システムはウィスキーのように熟成するのか?
~朝ドラ「マッサン」を見ながら考えてみた~

ネットワークシステムとビジネスモデルの思考実験 [第3回]
2014年12月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

ネットを活用したビジネス展開はウィスキーのように成熟するか

最近、NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」を見ながらウィスキーを楽しんでいます。
と言っても、朝から呑んでいるのではありません。夜11時からのBS再放送を見ながら一杯やっているのです。
ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝氏と、英国人の妻リタ夫人が「日本で本格的なウィスキーをつくる」という夢を叶えるまでの物語。ドラマも高視聴率で、これに関連してウィスキーの売上も好調のようです。

もともと、夜にゆっくり呑む酒はウィスキーが一番と思っていましたが、最近では放送時間になると、お気に入りのグラスとウィスキーを持ってテレビの前に座るのが習慣になってきました。単身英国へ渡り、ウィスキー作りを学んだ竹鶴政孝氏に敬意を表してスコッチウィスキーといきたいところですが、ここは私の我がままで、アイラのシングルモルト「ボウモアDARKEST」が私のお気に入りです。

呑み方はオン・ザ・ロックではありません、グラスにウィスキーを注ぎ、ウィスキーと同量程度のミネラルウォーターを加水します。軽くステアすると、比重が違う琥珀色の液体と透明な水が滑らかな模様を描いて融け合っていきます。ウィスキーの香りを引き立て、じっくり味わう、私の一番好きな呑み方です。

ウィスキーというと、ロックや水割りを思い浮かべる方が多いのですが、英国人に言わせると「アイラモルトに氷を入れるなんて、焼きたてのピザを冷蔵庫に入れるようなもの」なのだそうです。これは、良質の赤ワインを冷やして飲まないのと同じ理屈です。

この、私のお気に入りの「アイラモルト」ですが、日本の地酒のように蒸溜所(銘柄)ごとに、しっかりしたパーソナリティーを主張しています。

「アイラのシングル・モルト」を始めて口にした人は、何なんだこの酒はと、最初はその強烈な個性に驚きますが、二口目、三口目には癖になり好きになる。そして、いつの間にかファンになる「アイラモルト」にはそんな魅力があります。私もそのようにして、アイラのファンになった一人です。
ちなみに、私見ですが「アイラ」で最も強烈で「癖がある」のが「アードベッグ」そして「ラガヴリン」「ラフロイグ」「ボウモア」「カリラ」とつづき、一番ライトな味わいが「ブナハーブン」だと思います。

私の定番「ボウモア」は強い個性を保ちながら、程よいバランスが特徴で、個性派の「アイラモルト」の中ではちょうど真ん中あたりに位置しますが、この「ボウモアDARKEST」熟成させるのに15年の歳月を必要とします。
バーボン樽で12年間熟成させた原酒を更に3年間シェリー樽で寝かせることで、スモーキーな香りとまろやかな甘い味わいを実現しているのだそうです。

ウィスキー好きの英国人はこのようにも言います「歳月で得るものもあり、歳月で失うものもある」さて、我々が標榜するネットを活用したビジネス展開、ウィスキーが歳月を重ねることで味わいを増していくように、より成熟・進化を遂げていくことが出来るのでしょうか。
これからのネットワークを活用したサービスモデルの展開について、考えたいと思います。

社会がネットと融合してサービスを享受する

15年の歳月を考えると、今から15年前の1999年2月22日、NTTドコモが「iモード」のサービスを開始しました。

いま私達は日常生活の中で、当り前のようにスマホを使っていますが、モバイル端末で、誰もがインターネットでつながってコミュニケーションするという、今では当り前の行為がこの年に始まったのです。「ユビキタス」や「モバイル」などといった言葉も、この頃初めて耳にしたように思います。

アップル創業者のスティーブ・ジョブズも、このNTTドコモの「iモード」を徹底的に研究したと言われていますので、「iPhone」に代表されるスマホを活用したサービスモデルは、「iモード」がルーツと言っても過言ではないと思いますし、この1999年は、人々のコミュニケーションに変革をもたらした年でもあります。

前回のコラムでは、ネット上に構築された共通基盤を利用者が共有することで、サービスを享受できるようなビジネスモデルについて考えましたが、私は、15年とは言わず、ここ数年で我々のライフスタイルに影響を与えるような、新たなサービスモデルが創出されるような気がしています。
それは、リアルな世界のサービスがネット上のビジネスモデルに影響を受けて変化を遂げ、現実の社会がネットと融合してサービスを享受するような、新たな展開となって現れてくると思います。

例えば、シンガポールで2012年に始まった「GoMyWay」というモバイルアプリでタクシーを呼んで、相乗りで節約する、タクシーを安く「割り勘」で利用できるサービスがあります。

ネットを活用してこのサービスをより進化させると、タクシー料金を割り引いたり、無料にするような「新たなタクシー」サービスが可能になります。これは、利用者のスマホの検索履歴からその人の嗜好にマッチする広告を表示し、タクシー内で見てもらうことで、移動料金を無料にするものです。

また、車内で物販などのサイトを見て購入した場合は一定の割引を行うことや、タクシーと通販サイトが連携したネット通販、タクシードライバーがお勧めの店舗を紹介するコンシェルジュサービスなどが考えられます。
これは、ネット上で「google」などが提供しているサービスを、リアルな世界に置き換え応用した、ビジネスモデル展開です。

また、このモデルを高齢者向けにセグメント化して、病院などへ通院する際に、車内で高齢者をターゲットにしたオファーを行う「高齢者用無料タクシー」などのサービスも可能になると思います。
タクシーの本質は「移動手段を提供する」という事ですが、その移動中の時間で移動手段にプラスして「提供できる価値は何か?」という視点で考えることで、先程のような新たな発想が生まれてきます。

ネットを利活用したサービスモデルの進展

このように、今後はネット上でのサービスモデルを応用した事業展開が、リアルな現実の世界にも広がっていくと考えられます。電子書籍の登場など、コンテンツのネット配信もその例のひとつですが、既存のコンテンツがデジタル化され、CD・DVD・ゲームのダウンロードサービスが増えつつあります。

すでに、米国では「Blockbuster Video」などのレンタルビデオが、「iTunes」や「Netflix」「hulu」の登場によって事業縮小に追い込まれました。ゲーム業界も既存のゲームを分割して配信し、ファン層の拡大を図るようなネットを使ったダウンロードサービスに重点をシフトする動きを加速させています。

そして、教育のオンライン化も急速に進展していくと思われます。
すでに「iTunes U」、「YouTube U」では有名大学の授業を見ることが可能ですし、「lynda.com」のように学科毎の動画コースを配信するサービスも既に始まっています。

アメリカの学校では教育現場にMacやiPadが導入され、専用アプリを通じて先生と生徒がネットで繋がり、生徒がアプリを使って宿題を提出しています。小学生にプログラミングを教える動きや、概念を解りやすく学べるボードゲームなども現れています。

このように、私達が想像する以上の早さで、ITやネットワークは我々のリアルな日常生活に変化をもたらしているように思います。そして、ネットを利活用したサービスモデルの進展は、日常社会でのプレゼンスを更に強めていくと考えます。

これから最も肝要なのは、ネットとリアル(実業)の融合です。このコラムでは、ネットワークを活用した事業展開について考えてきましたが、今後はネット上でのビジネススキームを、いかにリアルな世界に応用していくのか考えることが重要であると思われます。

「Google」や「Facebook」のような基盤(インフラ)を作る、そしてシステムを一方的に提供するのではなくコミュニティ化を図り、その一員になってもらって、信頼関係を築き、その人達が喜ぶようなサービスを提供する。このように考えると、ネットワークを活用した事業展開においても、ウィスキーが歳月を経て熟成していくように、サービス提供者としての原理原則を真摯に捉え、価値観や信頼関係を醸成させることが王道であると考えます。

今回は「ウィスキー」を例に、これからのサービスモデルについて考えてみましたが、このコラムでは、今後もこのような独自の観点から、ネットワークシステムのあり方や、その先にあるビジネスモデルなどについて、考えたいと思っています。

最後に「開高 健(作家)」の言葉をご紹介して、今回のコラムを終わります。

「かくて、われらは今夜も飲む、たしかに芸術は永く、人生は短い。
しかしこの一杯を飲んでいる時間くらいはある。黄昏に乾杯を!」

それでは、次回をお楽しみに・・・

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