新型コロナウイルス感染拡大を背景として、自治体におけるデジタル化の推進が本格化しています。2020年7月には、デジタル化への集中投資・実装、環境整備を進める方針「デジタルニューディティール」が閣議決定されました。行政手続きの抜本的なオンライン化・ワンストップ化、手続きの簡素化、書面・押印・対面主義からの脱却、国・地方を通じたデジタル基盤の標準化、分野間でのデータ連携基盤の構築、オープンデータ化の推進などが実現すべき目標として挙げられました。
しかし、その一方で人口減少型社会へ突入した我が国の現状は、少子高齢化が進展するとともに、自治体の職員数も減少の一途をたどっています。人口構造の激変やライフスタイルの変化に対応した施策を持続するには、限られた人員で自治体業務を遂行できる体制の確立に向けて、既存の業務プロセスを見直し「変革」していく必要があります。
日本の総人口は2008年をピークに人口減少時代に突入し、国立社会保障・人口問題研究所によれば、2050年の総人口は1億人を下回ると推計されています。医療サービスの充実によって平均寿命が延伸するとともに、年代別の人口構成も変化し、1997年には65歳以上の人口が、14歳未満の子どもの人口を上回り、2017年には「高齢者人口」が3,515万人に達し、総人口に占める割合は27.7%になると予測されています。
内閣府の資料によれば、出生率の低下によって、15歳から64歳までの「生産年齢人口」も減少し、2017年には7,596万人(総人口に占める割合60%)であったものが、2040年には5,978万人(総人口に占める割合53.9%)まで、低下するとされています。人口減少や超高齢化の傾向がこのまま継続すると、2060年には働く人とそれを支える人の割合が逆転するかもしれません。
「生産年齢人口」は、国内の生産活動において中核の労働力となる人口階層であり、労働市場全体を考えると「生産年齢人口」の減少は将来的により深刻な影響があると思われます。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2010年との比較では、2060年の総人口は8,674万人と32.3%の減少に対して、「生産年齢人口」は4,418万人と45.9%まで減少すると見込まれ、総人口の減少傾向よりも速いペースで減少すると予測されています。
我が国の現状は、未婚化や晩婚化、子育て費用の負担増加などによって少子化が進む一方、医療サービスの充実によって高齢化が進展しています。しかしながら、人口が減少し、超高齢社会が到来しても、自治体は持続可能な市民サービス供給体制の構築や、福祉の給付水準を維持確保する必要があります。
政府では、2021年1月から2026年3月までを対象として、情報システムの標準化や行政手続きのオンライン化、マイナンバーカードの普及促進、「AI」「RPA」の利用促進、テレワークの推進、セキュリティ対策の徹底などに重点的に取り組むとしています。さらに情報システムの標準化では、全国規模のシステム基盤である共通クラウド「Gov-Cloud(仮称)」を2025年度までに構築し、基幹業務のシステムを標準仕様に統一することを目指しています。
予定されているスケジュールでは、住民基本台帳システムの運用を2022年度から一部の自治体で開始し、選挙人名簿管理、固定資産税、個人住民税、法人住民税、軽自動車税、国民健康保険、国民年金、障害者福祉、後期高齢者医療、介護保険、児童手当、生活保護、健康管理、就学、児童扶養手当、子ども・子育て支援、計「17業務」について、原則2025年度末までの実施が目標とされています。
自治体システムの標準化を達成するためには、業務のワークフローを見直し、仕事のやり方を変革する「業務プロセス改革」の必要があります。まずは、システムの導入効果を検証して、自治体業務のデジタル化に向けた課題を抽出し、現状の自治体業務を変革することが求められているのではないでしょうか。
また、ベストプラクティスの全国展開が可能となることも考えられますが、特定のエリアで最適とされた手法が、全国どこでも最適であるとは限りません。そのため、各自治体の地域特性や組織の体制、人口規模などを精査し、業務改革に取り組むことが肝要です。
新型コロナウイルスの感染拡大は、自治体業務の「デジタル化」にも大きな影響を与えました。人々の移動や対面でのやりとりの自粛が要請される中で、行政窓口での対応など、従来の「紙ベース」を基本とした手続きが課題になり、その結果「電子的」な申請・届け出などを可能にする、「オンライン」での手続きが強く求められるようになりました。しかし、現在利用されている業務システムは、各自治体が作成した仕様による運用が主流で、現状の手法では開発・運用の負担が大きく、制度変更の度に予算を投入して改修を行う必要があります。
その解決策として注目されているのがクラウドサービスの活用です。全国規模のシステム基盤である共通クラウド「Gov-Cloud(仮称)」が提供する環境で、標準化・共通化された業務システムを利用することで、開発、維持、改修等に要する経費を削減することが期待されています。
今回の自治体システムの標準化では、原則「カスタマイズ」を不要にすることを目指しています。複数のベンダーが広域クラウド上で基盤となるサービスを提供し、各自治体は「カスタマイズ」せずに利用することで、制度改正の際にも追加の費用負担なく運用することが可能になるとされています。
そして、単なるコスト削減だけでなく、クラウドを利用することで自治体同士の連携を深めることも可能になり、業務システムの標準化・共通化によって、自治体間のサービス連携の進展が期待されているのです。「AI」は学習データが増加するほど精度が向上すると言われています。クラウド上の基盤を活用して、「AI」の学習データを共同利用することで、行政サービスの質的向上につながると思われます。
サービス受給者である住民側から見ると、自治体への申請・届け出等の手順が統一されることで、手続きの簡素化や合理化が実現すると考えられます。自治体側からすると、システムの運用管理に関する専門的な知識・ノウハウを共有することで、システム調達や運用に関する作業量の減少や、法改正時の対応等に要する作業の縮小につながることが期待されています。
また、財政面ではシステムの共同化による「スケールメリット」によって、管理運用経費の削減を図り、「AI」「RPA」やデータ活用等の新たな分野に予算を振り分けることが可能になります。これにより、デジタル社会における住民の利便性向上に向けた「サービス提供基盤」を構築することで、さまざまな地域課題にアプローチすることが具現化されると思われます。
世界的なパンデミックの影響によって、世界の各国でデジタルガバメントへの取り組みが急速に進展しています。その中で、我が国においても従来の組織体制や業務プロセスの改革が成されなければ、官民ともに機能不全にいたるのではないかと危惧する声が上がっています。また、これに加えて、デジタル技術を有効に活用することで、緊急時においても行政機能の維持やさまざまな対処方法の考案・実装が可能になることも期待されています。
今回の新型コロナウイルス感染拡大の危機では、国・自治体・医療機関等の間で情報共有が進まないことや、データの構造化・標準化が不十分で、データを活用した感染症対策関連サービス提供等の迅速かつ的確な対応が困難になるなど、多くの課題が指摘されています。
これはデータを活用する意識が希薄であり、それぞれのシステムが各業務に閉じたかたちで管理され、データ活用の基盤となる、デジタルデータの整備、標準化、取り扱いルール等が脆弱であることに起因していると思われます。
「情報・データ」の収集はデジタルガバメントの基盤と言えますが、今回の新型コロナ危機では、政策の意思決定や国民の理解に必要な「情報・データ」を収集し活用する仕組みが、未成熟であることも明らかになりました。
今回のパンデミックを契機と捉え、各種報告や情報収集プロセスの抜本的な見直しを行い、円滑なデータの共有や分析が可能となるように、電子的なデータフォーマットの標準化等を推進することが重要な課題です。
地方自治体等の行政機関は、「最大のデータホルダー」であり、その施策展開が社会全体に大きな影響を及ぼす「プラットフォーマー」とも言えます。「DX」の推進を行政のデジタル化に留めるのではなく、民間と連携協調することで民間の「DX」への取り組みを促し、データ利活用の高度化を促進すべきではないでしょうか。
自治体システム標準化の先にあるのは、サービス受給者である住民を中心とした「UX(ユーザーエクスペリエンス)」提供基盤の構築ではないでしょうか。また、「AI」「RPA」等の活用によって、一連のプロセスを定型化し自動化・効率化できる領域を増やすことで、人間にしかできない「企画・立案」等のクリエイティブな業務に職員を配置することが可能になります。
自治体における「DX」とは、データ化された情報を活用しながら、地域の課題解決に繋げることではないでしょうか。各地区に居住する住民の年齢構成や転出入の状況、住民の移動データ等に関する情報を基に、最適な移動サービスを提供する「MaaS(Mobility as a Service)」の展開など、さまざまな分野での取り組みが期待できます。
Afterコロナ社会において絶えず変化する情勢や、多様化・高度化していく地域住民のニーズに対応するためには、自治体の政策推進そのものを「守り」の姿勢から「攻め」の体制へ、変換する必要があると考えられます。
クラウド基盤を活用した、標準化・共通化されたシステム運用による、守りの「盾」の戦略から、新たな要素技術を利活用したデジタル変革の先にある、攻めの「鉾」の戦略への転換が求められているのではないでしょうか。
いま、時代は凄まじい速さで変化しています。このような時代背景の中で、地方自治体が他の地域との競争優位性を確立するためには、行政運営の在り方そのものに対する「変革」が必要です。自治体「DX」を実現したその先に、スマート自治体のすがたが見えてくるのかもしれません。