「デジタル田園都市国家構想」その先にあるもの
~「新しい資本主義」とデータの利活用について~

afterコロナ社会における地域情報化戦略 [第12回]
2022年4月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

2021年11月、第1回デジタル田園都市国家構想実現会議の席上、岸田首相が「『デジタル田園都市国家構想』は『新しい資本主義』実現に向けた、成長戦略の最も重要な『柱』」と発言したことから、「デジタル田園都市国家構想」は一気に注目される存在となりました。

岸田首相が掲げる政策の源流には、岸田首相が所属する派閥「宏池会」の2人の大先輩、池田勇人氏と大平正芳氏が提唱した、池田氏の「所得倍増政策」と大平氏の「田園都市国家構想」への強いリスペクトが感じられ、それが今回の「新しい資本主義」と「デジタル田園都市国家構想」につながっていると思われます。

池田氏は人口増と高度経済成長によって、倍増以上の成果を上げています。しかし、岸田首相が主張する「新しい資本主義」では、単なる倍増ではなく「成長と分配」によって所得の在り方を見直し、それを下支えする地域の振興に向けて、大平氏の「田園都市構想」をデジタル時代の文脈でアップデートしたものが、「デジタル田園都市国家構想」ではないでしょうか。

ちなみに「田園都市」の概念は、イギリスの都市計画家「エベネザー・ハワード」が1902年の著書「Garden Cities of Tomorrow(明日の田園都市)」で描いた都市像「Garden City」がルーツと言われています。19世紀の産業革命後、人口集中によって環境が悪化したロンドンの都市問題を憂いて提唱した思想で、従来の都市機能と自然豊かな田園の長所を備えた、自然と社会的機能の融合によって都市問題の解決を目指すものです。

「ハワード」が提唱する都市の社会的・経済的利点と、農村部の優れた生活環境を結合した第三の生活圏を作り出す思想は、ヨーロッパ各地で20世紀の都市づくりや集合住宅の設計などに大きな影響を与えました。ロンドンの北方55kmに位置する「レッチワース」に建設された、職住近接型都市の街づくりはその後、様々なかたちで各国の都市計画やニュータウン建設に波及効果をもたらしています。

日本国内においても、1910年に大阪市の梅田エリアと大阪府北部の池田・箕面や宝塚を結ぶ、現在の「阪急電鉄(創業時は箕面有馬電気軌道)」を設立した小林一三氏による、我が国最初の分譲住宅(大阪府池田市室町住宅)発売がありました。この動きが、関東地区で理想的な街づくりを目指した、渋沢栄一氏らの「洗足田園都市」「田園調布」の開発、「東急電鉄」「田園都市線」の創設に繋がっていきます。

新たなかたちの「地方創生」に向けて

「デジタル田園都市国家構想」の目的は、地方と都市の差を縮め、都市の活力と地方のゆとりの両方を享受できる仕組みを作り出すことにあります。デジタル技術によって、どこに居住しても大都市並みの働き方や質の高い生活が可能となる、「人間中心のデジタル社会」の実現に向けて、デジタルインフラなどの共通基盤の整備や、地方を中心にしたデジタル技術の実装を進めることで、新たなかたちの「地方創生」の誕生が期待されます。

地域活性化を目的とした地域情報化の観点から見れば、1980年代の旧郵政省の「テレトピア構想」、旧通商産業省の「ニューメディア・コミュニティ構想」など、各省庁が競い合うように展開した地域情報化政策は、当時は情報通信基盤自体が未整備であったため、主に情報通信等の基盤整備に力点が置かれていました。そして、その後ICT利活用の側面が重視されるようになり、近年になって「地方創生」の流れの中で、デジタル化によって地域課題の解決に繋げる取り組みが進められていきます。

振り返ってみると、1970年代に流行語となった「地方の時代」に始まり、1980年代以降の「行政改革」の推進など、地方における改革が繰り返し行われてきました。2014年に「日本創成会議」人口減少問題検討分科会が発表した報告書、通称「増田レポート」を発端に「地方創生」というキーワードが一躍注目されるようになります。

「増田レポート」では少子化と人口減少が続けば、20歳代から30歳代の女性人口が2040年までに50%以上減少することで、維持困難な自治体「消滅可能性都市」が出現します。その自治体の中で人口1万人を下回る自治体を「消滅自治体」と規定することで、全国の自治体の約半数(49.8%)が消滅する可能性があるという衝撃的内容は、当時「増田ショック」とも呼ばれていました。

この2014年の「増田レポート」以降、「地方創生」は政府の最優先課題になり、その年の12月、安倍改造内閣は石破茂氏を地方創生担当大臣に任命し、人口減少問題に取り組む態勢を明確にするとともに、少子化対策として合計特殊出生率を1.8に引き上げるという具体的な目標を掲げました。

1.8という目標値は、日本の国家の人口1億人を維持しようという考えから導き出されたものです。しかし、その後の合計特殊出生率の推移を見ると、2020年のそれは1.34にまで減少し、先の見えない状況が続いています。

アクティブな「関係人口」の増加を目指すべきでは

人口減少型社会へ突入している現実を見れば、リアルな人口増を目標にすることは多くの地方ではもはや現実的ではありません。これからは、住民登録者数の増加など、リアルな人口増を目指すのではなく、一時的・定期的な来訪者や仕事・観光等で訪れる人々も含めて、その地域での暮らしを謳歌する人々を増やし、満足度を上げていくことが重要だと思われます。

そこで、注目すべきは「定住人口」「観光人口」に続く第三の人口、「関係人口」の重要性です。「関係人口」とは、過去に居住・勤務などで地域との縁があり、その後も継続的に関係性を保つ人達や、観光で訪れた際にその地域が気に入って、再び来訪する機会の多い観光リピーターなど「観光以上・定住未満」の人々を総称するキーワードです。

岸田首相が「新しい資本主義」を目指すのであれば、テレワークやワーケーションでの来訪者が滞在先の地域に溶け込み、地域住民とコミュニケーションを図りながら豊かな生活をおくり、より付加価値の高い働き方を作り出すような施策を展開するべきではないでしょうか。

単に「地方に移住する」「滞在して仕事をする」というのではなく、例えばその地域の人々と一緒に地元の課題解決に取り組み、その地域のコミュニティと深く繋がるような「アクティブな関係人口」を作り出す仕組みを構築するべきではないでしょうか。こうした取り組みは、そこにかかわる人々の暮らしを豊かにしながら、従来には無いかたちの「地方創生」に繋がっていくと考えられます。

ただし、これは従来の資本主義における「GDP」への貢献を積算する観点から考えると、プラスに換算される要素はありません。しかし今後は、地域課題の解決に向けて互いの知見・ナレッジを持ち寄り、その地域に集積された「データ」「ビッグデータ」を解析し利活用することで、新たなビジネスモデルの創出を目指すべきではないでしょうか。

これまでの経済においては、工場の機械設備あるいは店舗への資本投資が、経済的価値を産み出してきました。ところが、「新しい資本主義」において価値を産み出すのは、これらの物理的要素ではないと思われます。

新しい「資本主義」が目指すもの

現在のコロナ禍においても、業績を伸ばしているIT業界最大手の「Apple」は、基本的には工場も機械設備を所有していませんが、その代わりとして多量の「データ」を保有し、これが経済的価値を産み出しています。ここで言う「データ」は「ビックデータ」と呼ばれる極めて大規模なもので、この「データ」を利活用した企業戦略が、収益の源泉になっているのです。

「Apple」等の企業は、製造工程を電子機器の受託生産を行う「EMS(Electronics Manufacturing Service)」企業に生産委託し、自らは自分達が収集・蓄積した「ビッグデータ」を利活用する事業戦略に企業活動を変容させています。

このように、製造設備を所有せず、生産工程を丸ごと外部の企業に委託する事業者は「ファブレス(fabless)」企業とも呼ばれ、我が国のゲームメーカー「任天堂」も同様の企業形態です。

そして、これらの「ファブレス(fabless)」企業は自らが事業を推進するために保有している企画能力や経営資源のうち、競合他社より優れている独自の要素「コアコンピタンス(core competence)」に集中させることで事業の優位性を保っています。そしてより付加価値の高い事業にリソースを集約することが、成長の要因になっていると思われます。

もちろん、資本・資産が不要になったわけではありません。「有形固定資産」である工場や店舗など目に見える資本の重要性が減少し、それに代わって「無形資産」の情報・ビッグデータ等の見えない資本の重要性が増しました。極言すると、生産手段を資本として所有する「資本主義」から、データを資本として活用する「データ本位主義」への転換と言い換えることができるかもしれません。

行政分野においても、ICTによって収集した「ビッグデータ」を活用し、新たな住民サービスを提供することで地域住民の「QOL(Quality of Life)」を高め、地域が抱える多様な課題の解決に繋げることで、都市の活力を維持し新たな価値を生み出すことも可能ではないでしょうか。今後は、他の自治体や一般事業者、教育機関等とデータを共有し、蓄積したデータを連携することによって情報の「エコシステム」を形成し、イノベーションを創出することも考えられます。

我が国の岸田政権と時を同じくして、米国のバイデン政権は、分厚い中間層の復活を目指す政策「ビルド・バック・ベター(より良い再建)」など、既存の資本主義を見直す世界的潮流を「新しい資本主義」で主導すると表明しています。

日本国内においても、「デジタル田園都市国家構想」の進展により「新しい資本主義」の全体像が見えてくると思われます。「成長と分配」についても、社会全体の「DX」化によって、誰もが当たり前のようにデジタルを使うようになった社会においては、生産性向上を基本とする成長戦略と、タイムリーな分配が可能になるのではないでしょうか。

地域の特性を活かしながら、地域からデジタル化を推進することで、都市の社会的・経済的利点と、農村部の優れた生活環境を結合した第三の生活圏の構築を目指す、令和版の「田園都市」とも言うべき「デジタル田園都市国家構想」のその先に、真の「地方創生」のすがたが見えてくるのかもしれません。

afterコロナ社会における地域情報化戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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