「地方創生」という名のサバイバル戦略
~勝ち残るために何が必要か考えてみた~

ネットワークシステムとビジネスモデルの思考実験 [第6回]
2015年3月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

地方創生とは

「どうせ地方創生の話だろう」と試しに僕は言ってみた。
言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
「なぜ知ってるんだ?」と相手が言った。
とにかく、そのようにして「地方創生」をめぐる冒険が始まった。

「村上春樹」風の書き出しで、始めてみましたがいかがでしょうか。

「地方創生」って、どうなんですか?
「まち・ひと・しごと創生本部」って、何してるんでしょうか?
ここのところ、このような声をよく耳にしますので、新年度を目前にして「地方創生」を掛け声だけで終わらせないために、いま何が必要なのか、考えてみました。

そもそも、「主役は地域」を提唱する現政権の「地方創生」戦略ですが、そのきっかけとなったのは、2014年5月上旬に公表された、日本生産性本部の日本創成会議・人口減少問題検討分科会による「消滅自治体リスト」及び提言「ストップ少子化・地方元気戦略」が発端です。
提言では、2040年には896自治体が消滅の危機を迎え、その内523自治体が、人口10,000人を割込む等のデータが公表され大きな話題になります。

それに続くようなかたちで、政府の経済財政諮問会議に設置された有識者会議「選択する未来」が、50年後に1億人の人口を維持する目標を掲げて、政策を総動員すべきとの報告を提示します。
これを受けて、人口減対応と地域の活性化が、14年6月の政府の「骨太方針」や成長戦略改訂版の目玉施策の1つに盛り込まれます。

その後、第2次安倍改造内閣の発足を機に石破茂氏が地方創生相に就任すると、政権を挙げての取り組みが一気に加速していきます。
この動きには、4月の統一地方選を見据えて、円安による物価・コストの上昇が地域経済や中小企業にマイナス影響を及ぼしているとの批判など、アベノミクスの負の側面への対応策として、地方重視のメッセージを発信する狙いがあると思います。

そして、政府は昨年12末から年初にかけて、「地方創生」に向けた対応を次々に発表します。
将来の人口展望を示す「長期ビジョン」と、今後5年間の施策として、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、2014年度補正予算では、地方の消費喚起などの交付金を4,200億円計上したのに続いて、2015年度予算案では、関連予算として農業の支援などに7,225億円を盛り込んでいきます。

「長期ビジョン」と「まち・ひと・しごと創生総合戦略」

注目すべきは、この「長期ビジョン」、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では「2060年に1億人程度の人口を維持」、「東京への過度の集中を是正」、「地方への企業や人の移動を促進」など、過去に政府が行った対策では、ある意味タブー視されてきた命題について、真正面から取り組むことを掲げている点です。

具体的な施策とその数値目標を掲げて、進捗についてアウトカム指標を原則とした重要業績評価指標(KPI)で検証し改善する仕組み(PDCAサイクル)の確立を目指しているところも、過去の政策より一歩踏み込んだものになっています。

数値目標としては、2020年までに東京圏から地方への転出者を4万人増加させ、一方では、東京圏への転入者を6万人減少されて、転入・転出ともに41万人の同水準にする目標を明示しています。
また、企業が本社機能を東京から地方に移す件数をいまより7,500件増やし、地方拠点での勤務者を4万人増やすことも目指しています。

今後、各自治体は国の長期ビジョンと総合戦略を踏まえたうえで、地域版の人口ビジョンと総合戦略を策定することになります。この際、国は地域での縦割りを排して産業界、行政、大学、金融界など多様な主体が参画して幅広い視点から戦略や施策を策定・検証するよう促していく方針です。

この、地方の自主性を重視して国がそれを支援する姿勢は、今年の年頭会見で安倍首相が「地方創生」について語った「重要なことは地方が自ら考え、行動し、変革を起こしていくことです。」のフレーズにも明確に現れています。

具体的には、国が地域の経済活動の現状を知るうえで有効なビッグデータを提供する「情報支援」、国家公務員を小規模自治体へ派遣する「人的支援」、新たな交付金措置の「財政的支援」などで、自治体をバックアップするとしています。

「情報支援」については、地域版の総合戦略の策定・実行を自治体が円滑に進められるように、ビッグデータを活用した「地域経済分析システム」を開発し、自治体に提供することで、自治体が活用できる体制を整備する方針です。このシステムでは、行政区域を越えた企業間の取引や、観光地における人の動向、将来の人口構成などに関するデータの活用が可能になります。

「人的支援」では、自治体トップ(市町村の首長)の補佐役として、国家公務員や大学研究者、民間の人材を派遣する「地方創生人材支援制度」や、中央省庁の職員が相談窓口になる「地方創生コンシェルジュ」を創設して、霞が関の所管窓口と地方の連携を強化することで、自治体の相談に迅速に応じられる体制が構築されます。

「財政的支援」では、2014年度補正予算で確保した4,200億円の自治体向け交付金のうち、2,500億円をプレミアム付き商品券等に使用する「地域消費喚起・生活支援型」に、1,700億円を地方版総合戦略の策定経費や、若者が地方で働く仕組み作り、地元企業の販路開拓事業などに充てる「地方創生先行型」として位置付けています。

自治体向け交付金

この政府の大判振る舞いともいうべき、自治体向け交付金は、目前に迫った統一地方選を意識した政治的判断に基いて積算され、2015年度予算での「地方枠」拡大は、「地方創生名目で予算要求したほうが通りやすい」という永田町・霞が関特有の事情が背景にあることを忘れてはなりません。

また、その一方で社会保障費などが膨れ上がる中、2016年度以降も安定的に関連予算が確保できる保証はないということを認識すべきだと思っています。

交付金の増額については限りなく不透明、今後も引き続き公費を投入することで地域経済を下支えすることは厳しい、このようなことが根底にあって、今回の国の対応からは「人」と「情報」で支援するので、自治体も知恵を出して、独自の政策で頑張ってほしいというメッセージが読み取れるのではないでしょうか。

この先、国は独自の政策や戦略で先行する自治体を積極的に支援していく。その過程で、地域間の格差「勝ち組」と「負け組」が出てくることを容認するような、自治体間の「脱・横並び」を推し進めていくという展開も見えてきます。

「早く成功事例を作ったほうがほかの自治体の参考にもなるので先行自治体をどんどん後押ししたい。過渡的に市町村ごとに差が出てくるのはやむを得ない。」これは、地方創生を所管する和泉洋人 首相補佐官の発言です。

こうした考えを反映するように、政府は地域活性化で先行する自治体への支援を早いペースで推進しています。
地域特性を生かした活性化策を進めている「地域再生計画」21件を1月22日に認定し、つぎには規制改革を推進する「地方創生特区」を複数指定する予定です。成果を早期にアピールする狙いがあるとはいえ、底流にあるのは地方の自治体に「依存から自立への切り替え」を求める姿勢が垣間見えます。

このように見てくると、地方自治の焦点は国と地方が権限を巡って争う段階から自治体が中心となって地域の合意を形成しプロディースしていく、住民自治を高めて特色のある施策を全国へ向けて発信することで、独自の立ち位置を確保する段階へと移行していく理想の姿が浮かんできます。

今回の地方創生に向けた動きで、自治体や地域の力が試され、先進的な取り組みで先行する自治体と他自治体との「自治体間格差」が顕著になれば、住民や企業が柔軟に地域を選択する動きが広がり、住民や企業の移転が促進されると思います。

自らが考えて真剣に取り組む自治体がさらに勢いを増し、やる気がない自治体との格差が開いていく、これは、良い意味での「自治体間競争」の時代が到来したとも言えるのではないでしょうか。

かつて我が国では、地方都市の中心市街地が急速に衰退した2000年前後に「中心市街地活性化基本計画」を作り再生を試みたことがあります。6年で6.5兆円の予算を組み、約450自治体が手をあげ、一自治体あたりにして約140億円が投下されました。しかしその結果は、予算の大半が道路事業やインフラ整備で消費され、空き店舗対策などのソフト系事業には活用されていません。

この事例のように、旧来の「ハコモノ行政」的思考から抜けられない自治体や先進的な事業アイデアを練る作業を後回しにして、国の補助金に頼るような一時しのぎ的発想では、新たなステージに突入した地域間競争を勝ち抜くことは難しいと考えます。

人口が減少していく現状では、公共事業を増やせば様々な問題が噴出してくることは必至です。人口減で税収が減少していく中で公共施設を増やせば、多大な維持管理経費が自治体の財政を圧迫することになります。
超高齢社会・人口減少型社会では、公共事業に頼った政策は、あまりにもリスキーな選択なのです。
公共事業は地域活性化の特効薬ですが、効果は一時的で、効力がなくなれば、残されたインフラ設備は負の遺産としてその地域に残り、自治体の「足かせ」となります。

イノベーションを創出する「仕組み(システム)」づくり

いま必要なのは、イノベーションを創出する「仕組み(システム)」づくりではないでしょうか。
国の支援に依存することなく、自らの事業展開で収益を上げ、事業を持続させる仕組み「地域活性化のエコシステム」が求められているのです。

事業を継続させて収益が発生すれば、さらに地域を活性化させる「再投資」が可能になり、それが新たな雇用を生み出すことになります。そうしていくうちに、「好循環」はより強化されて、地域内の経済だけでなく、地域外経済も巻き込むように発展することで、地域の発展につながっていきます。

そのためには、収益を生み出す事業と真摯に向き合わなくてはなりません。
お叱りを覚悟で言えば、「収益を挙げない活性化事業は全て止める」くらいの、思い切った意思決定が必要なのです。
地方創生に必要なのは、国の補助金に依存するのではなく、独自で資金調達が可能なビジネスモデルの創出であり事業の開発です。

これまで、成功事例に挙げられている地域には「ストーリー(物語)」があります。そして、必ず「キーマン」が存在しています。

地域情報化が創生期の頃、「よそ者、若者、ばか者(変わり者)」が成功事例の共通項と言われていました。これは、「自前主義」にとらわれず、地域の内外から幅広く「人材」と「知恵」を集めて、結集した「集合知」を最大限生かしながら、独自の戦略を展開することを三つのキーワードで端的に表現したものです。

さきほど、収益を上げる事業展開と言いましたが、地方創生で求められるのは、地域社会全体にベネフィット(利益)を還元する仕組みだと考えます。ここで言う地域社会とは、行政区だけではなく、地域の生活に根ざした生活圏や、近隣のエリア、さらには社会全体のことを指しています。

総務省は、今年1月に地方創生に資する「地域情報化大賞」(注1)を発表しました。この表彰事例の一つ一つに「ストーリー」があり「キーマン」が居られるのだと思います。先進的な地域情報化の取り組みが紹介されていますので、ご参考にされては如何でしょうか。

今回のコラムでは、新年度を目前に「地方創生」について考えてみました。

最後に「村上春樹(作家)」の言葉をご紹介して、今回のコラムを終わります。

「僕らはとても不完全な存在だし、何から何まで要領よくうまくやることなんて不可能だ。
 不得意な人には不得意な人のスタイルがあるべきなのだ。」

注1:地方創生に資する「地域情報化大賞」表彰事例の発表(総務省)

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