「DX」という名のデジタルジャーニー
~地域情報化戦略の再起動に向けて~

afterコロナ社会における地域情報化戦略 [第6回]
2021年10月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

新型コロナウイルス感染症の拡大はいまだ収束が見込めず、ルーティン化した対抗策を繰り返し、終わりの見えない状況です。人々は現実を直視することを避け、思考停止しているようにも感じられます。そんな中、自治体及び各種企業においては「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が叫ばれ、さまざまな取り組みが進められています。

多くの自治体では、「DX」を主体的に推進するため新たな情報化部門を設置する動きがあります。新たな施策の推進には既存業務の見直しや、組織カルチャーを含む変革が必要なため、その施策の対象となる現課や事業部門間の協力が得られず、取り組みが全庁的に広がらない、定着せず一過性のものとなるなどの声も聞かれ、その進捗は必ずしも順風満帆ではないようです。

新たな情報化施策を阻害する要因の一つに、職員個々の心の中にある「変化に対する抵抗」の存在が挙げられます。変化に対する抵抗は、「現状でも上手くいっている、変える必要性を感じない」などの「現状肯定」と、「デジタル化そのものに対する嫌悪感、新たな仕事が増えるのでは」などの「将来不安」によって形成されていると思われます。

職員一人ひとりの心の中にある、「現状肯定」や「将来不安」を払拭することができなければ、自治体「DX」の担当部局が奮闘しても、担当課を巻き込んだ全庁的ムーブメントを作り出すことができず、デジタル化を前提とした組織カルチャーを根付かせることは困難となります。

デジタルジャーニーへ向けての意識改革

情報化施策は個別のプロジェクトではなく、多岐にわたるプロジェクトを組み合わせた変革プログラムの集合体と捉えるべきではないでしょうか。自治体「DX」に包括されるプロジェクトの中には、データやデジタル技術を活用して既存事業を高度化させるイノベーションの「深化」と、新たなビジネスモデルや新規住民サービスの創出・創生など、イノベーションの「進化」の2つのタイプの変容モデルが考えられます。

自治体「DX」の推進においては、これまでの業務体系の「深化」や、既存事業とは不連続の「進化」を含む広範な実践施策に加えて、組織内部の変革や情報システムの再構築など多岐にわたるミッションであり、関係する全ての人に変容を求める取り組みといえます。

「DX」を実現するための段階的な変革の取り組みは、これを長い旅路に例えて「デジタルジャーニー」とも呼ばれています。定められた旅程をこなすトリップやトラベルではなく、定かではないゴールを探索しながら試行錯誤を繰り返す「DX」の推進には、教科書的な方法論は存在せず、自ら道を切り拓きながら前進する開拓者の精神が必要となります。

長い航海には、その航路を示す「航海図」が必要です。「DX」という不確定要素が多く長い旅路「デジタルジャーニー」の過程では、「人の変化に対する抵抗」に向き合い、職員が同じ目標に向かって変革を前進させていけるような、自分たちの未来の姿を明確に示したビジョンと、それを全員で共有することが求められています。

自治体「DX」と「CX(カスタマーエクスペリエンス)」

「DX」への取り組みを開始するにあたって、まず先進事例を調べ、ベストプラクティス・成功事例を横展開する手法があります。他の団体における過去の成功体験がそのまま通用するものではなく、前例や成功事例がなければ挑戦しないという姿勢からは、独自のサービスモデルが誕生することはありません。

また、施策展開の柱として、「住民ファースト」を標榜する自治体がありますが、スローガンとして住民第一主義を掲げることと、顧客体験を起点として住民サービスをゼロから発想することには根本的な違いがあります。現状サービスの改善を考えるのではなく、既存の業務がなぜ必要なのかという地点に戻って、地域住民を中心にゼロベースからサービスモデルを再考することが重要と思われます。

近年、マーケティングの世界ではサービス・商品の購入から実際の利用、利用後のサポートに至るまでユーザーの心理的・累積的な価値観によって形成された、「CX(カスタマーエクスペリエンス)」と呼ばれる、顧客体験の重要性に注目が集まっています。

行政が提供するサービスは、「住民第一」を謳いながら、具体的にどのような「住民」を対象にしているのか、ターゲット設定「顧客(ペルソナ)設定」が曖昧なものが多く存在しています。対象を「住民」という名で一括りにして、最大公約数に向けて訴求を図る、言わばマスマーケティングの手法を繰り返し実行してきました。

しかし、ライフスタイルが多様化した現在、これまでのマスマーケティングによる政策展開では「住民」の誰の心にも刺さることはなく、他の自治体とのサービス競争において優位に立つことは困難です。

すでに、人口減少型社会に突入した我が国では、自治体間の人口獲得バトルが現実のものになっています。日本には現在1,700以上の自治体が存在し、そのほとんどの団体の歳入・財源は、住民税・固定資産税等の税収に依存しています。人口が減少し地域社会が縮小していく中で、いかに人口を維持していくのか、生き残りを賭けた戦いが始まっているのです。

そのための方策としては、地域住民にとって魅力的なベネフィットを提供する政策を展開することですが、これには潤沢な予算が必要になります。そこで、有効なのが「CX」顧客体験の重要性に着目した行政サービスの「質的向上」であり、「DX」による「デジタルジャーニー」の設計です。

成長のために異質なものを受け入れる

「DX」を、IT業界やネット企業の世界の話だと、対岸の火事のように捉える自治体関係者がいることは否定できません。しかし、デジタル化の潮流はあらゆる業界に押し寄せ、もはやその勢いを止めることも、逆行させることも不可能です。まずは、今起こっていること、そしてこれから起きようとしていることに正面から向き合い、「DX」の本質的な意味を正しく理解しなければなりません。

自治体「DX」の本質は、それを活用して事業を成長させ、独自の政策を展開すること、あるいは他の自治体がまねできない仕組みを「DX」でいかに実現するかが要点です。言い換えれば、サービスモデルの変革がコアコンテンツであり「DX」はその実現手段に過ぎません。

経営や事業の中長期的な展望・ビジョンや将来像と「DX」との整合性が問われているのです。少なくとも、デジタル技術の活用は情報化部門の管轄、というこれまでのような分断された認識では通用しないと思われます。

理想的な地域情報化の姿とは、政策推進・事業計画の中にデジタル化戦略が融合され、IT戦略自体が単独では目に見えない存在になっている状態ではないでしょうか。テクノロジーの進化とサービスモデルの関係を包括的に俯瞰して政策策定に反映することが重要になります。

情報化戦略の再起動へ向けた「デジタルジャーニー」

IT部門が新たな政策のビジョンを描いても、事業部門の本音は変革することを好ましく思っていない場合が多々あります。しかし自治体「DX」の現実は、変わりたくない現場の思いと、「DX」施策推進のギャップを最小限にして「軟着陸」する着地点を見つけることが肝要です。

このような場合、必ずしも情報化部門が「DX」を先導するのではなく、「DX」のリードは現場の担当課に任せ、情報化部門は「後方支援」のポジションに徹するのも選択肢の一つではないでしょうか。

「後方支援」の観点から考えると、「DX」で重要な要素にデータの利活用がありますが、全庁的な規模でデータモデルやデータアーキテクチャーを構想できるのは、情報化部門であり、データという名の組織共通基盤「プラットフォーム」の構築が、新たな価値観の創出につながると思われます。

我々を取り巻く環境は今後も絶え間なく変化し続けると思われます。そして、これまでの10年と比較して、今後10年の変化の方が激しいことは容易に想像することができます。先が見えない不確実な時代である今日において、これまでと同じ組織カルチャーの中で、同じ事業を繰り返していては、組織の存続にも疑問符がつきます。

我が国の特徴の一つに同質性の高さがあります。この特性は、大量生産大量消費時代の事業モデルには適合していましたが、不確実性と変化の著しい現在の環境においては、高い同質性がダイバーシティーの欠如につながり、これからのafterコロナ社会においては欠点となります。

デジタル時代の自治体には、既存事業の強みの維持・強化を図りながら、新規の価値を創出する、言わば「二刀流」の経営が求められています。既存事業にとって新規事業は異質な存在になりますが、この異質なものを受け入れる柔軟な自治体運営へ向けた、マインドチェンジが必要とされているのです。

「DX」が単なる組織改革や新規事業創出ではないといわれるのは、一過性の取り組みではなく、長期にわたり継続的に取り組む必要があるためです。言い換えると、地域の課題解決に永続的に取り組むことでもあります。

今後、人口減少型社会が進展し就労人口が縮小する中、職員数の減少は避けられません。一方で、新たな価値観を探索し創出しようとする自治体では、既成概念に囚われない、異質な考え方や慣行を積極的に取り入れた、これまでにないビジネスモデル・生活支援サービスが求められます。

目指すものは「住みやすいまちづくり」であり、サービス受給者である「住民」を中心とした「暮らし価値」の向上と、「CX」の観点で設計された「デジタルジャーニー」の「航海図」にもとづく行動です。

自治体「DX」の推進は、探索しながらゴールを目指す「長い旅」なのかもしれません。「DX」による変革とは、デジタル化に適合した組織に生まれ変わることであり、職員一人ひとりが主体性を持って、既存の「情報化戦略を再起動する」行動変容が求められているのではないでしょうか。

afterコロナ社会における地域情報化戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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