欧米諸国では規制緩和が進展し、ウイルスと共存する道の模索を始めています。イギリス・デンマークでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する規制をほぼ撤廃し、欧州連合(EU)はすでに2022年1月25日から、ワクチン接種済みの住民には、域内27カ国の移動で検査や隔離を義務付けないと発表しています。
また、有識者の大筋の意見に対応するように、新型コロナウイルス感染症を「厳格な感染予防策を講じるべき致命的疫病」ではなく「日常生活の一部」として受け入れる動きが強まっています。
日本国内においては、出入国規制・措置の緩和や、政府の感染症危険情報の引き下げを受け、旅行会社が2年ぶりにハワイツアーの催行を再開したことで、ゴールデンウィークに出発する海外旅行が増加しました。日本政府観光局(JNTO)によると、2022年5月の日本人出国者数(推計値)は13万4,000人となり、2年ぶりに10万人を超えた2022年4月を上回る出国者数を記録しています。
また、訪日外国人旅行者数(推計値)は14万7,000人となり、2カ月連続で10万人を超えたことから、政府は出入国制限を段階的に緩和し、6月10日には、旅行会社等を受入責任者とする訪日ツアーを再開、1日あたりの入国者数の制限を2万人に拡大しており、今後も入国者数の制限は継続するものの、徐々に緩和されていくと思われます。
スイスの「世界経済フォーラム」は、世界117の国と地域を対象に観光資源や交通インフラ、治安などを比較・調査して、観光産業の競争力をランキング形式で発表しています。5月24日に公表された今年の調査結果において、2007年の調査開始以来、初めて日本は世界1位に評価されました。
この調査では、ダボス会議の主催団体として知られる「世界経済フォーラム」が2年に1度、各国の競争力を観光地としてどれだけ魅力的か評価しています。今年の調査では、日本は交通インフラの利便性、自然・文化など観光資源の豊かさ、治安の良好さなどが高く評価され、2位のアメリカ、3位のスペイン、4位のフランスを抑え、堂々の世界1位を獲得しています。
今年の「世界経済フォーラム」の調査報告書では、「新型コロナウイルス感染症の拡大は、世界経済にとって観光産業がいかに重要かを改めて示した。観光産業の持続的な成長のために、各国は衛生や安全確保の強化に優先して取り組むべきだ」と、提言しています。
そして、2022年6月7日、日本政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針)」を閣議決定しましたが、この中で、観光分野については、社会課題の解決に向けた取り組みとして位置付け、「観光立国の復活」を明記しました。
具体的施策としては、国内需要喚起策を実施し、観光・交通事業者と連携して平日の旅行促進等を推進し、宿泊施設改修やデジタル実装など観光地・観光産業の再生・高付加価値化について、基金化などの計画的・継続的な支援策が可能となるよう制度を拡充するとしています。
さらに、インバウンドの戦略的回復については、サステナブルツーリズム・アドベンチャーツーリズムの推進、新たな観光コンテンツの創出、高付加価値旅行者の誘客、クルーズの拠点形成、IR整備等について記述しています。
また、関係人口の創出・拡大や2地域・多地域居住の推進、新しい資本主義に向けて「DX(デジタルトランスフォーメーション)」への投資を進めていく中で、自動運転車や空飛ぶクルマ、「MaaS」の推進、ビッグデータ分析など、技術を活用するためのテクノロジーマップを整備することで実装を加速させるとしています。
日本政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針)」を閣議決定した後、これに続いて、同月の10日、令和4年(2022年)版の「観光白書」についても閣議決定していますが、今回の白書では、第II部で「新型コロナウイルス感染症に向き合う観光業とこれからの課題」について考察しています。
この白書では、観光関連産業の経営や雇用への影響、国内旅行市場での変化、ワーケーションや第2のふるさとづくりなど新たな交流人口の開拓、持続可能な観光の重要性、観光地の高付加価値化やデジタル実装等について記述するとともに、観光産業におけるデジタル化の状況について分析しています。
IT・デジタルツール導入のデジタル化段階にとどまらず、組織やビジネスモデルの変革など、「DX」に向けて新たなビジネスの仕組みや価値の創造へと取り組みを加速化していくことが重要として、「デジタル田園都市国家構想の実現に向けた観光におけるデジタル実装」では、観光庁は政府全体の取り組みに歩調を合わせて、デジタル技術を活用した観光サービスの変革と地域活性化を目指すと明記しています。
具体的な取り組みとしては、「旅行者への効果的な情報提供等による利便性向上と周遊促進」を図るため、「たびまえ」では、SNS等の積極的利活用による効果的な情報発信や、キャッシュレス化の推進、「たびなか」では、リアルタイム性の高い情報発信と、観光アプリを活用した混雑回避等の取り組み、「たびあと」では、デジタルマーケティングを活用した「CRM(顧客関係管理)」導入等の取り組みを推奨しています。
観光地経営の高度化では、「CRM」導入によるリピーター施策の促進や、「DMP(データマネジメントプラットフォーム)」構築によるマーケティングの強化によって、リピート率や客単価向上による消費拡大が必要としています。生産性向上については、「PMS(顧客予約管理システム)」活用による経営の効率化を図ることで、生産性・収益性の向上が期待でき、さらに高度なサービス提供の実現につなげることが可能としています。
そして、観光分野において、更なる「DX」化による変革を進めることで、地域内の生産額の向上や、雇用の質の向上等を実現し、「住まう価値」や「暮らしの価値」の変革につなげていくことが理想的としています。
いま、国内の様々な観光地において、地域に活力を送り込む「観光」と、その移動に欠かせない「交通」にデジタルを掛け合わせた「観光DX」や「観光MaaS」が注目され、多くの実証実験が行われています。しかし、実証後の事業化については、事業継続性の確保が非常に厳しいのが現状です。
では、観光と交通の連携にデジタル化を採り入れ、地に足の着いた地域振興を図るにはどうすればよいのでしょうか。地域内の回遊性を促す施策としては、「既存の公共交通機関の利用促進」と、「利用者へのベネフィット提供によって回遊自体が旅の目的となる」仕組みの構築が必要と言われていますが、その前提として、観光客の利便性向上につながる情報発信と、運賃徴収のキャッシュレス推進など、デジタル化による環境整備が欠かせないと思われます。
また、地域における「MaaS」実装については、移動手段の利便性向上のみではない、地域内でのアクティビティやイベント、観光スポットなど旅の目的の創造、交通や宿泊等の手配に関する仕組みの構築によって、地域内での経済効果拡大と蓄積されたデータの利活用が、新たな観光サービスの基盤となることを認識すべきではないでしょうか。
ポストコロナ時代のキーワードとして、観光分野においても、「サステナビリティ」や「SDGs」が注目されています。その傾向は、Googleの検索キーワードにも結果として表れ、2021年の日本国内でのGoogle検索で、「サステナビリティ」の検索数は、前年比33%増、2019年比89%増となり、「カーボンニュートラル」に関しては、前年比で実に1,950%増と急増するなど、改めて「SDGs」関連のキーワードへの関心の高さがうかがえる結果となっています。
日本を含むアジア太平洋全域での「電気自動車」や「電動バイク」に関する検索は前年比で約70%増加するなど、モビリティ分野でも環境対策への意識レベルの高まりを見せており、今後、「サステナビリティ」や「SDGs」に関連するキーワードが旅行で訪れる観光地を決める際に大きな要素になると考えられます。
また、温暖化ガスの排出量を削減し、気候変動への悪影響を軽減する「カーボンニュートラル」の観点からも、持続可能な観光に向けて「観光DX」とともに、「GX(グリーントランスフォーメーション)」推進の視点を示すことが求められています。
コロナ禍を経て、人々の意識構造の変化が「DX」を加速させ、「サステナビリティ」や「SDGs」への対応が「GX」につながり、観光産業の分野においても高付加価値化をもたらすと思われます。
新たなる日常の中で人々の意識・思考は日々変化し、滞在型や体験型の旅行スタイルが定着することで、地域への接点は増大するため、地域住民との共存やその土地の気候風土、自然・文化等の地域資源への愛着心の醸成など、観光の存在が地域社会の持続可能性やレジリエンスの確保にプラスの効果をもたらすと考えられます。
いまこそ、地域全体で「観光MaaS」等に取り組み、「CRM(顧客関係管理)」を活用することで、潜在的な需要を掘り起こし、リアルタイムで市場動向の変化を把握することで、地域を訪れる観光客の年齢、性別、さらには、趣味思考、関心、行動など、個々の顧客・住民の特性やニーズに応じたサービス提供を実現することが肝要です。
「観光DX」によって、様々なデジタル技術を観光資源と組み合わせ、リアルな観光スポット等の自然環境に「VR」「AR」で映像や音響技術を融合させた、新たな観光コンテンツの造成などによって、今までにない付加価値を生み出すことで、持続可能な観光産業の基盤形成が可能になると考えられます。
観光分野における「DX」推進の意義はそれだけではありません。デジタル化が進み、混雑状況の見える化や、顧客の動向や要望を把握することができれば、観光事業者の業務効率や経営効率の向上につながり、人材不足解消や収益力向上、高付加価値サービスの提供にもつながるのではないでしょうか。