日、身長129.3cm、体重129.3kgに設定されています。

現実の世界では「鉄腕アトム」は誕生せず、「ドラえもん」の誕生日まで、95年の歳月の経過が必要になります。この先「アトム」や「ドラえもん」のように、人間の言葉を理解する友達のようなロボットと共存する生活は実現するのでしょうか。

古くは1950年代のSF映画「禁断の惑星」では、科学技術の発展により肉体を超越した精神と自我の暴走を描く作品の象徴として、人間の言葉を理解し人とコミュニケーションするロボット「ロビー」が登場します。この作品が予見したような、実生活レベルで我々と共生するロボットが誕生するのは、もう少し先になると思われます。

しかし、人間に似た体の動きや姿かたちではなく、人の言葉を正しく認識してそれに反応し、答えを返す機能をロボットの範疇として捉えるならば、これが現実のものになりつつあります。

AmazonのAI(人工知能)を活用した「Amazon Echo」

例えば、Amazonが米国内で販売する「Amazon Echo」は、AmazonのAI(人工知能)である「Alexa」のテクノロジーを活用することで、人間の言葉を理解して返答する、音声認識機能を搭載した円筒形のデジタルデバイスです。2014年の発売以来2年間の売上が全米で510万台の大人気ヒット商品になっています。

「Amazon Echo」には7個のマイクが搭載され、どの方向から問いかけても、複数のマイクがユーザーの音声を捉えて、ネット上のAI(人工知能)が回答したり、家庭内のスマート家電の操作やAmazonマーケットプレイスでの買い物をしたりすることができます。

この「Amazon Echo」ですが、「Alexa」シリーズとして、スピーカーを搭載し高さ23.5センチ円筒形の「Echo」の他、小型スピーカータイプの「Echo Dot」、外出時にも携行できる仕様の「Amazon Tap」の3種類が市販されています。

現実の生活シーンでは「今日は何月何日?」、「天気予報を教えて?」と問いかければ、「Amazon Echo」がそれに返答し、「ジャズを聞かせて!」と言えば、それに応じたストリーミング音楽を流します。さらに、「ミネラルウォーターを買って!」と声をかければ、Amazonのショッピングリストに追加されますので、後ほどPCやスマートフォンからワンクリックで注文が可能になります。

米国の調査会社CIRPによると、「Amazon Echo」の利用目的としては、30%のユーザーが天気などを質問して答えを聞く用途、40%がストリーミングなど音楽を聞くためのオーディオ的な用途、そして家の中にある家電機器のコントローラーとして利用するユーザーが10%強という調査結果になっています。

「Amazon Echo」の販売価格は日本円に換算すると2万円前後ですので、ネット上のストリーミングミュージックを聞くためのワイヤレススピーカーとして購入した後、他の用途でも様々に使えるのであれば、ユーザー心理としては、お買い得に感じていると思われます。

ここで注目すべきは、ユーザーが「Amazon Echo」に問い掛けた音声データはAmazonのクラウドコンピューターが受信・記録し、ネット上に蓄積されたデータを活用して答えが返信されるため、利用者の嗜好や行動パターンを学習して返答する仕組みが構築されているところです。

また、サードパーティー各社が参加することで「Alexa」ベースのアプリケーションや新たなデバイスが開発されるなど、新たな機能やサービスが登場する可能性もあります。このように考えると、「Amazon Echo」はいつも飼い主の声に耳を傾けている忠実な愛犬のような、友達ロボットの実現に向けて、大きな可能性を示したとも言えます。

音声認識の利点は、料理をしている時に「最初に入れる調味料は?」と質問したり、運転中でデバイスを操作できない場合でも、「次の交差点は右折?」などと問い掛けたりすることができるところです。今後「Alexa」をプラットフォームとしたコンシューマー向けの機器が音声認識のデファクトになるとすれば、「声」で様々な種類の機器を制御する基盤が構築されていくのかもしれません。

AI(人工知能)の今後の展開

このAmazonのAI(人工知能)「Alexa」は、クラウド上に構築されたシステムですが、いま我々人類が保有しているデータの総量は、全てのメディアを含めると8ZB(ゼタバイト)になると推定されています。我々が普段使っているパソコンの記録容量は、1TB(テラバイト)単位ですが、KB(キロバイト)が1000バイト、TBが1兆バイト、ZBは10垓バイト(兆の10000万倍が京:けい、その10000倍が垓:がい)ですので、ZBはTBの10億倍に相当します。そして、現在のデータの総量8ZBが、2020年には44ZBまで増加するという予測もあります。

また今後、AI(人工知能)やIoT(Internet of things:モノのインターネット)が進展すると、各種のデバイスがつながり交信することでビッグデータが生成されます。そして蓄積されたデータの活用が様々な分野で促進されると、新たな生活支援サービスやビジネスモデルが誕生するなど、我々の生活全般に大きな革新をもたらすと期待されています。

海外の事例を挙げれば、ドイツでは「工場を起点にして、サプライチェーン上の情報を共有化し、効率化と付加価値を生む」という思考から「インダストリー4.0」が提唱され、米国においては「データを起点にして、新たな価値等を生む」という考え方から、「インダストリアル・インターネット」の概念が存在感を強めています。

Twitterでは、2014年にSNSからデータを収集しデータマイニングの支援を行う企業のGNIPを買収することで、世界中の利用者から投稿されたツイートを蓄積し、高度な分析等の価値を付加したデータ情報として事業者に販売しています。このようなネット上に蓄積されたSNS等のデータを分析し利活用するモデルは、様々な業界から注目を集めています。

次の展開としては、公共交通機関と観光関連事業者が共同利用するプラットフォームを構築して、乗客の乗降履歴や各種サービス事業者が保有する属性情報を集約・分析し、観光客の属性に応じたレコメンデーションを提供することです。このサービスの高度化を図るプロバイダーの登場や、高齢者介護の分野においては、ソリューション提供事業者が介護施設等に設置したセンサーから取得した介護データを分析し、ヘルスケアサービス(介護システム提供、介護業務の改善提案等)で利活用することによって、介護分野に新たな価値提供を実現するモデルの構築などが考えられます。

もちろん、個人情報保護に対応した厳正な運用や、蓄積されたデータを活用する場合の匿名化・統計化など、プライバシー保護の徹底が前提となりますが、ネット上に蓄積・集約されたデータを分析・利活用する、業界横断的なプラットフォームビジネスが誕生すれば、我々の生活を激変させる可能性を秘めています。また、このようなデータを利活用するノウハウを、コンサルティングとして提供する事業者が登場するかもしれません。

この先クラウド上には、我々のライフログとも言える社会活動の記録データが急速に集積され、蓄積と処理が集中的に行われていきます。このような状況では、AI業界の権威レイ・カーツワイル氏が指摘したシンギュラリティ(技術的特異点)の論を持ち出すまでもなく、データが大量に蓄えられれば、その膨大な記録量を処理する速度や正確性において、AIが人類の頭脳を追い越していくことになります。

AIの開発・運用に関しては、社会的・倫理的に求められるルールはどうあるべきかなど、様々な分野で論議がなされていますが、2016年4月に開催されたG7情報通信大臣会合においては、「透明性」「制御可能性」「プライバシー保護」など、8項目のAI開発原則案について国際的な議論を進めることで合意しています。

1950年代に発行された少年漫画雑誌「少年」では、「鉄腕アトム」と同時期に連載されていた「鉄人28号」の作品の中で、ロボットである「鉄人」は自立した存在ではなく、リモコンを操作する人間によって、善にも悪にも変化する存在として描かれ、人間がロボットに対してどのような気持ちで接することが重要なのかを訴えています。

コラム冒頭にご紹介した、「ドラえもん」の誕生日、2112年9月3日、身長129.3cm、体重129.3kgの設定は、小学館の学年誌に「ドラえもん」の連載が開始された1969年当時の小学4年生の平均身長129.3cmに基づいて設定されたと言われています。
ちなみに、スリーサイズは、B:129.3cm W:129.3cm H:129.3cm、足の長さ129.3mm、ジャンプ力129.3cm、ネズミから逃げる速さは129.3km/hとされています。

この1・2・9・3という数字へのこだわりは、当時の平均身長を用いることで小学4年生の「のび太」と上下関係のない、対等でフラットな友達のような関係性を構築したいとする、原作者の強い意志が込められていると思われます。

AI(人工知能)に対しては、ネガティブな関係性を想定するのではなく、AIが人類の思考を補完するような、我々の体外にもう一つの頭脳を持ったように考えることはできないでしょうか。「のび太」と「ドラえもん」のように、時には喧嘩もしながら、友達のように付き合い、要素技術の進展に対してオープンな対話を続けていくことが、真の意味でのユーザーファーストな「暮らし」の実現につながると考えています。

ユーザーファースト視点で考えるシステムの本質

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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