「SaaS」の活用と「Windows 365」の可能性
~クラウドシステムとの「働き方」を考える~

afterコロナ社会における地域情報化戦略 [第5回]
2021年9月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

米マイクロソフト(以下、マイクロソフト)は、2021年7月14日開催の「Microsoft Inspire 2021」オンライン・カンファレンスにおいて、WindowsPCをクラウド上の仮想マシンとして提供し、ユーザーがインターネット経由で利用できる、Windowsのクラウド版サービス「Windows 365 Cloud PC」を発表しました。

「Windows 365 Cloud PC」の利点としては、クラウド上にあるWindowsマシンのデスクトップやアプリケーション・データ等を、ユーザーの手元にあるPC、スマートフォン、タブレットなど、任意のデバイスから利用することが可能なところです。

ユーザー側で必要なのはWebブラウザだけで、PC、Mac、iPad、Linux PC、Androidなど、端末上のブラウザから、クラウド上のWindows環境にアクセスする仕組みです。ユーザーが使用するデバイスを変更した場合も、クラウド上のWindows環境は変化しないため、中断した作業をいつでもどこでも、手元の端末から再開することができるのです。

利用する際に、CPU・メモリ・ストレージの構成を自由に選ぶことが可能です。CPUは最大で8コア、メモリは最大32GB、ストレージは最大512GBの構成で、「OS」はサービス開始時点ではWindows 10ですが、Windows 11がリリースされた時点でWindows 11も選択が可能です。

従来、Windowsを利用するためには、PCなど物理的なハードウェアが必要でしたが、「Windows 365 Cloud PC」は、様々なデバイスからネットを介してデジタルワークスペースにアクセスする、パーソナルコンピューティングの新たなサービスモデルを提示したことになります。

これによって、アプリケーションが「SaaS」によってクラウド化されたように、「OS」をクラウド化することで、ビジネスと私生活、オンとオフを切り替えるために、ハードウェアを使い分けるのではなく、クラウド上のWindowsデスクトップを切り替えるという選択肢を私たちは手に入れたのです。

「Cloud PC」は古くて新しいコンセプト

マイクロソフトが「SaaS」形式でサービスを提供するのは、「Windows 365」が初めてではありません。旧名で「Office 365」と呼ばれた「Microsoft 365」では、「SaaS」で「Microsoft Office」を提供し、そのビジネスツールの中で「Teams(チームズ)」は、リモートワークで働く人々にはおなじみのビデオ会議ツールになっています。

2019年11月の時点で、「Teams」のデイリーアクティブユーザー数は、2,000万ユーザーでしたが、パンデミックが発生した2020年3月には一挙に倍以上の4,400万ユーザーを記録し、同年7月には7,500万、そして11月には1億1,500万ユーザーに急増しました。今回の「Microsoft Inspire 2021」で発表された最新のデータでは、1億4,500万ユーザーを突破し、2019年11月と比較して、ユーザー数は約7.25倍に急増しています。

歴史を振り返ると、ネットワーク経由でコンピュータの演算処理を提供する仕組みは、PCが誕生する以前の、ホストコンピュータとクライアントの時代から存在しています。1996年にサン・マイクロシステムズとオラクルが「Network Computer(ネットワークコンピュータ)」の概念を提唱し、端末機に最小限の処理能力を持たせる「シンクライアント」の概念も、この頃から認知されるようになっていきます。

そしていま、サーバーの仮想化技術、操作画面を圧縮して伝送する技術の進化、「5G」等のモバイルネットワークの急激な進展によって働き方の多様化や、コロナ禍の「在宅ワーク」における課題の克服手段として、クラウドを利活用した「Windows 365」の登場につながったのかもしれません。

「Windows 365」のような、「SaaS」形式のサービスが主流になったとしても、個人向けPCの需要が消滅するとは思えませんが、我々がPCを使う時、どこにCPU・ストレージがあるのか、そんなことを意識せずに自分のデスクトップにアクセスして、煩わしいPCのメンテナンスから解放される、そんな時代が到来したのです。

これまで、PCで作業を始めるには「OS」を起動して、アプリケーションを起ち上げ、ファイルを開く操作が必要でしたが、クラウドを活用した「Windows 365」では、インスタントオンブート(Instant-on Boot)と呼ばれる機能によって、作業する際にデバイスを切り替えても、それまでの作業中の画面が再現されるため、続きの作業をすぐ始めることができるようになっています。

ユーザーが「Windows 365」を利用するには、PC(Windows、Mac、Linux)または、モバイルデバイス(iOS、Android)等のWebブラウザを使って、ポータル画面「windows365.microsoft.com」にアクセスすると、このポータルサイトに仮想マシンのCPUやメモリ等のスペックが表示され、そこから直ぐに作業を開始することが可能です。

「Windows 365」はサブスクリプション(月額料金制)で提供され、スペックは最小構成で1vCPU、2GBメモリ、64GBストレージから、最大で8vCPU、32GBメモリ、512GBストレージまで用意され、より高性能な仮想マシンや従量課金制など、高度な機能を求めるユーザーは既存の「Azure Virtual Desktop」を推奨しているようです。

通信速度については、デバイスから「Cloud PC」にアクセスする速度は、米国のワイヤレス接続の平均速度27Mbpsを想定していますが、「Cloud PC」からインターネットへのアクセスは、実効速度がギガビット(Gbps)級になると言われています。

「Windows 365」が目指すものは

今回の「Windows 365」のPC機能をクラウド上で展開することで、ハードウェアに依存しないコンセプトは、Googleが「Chrome OS」や低価格なデバイス「Chromebook」を駆使したビジネスモデルに酷似しています。

Googleの戦略では「Chromeブラウザ」が主要なデスクトップ環境になり、演算処理をクラウド上で実行することで、ハードウェアは必要最小限のスペックになり、デバイスは低価格で供給されます。そして、通称「G Suite」と呼ばれる、「Google Workspace」では、ワープロ、表計算、プレゼンテーションソフトの他、メール、カレンダー等のオフィスアプリを提供しています。

メールで連絡を取り、オフィスツールで書類を作成し、Googleで検索する、プライベートでは動画配信や「SNS」を利用する、このような一般的なライトユーザーの利用形態を考えると、もはや従来のような高額なPCは必要ないのかもしれません。

「Windows 365」の仕組みは、画期的な全く新しいテクノロジーを駆使しているものではありません。マイクロソフトはこれまでも、「Azure」上でPCをリモートで提供する「Azure Virtual Desktop」というサービスを展開しています。

この既存のサービスを見直し、PCの設定もわかりやすく「契約台数・性能に合わせた月額固定制」に変更することで、「Windows PCをネット経由で提供する」サービス形態にしたのが「Windows 365」と考えられます。

マイクロソフトは、これまでのリアルなハードウェアであるPCに「Windows」をインストールすることで、PC機能を提供するサービスから、それをクラウド上で提供する形態に発想を転換したのです。

今後、自治体においてもクラウドシステムの活用は大きなテーマの一つですが、標準化されたシステムのガバメントクラウドでの運用が想定されているように、他の業務システムについても、「SaaS」等の利活用を検討するなど、システム運用の考え方をリセットする時期を迎えているのかもしれません。

「ハイブリッド・ワーク」という新たな働き方

新型コロナウイルス感染症の拡大は、既存の概念を一変させましたが、収束した後もかつての姿に戻ることはないのかもしれません。そして今後訪れるwithコロナの時代においては、リモートワークを駆使した「DX」の推進こそが、自治体を含め全ての組織・団体の命題になると思われます。

そんな中、オフィス復帰型と、在宅継続型、二つの働き方の綱引きが始まっていますが、いま注目されているのは、新しい働き方は、単に出勤するのか在宅かという「二者択一」ではない、オフィスで仕事したい人々にも、逆にリモートワークを望む人々にも対応可能な、柔軟に働ける環境を作る「ハイブリッド・ワーク」と呼ばれる新しい考え方です。

今後、ワクチンの接種状況が進展し、経済復興の動きが加速すれば、新たな選択肢としての「ハイブリッド・ワーク」が働き方のゲームチェンジャーとして、着目されると思われます。その時、「Microsoft 365」等の「SaaS」を利活用したシステムの導入を検討するのは自然な流れではないでしょうか。

すでに、社会環境が激変し、日常生活と仕事、プライベートとオフィシャルの境目は混沌としたものになり、「オフィスの概念」は人々が遠隔でつながり、ネット上で共同作業する「ワークスペース」に変貌しているのかもしれません。Withコロナ時代の「次のフェーズ」では、過去の成功事例やロードマップの延長線上にはない、新たな発想が必要ではないでしょうか。

社会全体のデジタル化が加速し、価値観やライフスタイルが多様化することで、リモートワーク・テレワークが特別なものではなくなり、「ハイブリッド・ワーク」等の新たな取り組みによって、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が進展すると思われます。

「SaaS」等のサービス基盤を利活用し、システム運用を外部の専門業者に委託することによって、運用コストを削減するとともに、職員がより付加価値の高い業務や、新たな政策の策定など、クリエイティブな作業に集中できる環境を創り出すことが可能になります。

afterコロナの時代は社会環境が激変し、日常生活と仕事、プライベートとオフィシャルの境目は混沌としたものになりました。オフィスや「働き方」の概念も変貌して、「ハイブリッド・ワーク」が日常的なものになったとき、過去の成功事例やロードマップの延長線上にはない新たな発想が必要になります。

今後、我々には多様な「働き方」が求められていますが、どのような方法で限られた人的資源を効率的に活用していくのか、災害発生時・緊急時等において、どのような「働き方」で行政機能を維持するのか、試行錯誤を繰り返しながら住民の「暮らし価値」の向上に向けた、前進を続ける強い意志が求められているのです。

afterコロナ社会における地域情報化戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

上へ戻る