アップルのiPhone 6が、何かと話題になっています。
iPhone 6とiPhone 6 Plusの全世界での予約数が、初日だけで合計4400万台を突破したニュースは、様々なメディアで取り上げられました。
先月9月9日、アップルがカリフォルニア州クパチーノでのプレスイベントで、iPhone 6、iPhone 6 Plus、Apple Watchを発表して以降、私の周りでも、「期待していたほどではなかった」、「大きくなったのはいいが、iPhone 6 Plusは単に大きなiPhoneこれならiPadの方が良い」などの意見や、「今回の新型はビミョー、でもやっぱり新機種が欲しいので乗り換える」などの会話をよく耳にします。
また、中国では、革新性に欠ける、画面の大型化やApple Watchの登場はSamsungに追従している、など酷評しているメディアもあります。
確かに今回のiPhone 6、iPhone 6 Plusは、基本スペックなどは予想どおりで、驚くような新機能や、ワクワクさせるようなものは見当たりません。
今回のアップルの発表について、私個人の感想としては、少しガッカリしたというのが、正直なところです。
会場のクパティーノ市のFlint Centerは、1984年にスティーブ・ジョブズが初代「Macintosh」を発表した場所です。その後、ジョブズが追放された後に、アップル復活の象徴となった「iMac」の発表もこの会場で行われました。
アップルとしては、iPhone 6 、Apple Watchをこの会場で発表することで、何らかの歴史的意味合いを持たせたかったのかもしれません。
冒頭、ティム・クックCEOが「今日、我々はこれまででもっとも大きく進化したiPhoneをお見せします」と語ったのに続き、フィル・シラー上級副社長がそのスペックの優位性を次々と紹介します。
「新たに搭載したA8チップは処理速度が25%高速で、グラフィック処理は50%も向上しました」
「LTEを通じて音声通話を行うVoLTEにも対応しています。Wi-Fi接続時には、Wi-Fi経由で音声通話を行うWi-Fiコーリングも備えています。」
「カメラ機能も、画素数は8MピクセルとiPhone 5Sと同等ですが、像面位相差AFというイメージセンサーに距離計を埋め込んだセンサーを採用、光学手ブレ補正まで搭載しています。」
私はここで違和感を覚えました。これがアップル?これなら同業他社と同じです。スペックについて連綿と述べるばかりで、ビジョン「志」を語っていないのです。
スティーブ・ジョブズであれば、このようなプレゼンはしなかったと思います。
なお、このビジョンを語るについては、私の前シリーズの第三回コラム『「システム」を語るのではなく「志」を伝える』でお伝えしていますのでご覧ください。
この後、フィル・シラー上級副社長のプレゼンは、内蔵しているセンサー「モーション・コ・プロセッサ」や、新たに採用した「NFC(近距離無線通信)」による決済システム「Apple Pay」の説明へと続きますが、今回私が最も注目したのは、この「NFC」の採用です。
iPhone のライバル、Android端末では既に数多くの機種が「NFC」を採用していますが、アップルはiPhone 6で始めて搭載しました。
アップルは「NFC」の用途として、当面はモバイル決済サービス「Apple Pay」に限定すると発表していますが、アップルは既にiTunes決済で利用されている、クレジットカードの膨大なデータを所有していますので、「NFC」の採用は大きな可能性があります。
この決済サービス「Apple Pay」 Webサイトでは「Your wallet. Without the wallet.(財布を持ち歩かなくても使えるあなたの財布)」と書かれているように、iPhone 6本体を店舗に設置したNFC端末(リーダー)に近づけ、指紋認証センサー「Touch ID」で認証するだけで決済が完了する、極めて利便性の高いものになっています。
「Apple Pay」のようなモバイル端末を利用した決済サービスは、我が国で普及しているおサイフケータイ(FeliCa)が我々にとっては身近な存在ですが、米国では「Apple Pay」の登場で、初めて本格的なモバイル決済がスタートすることになります。
現時点で「Apple Pay」は米国内限定のサービスで、iPhone 6、iPhone 6 Plusもおサイフケータイには対応していませんが、一見よく似た仕組みの決済サービス「NFC」とおサイフケータイ(FeliCa)について、今回は考えてみたいと思います。
FeliCaを利用した非接触決済の交通カードシステムは、1997年に香港で「八達通(Octopus)」として世界で始めて運用を開始しました。その後、我が国においても交通系ICカード(FeliCa)を利用したシステムが普及し、2004年には「おサイフケータイ」の名称で、携帯電話による決済サービスを開始しています。
その香港では、昨年10月に(FeliCa)の仕組みを「NFC」の SIM上に実現することで、通常のNFC対応スマートフォンで「八達通(Octopus)」のサービスを利用可能にする実証実験が開始されました。
この実証実験では、グローバルモデルと呼ばれるFeliCaチップを搭載しないNFC対応スマートフォンに、Octopusアプリを導入した「NFC」SIMを搭載することで、Octopusサービスを利用可能とすることを目的にしています。
単純に言えば、SIMカード上に搭載されている「NFC」のセキュアエレメント(重要なデータやそれを操作するプログラムを格納・実行する場所)の中で、FeliCaの機能をエミュレートするプログラムを実行させることになります。
「八達通(Octopus)」が提供する決済サービスは、交通機関での利用が前提になりますので、改札機等に対応する一定レベル以上のレスポンスが要求されますが、FeliCa OSの全ての動きをアプリケーション内部に取り込み、ソフトウェアのみでUSIM上でのFeliCa機能を実現しています。
USIMカードは「Java Card」と呼ばれるJavaアプレットが動作する小さなコンピュータのようなものですが、この「Java OS」の動作だけで暗号化等の重い処理を実行することは厳しいため、一部の処理をJava OSのより深い階層にある、インターフェイス部分に近いところに置くことで、250msの処理速度を確保したそうです。
この処理速度ですが、我が国の「Suica(FeliCa)」の要求仕様は100msです。このあたりが、全てにおいて高スペックを要求する我が国らしいところですが、都市部の交通機関での混雑時を考えると、この仕様が必要なのかもしれません。
我々が利用している(FeliCa)のシステムでは、この処理速度100msを確保するため専用のチップを要求しますので、「NFC」では一般的なUSIM上にアプリを書き込む方式の端末を利用することができません。
「NFC」対応のグローバル端末と呼ばれるスマホでは、おサイフケータイ(FeliCa)のサービスには摘要できないのです。このため、Samsungなどのグローバルメーカーは、日本で展開する端末には別途おサイフケータイに対応した日本仕様を用意しているのが現状です。
そして、「NFC」関連で私が注目しているもう一つの技術が、「HCE(Host Card Emulation)」という機能です。これは先ほどのセキュアエレメント(SE)をデバイスのSIM内に置くのではなく、クラウド上で実現しようとする動きです。
この「HCE」ではSEをハードウェアとして搭載せず、スマホを経由してクラウド上に存在するセキュアな情報とやり取りを行なう形になります。ハードウェアを使用するSE方式とは違って、こちらはソフトウェアを使用して全ての処理をネットワーク上で実行するため、セキュリティーリスクが高く、安全性の確保が課題ですが、Googleが Androidのバージョン(4.4)からサポートを開始していますので、VisaやMasterCardもサポートを表明するなど、「NFC」を活用したモバイルペイメント普及の切り札になるかもしれません。
日本国内においても、交通系を除く比較的簡易な少額決済の利用シーンに限定すると「HCE」を利用したスマホ(グローバル端末)でのFeliCa系の決済サービスが展開できる可能性もあります。
例えば、外国人観光客への対応や東京オリンピックの開催などを視野に入れた、海外からのインバウンド観光客向けの簡易な決済サービスの提供など「HCE」の活用について検討するべきではないでしょうか。
私の個人的な考えでは、決済システムは全てを一つのサービスで賄うのではなく、リスク分散の観点からも、利用シーンに応じた使い分けが必要だと思います。
このような、使い方が現実的ではないかと考えますが、皆さまは如何でしょうか。
今回はアップルiPhone 6の「NFC」搭載をきっかけに、モバイル決済サービスについて、システムの観点から見てきましたが、様々なシステムや情報に振り回されるのではなく、それを使いこなす「知恵」を持ちたいものだと思っています。
最後に「アーサー・C・クラーク」の言葉をご紹介して、今回のコラムを終わります。
「情報は知識ではなく、知識は知恵ではない。」
それでは、次回をお楽しみに・・・