今年2月25日からスペイン・バルセロナでモバイル分野における世界最大級の展示会「MWC19 Barcelona」が開催されました。事前に想定されたとおり、参加企業各社は最新のテクノロジーを競い合うように、「5G」関連の展示を行い、イベントは次世代通信規格「5G」が主役になりました。
米国では、2018年10月からモバイル通信会社「Verizon(ベライゾン)」が家庭用専用ルーターによる世界初の「5G」通信サービスをスタートさせ、12月からは大手通信会社「AT&T」が米国内の12都市でモバイルルーターでの「5G」ネットワークサービスの提供を開始しています。
我が国においても、2020年には「5G」がサービスインする予定で、高速大容量通信の特性を活かした高精細な画像の送受信や、「IoT(Internet of Things)」など次世代の社会基盤を担う技術として期待が寄せられています。
「5G」では、以下をはじめとする特性に期待が高まっています。
一方、「5G」が持つ特性が注目されている反面、すでに十分快適なモバイルネットワークインフラを日常的に利用する日本のユーザーから見ると、「動画の画質が高精細になる」と言われても、単に「通信速度が速い新型のスマホ」が登場しただけで、機能として極端な違いはないように感じるのが現状です。このあたりの状況が、諸外国との大きな相違であり、我々の日本が持つ特異性なのかもしれません。
我々がスマホを買い替える時、「LTE」や「VoLTE」の新技術を利用することが目的ではなく、購入した最新機種が「LTE」などの新インフラに対応していた、というのが実情ではないでしょうか。そのように考えると、我が国の場合「5G」についても、新しいスマホを買い替えた時、結果的に「5G」になっていたという、自然な形でユーザーに恩恵があるような、緩やかに展開していくのが良いのかもしれません。
高速・大容量を誇る「5G」ですが、この「5G」には二つの運用方式があるのをご存知でしょうか。
現在、日本国内を含め多くの国では、先行して規格化された「LTE」の制御信号を使用できるなど、運用経費面でコストメリットがあることから「NSA」方式が先行して採用されているのが現状です。
「5G」のサービスインへ向けて日本の携帯キャリア各社は、スタートダッシュで若干遅れた感があります。しかし、バルセロナで開催された「MWC19 Barcelona」に参加した企業の中で、既存の考え方とは異なるインフラ整備で自社の「5G」ネットワークの先進性をアピールし、注目を集めている通信事業者があります。それが、今年10月に日本国内での携帯キャリアサービス開始に向けて準備を進めている「楽天」です。
「楽天」が目指しているのは、既存の「汎用技術」を活用した携帯電話ネットワークの構築です。携帯電話に特化した専用機器の使用を極力排除して、クラウド・仮想化などの技術を活用した「5G」ネットワークを整備するなど、これまで例のない携帯キャリアの構築スタイルが話題になり、いま「楽天」は「FCバルセロナ」のスポンサー企業というだけでない存在感で、世界的にも注目されているのです。
もちろん、日本国内の通信キャリア大手3社でも、「5G」対応を視野に入れてクラウド環境や仮想化技術を事業展開に採り入れようとしています。しかし、「3G」や「4G」のために整備・運用してきたレガシーインフラを大量に保有しているため、機器の更新には膨大な設備投資が必要といわれています。
「4G」との併存を前提とした「NSA」では「LTE」の制御信号を使用するため、同一エリア内での「大量接続」や、通信の「低遅延」など、「5G」本来の特性をフルに活用することはできません。一方、「SA」方式を中心にインフラ構築を行う「楽天」の事業展開では、過去のレガシーシステムに囚われることなく、最新技術を惜しみなく投入することで「5G」の利点をより活かせることになります。
日本の携帯電話事業者は20年にわたる再編を経て「NTTドコモ」、「KDDI」、「ソフトバンク」の大手3社に集約されてきました。ここに新規事業者として「楽天」が参入することで、現在停滞している事業者間競争が再燃し、それが利用者の便益やベネフィット向上につながるのではと期待が集まっています。
これまでの経過をたどると、携帯電話の黎明期から普及期においては、現在の「KDDI」の母体となった「DDIセルラーグループ」や「日本移動通信」、現在の「ソフトバンク」の母体となった「デジタルホングループ」に加えて、PHS事業を展開する3社が相次いで携帯電話事業へ参入しました。これにより、かつては一部の富裕層・社用族だけが所有するもので、庶民には手の届かない存在であった携帯電話が一気に普及し、大衆化が加速した前例もあります。
また、2005年には当時の「イー・アクセス」が参入、さらにPHS事業者の「ウィルコム」が「KDDI」から独立するなどの動きもあり、これによってデータ通信の定額サービスの料金設定がより低額になり、音声通話料金の定額競争が加速するなど、通信サービスがより安価な料金設定へと変遷していきます。
ここで注意すべき点は、ユーザーは通信事業者を価格だけで選んでいるのではないという事実です。確かに低額な価格設定は魅力的ですが、料金が安くても受信エリアが限られたり、通信速度が安定しなければ、利用者は大きな不満を抱くことになります。
PHSは1995年のサービス開始後、携帯電話より料金が安価なことから若年層を中心に契約数を急速に増加させました。しかし、携帯電話より電波の出力が弱くエリア整備に時間が掛かる仕組みが足枷となり、増加する利用者にエリアカバーが追い付かず、「つながらない」マイナスイメージが定着したことで人気を失い、その結果全てのPHS事業者が経営危機を迎えています。
また、2006年に「ボーダフォン」の日本法人を買収して携帯電話事業に参入した現在の「ソフトバンク」も、当初は「0円」を強調したプロモーションを展開するなど、強気の価格設定を事業展開の柱にしていました。しかし、受信可能なエリアが少なく繋がりにくいなど、ネットワークに対する利用者側の不満が多く寄せられたことから事業方針を転換して、ネットワーク整備に企業活動の重点を置いたことが、今日の信頼を得ている状況につながっています。
通信事業者として「楽天」のどこが革新的なのでしょうか。それは、従来の携帯キャリアが高価な専用ハードウェアを使用しているのに対して、「楽天」は高価な専用機器を使用せず、安価な汎用ハードウェアを利用して、専用ハードウェアの機能をソフトウェア上で実現させる、携帯キャリアとして世界初の完全仮想化ネットワークの構築を目指しているところです。
この手法では、ソフトウェアの更新による機能追加が容易に実現できる利点があります。「楽天」のシステムでは専用機器の機能をソフトウェア上で実現させているため、新たな機能をテストする際にも海外の開発拠点と直結することで、できあがった新機能をテストした後、自動的に運用環境に反映させることが可能になります。
このようなシステム運用の形態は、IT企業の開発手法を携帯キャリアのインフラに適応させたものです。性能向上に要するタイムスケジュールを短縮できるなどのメリットがあると同時に、通信障害などが発生した場合にも、対策済みのソフトウェアをテストし機能をアップデートすることで、迅速に問題を解決することが可能になります。
また、すべての機能がソフトウェア上で作動しているため、ユーザーが求める新機能をタイムリーに提供できることも利用者の利便性アップにつながります。
「5G」サービスが主流となる数年後には、他キャリアもより魅力的なサービスを展開していると思われます。しかし、しばらくの間は「楽天」の優位な状況が続くのではないでしょうか。
「5G」には現状では未知数な点もあります。「SA」での運用であっても、ユーザーの利用したいサービスがインターネットの向こう側に在っては遅延は短くなりません。今後は、端末内部での分散処理や、携帯電話基地局のより近い部分にサーバーを置いて処理する「エッジ」型の運用にシフトするなど、サービス提供事業者との連携も必要になります。
「楽天」の事業計画は、三木谷社長自らが「携帯業界のアポロ計画」と表現するほど新たな挑戦に溢れています。実際の運用が上手くいくのか不安もありますが、既存の概念に囚われない、レガシーに依存しないのが後発企業の強みでもあります。そして、これからの様々な試みが世界の通信事業者を驚かせ、それが「ガラパゴス」と呼ばれる我が国の現状を打破すると信じています。
いま、我々は人口の減少や超高齢化社会の到来など、時代の分岐点に立っていると思われます。
今後、自治体の情報システムの運用においても、過去の「レガシー」に囚われない柔軟な発想や新たな要素技術の活用による「新時代の住民サービス」提供に向けて、果敢に挑戦する姿勢が望まれているのではないでしょうか。