「デジタル重点計画」のその先にあるもの
~新たなサービスモデル創出について考える~

afterコロナ社会における地域情報化戦略 [第11回]
2022年3月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

政府は2021年12月24日、デジタル社会形成基本法に基づき、重点的に実施すべき施策に関しての基本的な方針を定めた「デジタル社会の実現に向けた重点計画(デジタル重点計画)」を閣議決定しました。今回の計画は、デジタル庁が発足したことを受けて、6月に策定した計画をバージョンアップしたもので、「デジタルファースト原則の法制面からの徹底」や「マイナンバーなどの利用の拡大」を挙げています。

この「重点計画」では、感染症の拡大など緊急時における行政サービスのデジタル化を明示しています。12月20日に提供を開始した、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を証明するスマートフォン向けアプリケーションや、マイナンバーカードの健康保険証としての利用を促すほか、2024年度末に同カードと運転免許証を一体化するとしています。

マイナンバーカードについては、現在は利用できる分野をマイナンバー法で限定していますが、今回の重点計画では「国民の理解が得られたものについて」拡大すると明記しています。これまでの社会保障・税・災害の3分野以外にも拡大する方針を掲げ、2023年には関連法を改正し、2025年度までに新制度の施行を目指しています。

また、この計画では、デジタル庁のミッションである「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を成した社会の実現に向けて、課題と目指す姿、そのために実施する取り組みとして以下の6つの基本方針を示しています。

  1. デジタル化による成長戦略
  2. 医療・教育・防災・子どもなどの準公共分野のデジタル化
  3. デジタル化による地域の活性化
  4. 誰一人取り残されないデジタル社会
  5. デジタル人材の育成・確保
  6. 信頼性のある自由なデータ流通『DFFT』をはじめとする国際戦略

「誰一人取り残されない」デジタル社会に向けて

行政サービスの大半が申請主義に基づくものであるため、市民の負担となっているのは、申請・手続き時に役所まで出向く必要があることではないでしょうか。現在は、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、住民の生命・健康が脅かされる非常時であると同時に、デジタル化を前提とした自治体に転換する過渡期であるため、行政手続の際に発生する、申請窓口の受付期間・時間帯等の制約や、市役所・区役所等への移動時間・空間の制限などを低減させていく必要があると思われます。

「デジタル重点計画」では、「誰一人取り残されない」デジタル社会の実現に向けて、「利用者視点でのサービスデザイン体制の確立」「デジタル機器・サービスに関わるアクセシビリティ環境の整備」「皆で支え合うデジタル共生社会の実現」「経済的事情などに基づく格差の是正」「言葉の壁の克服」「情報通信ネットワークの利用環境に関わる格差の是正」といった取り組みを推進していく予定です。

この、目玉政策とも言える「誰一人取り残されない」デジタル社会の実現については、2021年12月23日に東京都内で開催された内外情勢調査会の講演において、岸田首相は「政府が成長戦略の柱の1つとして掲げているデジタル化を進めるにあたっては、誰一人取り残されず、全ての人がデジタル化のメリットを享受できることが大切だ。高齢者をはじめ、デジタルに不慣れな方をサポートするため、1万人以上の『デジタル推進委員』を全国津々浦々に展開する」と明言しています。

「デジタル推進委員」については、これまでも、高齢者などが身近な場所で身近な人からデジタル機器・サービスの利用方法を学ぶことができる環境づくりを行うデジタル活用支援事業の推進や、デジタル活用支援員による全国の携帯電話ショップや公共施設などで講習会を開催してきました。その成果を踏まえて今後さらに地域のサポート体制を確立し「デジタル推進委員」による活動を展開するとしています。

「誰一人取り残されない」デジタル化を進めていくには、デジタル機器・サービスの操作性を通じて、利用者の利便性向上や課題解決をいかに図っていくのか、常にユーザー側の視点で、日常の生活シーンを勘案しながら、デジタル化の恩恵を享受できるように対応していくことが重要です。岸田首相の発言にある、デジタルに不慣れな方をサポートするための「デジタル推進委員」のような、地道な活動についても注目するべきではないでしょうか。

「誰一人取り残さない」の意味として、全ての人々がデジタルサービスを利用できることのように解釈されるかもしれません。しかし本来の意味としては、一人ひとりのニーズを実現するための多様な手段の中で、アナログが良いという人々も含めて、そのサービスに誰もがアクセスできることを実現するのが重要だと思われます。

デジタル化の進展と「EBPM」

我々はいまだにコロナ禍によるカオス状態の中にありますが、その一方で、近年ほどデジタル化の進展があらゆる分野で広域的に存在力を増した時期はないと思われます。

そして、行政のデジタル化が叫ばれる中、地方公共団体の仕事の進め方を根本的に見直し、効果的でより効率的なものに変えようとする「EBPM(Evidence-Based Policy Making」(エビデンスに基づく政策立案)と呼ばれる手法が注目されています。

「EBPM」について、内閣府等の文書では「政策の企画立案をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで政策効果の測定に重要な関連を持つ情報やデータ(エビデンス)に基づくものとすること」とされています。

これまで、自治体においては民意によって選ばれた議員の意見や、住民アンケートの結果、学識経験者等の意見を参考にしながら、何らかの根拠に基づき政策を策定・実行してきました。しかし、政策立案時に民意や社会の状況を詳細に把握することは困難で、エビデンスとなるデータを収集するにも予算や資源、人材の面で限界がありました。

しかし近年、ICTの進展はビッグデータの収集・分析や、「IoT」、「AI(人工知能)」の利活用によって、膨大なデータの中から今まで見えなかった傾向を抽出することや、SNS等のネット上の情報を精査することで、実社会の動向を克明に把握することが可能になってきました。

「EBPM」による施策展開については、欧米諸国や国内の先進的自治体等において、様々な行政分野で新たな試みがなされています。

米国ニューヨーク市の試み

貧困層の就労者数を増加させる政策に「EBPM」を活用しています。ITスキル向上のための学習など、就労訓練プログラムを受講したグループと、受講していないグループに分け、家計収入の状況や失業保険の利用状況の変化を指標として比較することで、貧困から抜け出す職業スキルの効果的取得方法を探っています。

広島県呉市の取り組み

「レセプト(診療報酬明細書)」データや健康診断のデータを活用して、医療費の増加要因となる可能性のある被保険者を抽出し、重症化する前に個別指導しています。これにより、糖尿病での腎臓透析移行者の減少や医療費の削減につなげています。

東京都杉並区の取り組み

「自動車の速度や経路の情報」や「急挙動情報」等のデータをもとに、生活道路の安全対策を実施しています。車載機から得られる料金収集の情報サービスに加え、走行位置や速度など車両の走行情報から潜在的な交通状況を把握し、これまでの「事後対策型」から「予防型」の安全対策へ転換することで、「ビッグデータ」を活用した生活道路の安全対策を図っています。

今後の「EBPM」活用としては、既存の地図データと3D都市空間情報を統合したサイバー空間上で、市中を往来する「人」や「モノ」のセンシングデータなど、現実空間の写像を3D空間情報として組み合わせて、未来予測等に活用するなど、街づくりの分野における活用が考えられます。近い将来、サイバー空間における自治体連携や、サイバー空間上での新たな地方自治の「枠組み」づくりが可能になるのではないでしょうか。

新たなサービスモデルの創出に向けて

データを競争力の源泉とするデジタル時代においては、膨大で多種多様に流通する情報を相互に連携させ「EBPM」等の手法を活用することで、新たな価値を生み出していくことが重要です。そして、利用者へのベネフィット提供と利便性向上に向けてサービス提供の在り方を見直すべきではないでしょうか。

情報通信分野に関連したサービスの多くは海外発のモデルで、現在のインターネットの世界は「GAFA」等の巨大プラットフォーマーが君臨しています。こうしたプレーヤーに対抗し、我が国独自のサービスモデルを構築するには、自治体が中心となって新たなエコシステムを構築する必要があります。

また、新型コロナウイルス感染症の拡大が明白にしたように、経済安全保障の観点から考えても、ヒト・モノ・カネの流通が滞留すると、海外の技術・資源に依存した現状では厳しい状況になります。自分たちで新たなサービスモデルを創出し、自立することが重要です。

想定されるイメージとしては「EBPM」など、エビデンスに基づく政策の推進と変化を先取りする行政の実現であり、地域特性に対応した事務事業の見直しと、住民や民間事業者と連携することで創造した「価値観」を行政に注入することで、サービス向上につなげることではないでしょうか。

「デジタル重点計画」推進の先にあるのは、住民の目線で、自分達がどのような地域を目指すのか明らかにすることだと考えます。デジタル時代の変化に対応する「求められる行政」を実現するためには、自分達の目指すべき方向性と地域の特性は何かを不断に問い直し、行政改革に取り組んでいくことが不可欠であると思われます。

「EBPM」の展開については、今後も多くの自治体で事業が実施され、知見が蓄積されるとともに、その効果も広く周知されていきます。「EBPM」は政策策定の主要な手法となり、定着していくと予想されます。

今後、行政のデジタル化が更に進展することで、より効果的な「EBPM」活用方法が確立されると思われます。都市の動きをICTによって最適化するスマートシティや、社会課題の解決に向けた様々な分野での「DX」の取り組みは、とりわけ「EBPM」との親和性が高いと思われます。

「デジタル重点計画」のその先に、「EBPM」の適用範囲が拡大し、手法がより進化することで、我々の日常生活や社会活動はよりよい方向へと変化し、新たなサービスモデルが誕生しているのではないでしょうか。

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執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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