2018年9月、「学研ホールディングス」が全国の小学生各学年の男女計1200人を対象に実施したアンケートで、「将来つきたい職業」の全体ランキング 3位に「YouTuber」がランクインしたことが話題になりました。いまや個人・団体を問わずネット上に自分の考えや意見を発信して、コミュニケーションすることは日常的な行為になりつつあります。
2010年代初頭から急速に普及したスマホは、既存の携帯電話「ガラケー」を駆逐し、我々の生活シーンを激変させました。かつてコミュニケーションの主流であった携帯メールも、パブリックな繋がりは「Facebook」、プライベートな繋がりは「LINE」に置き換わり、パソコンで見ていたWebサイトも、いまではスマホでアクセスしています。
利用者自らがネットに情報を発信して、情報を受信する側と発信者がコミュニケーションを創り出す、そんな「コミュニケーションの自由化」がスマホを中心に自然なかたちで沸き起こっているのです。
この誰もが情報を受発信する時代が到来したことで、海外の観光先進国「オーストリア政府観光局」や「チロル観光局」では、デジタルマーケティングに積極的に取り組むなど、地域間競争を生き抜く方策として、SNS等を活用した自治体の広報戦略が展開されています。
日本国内においては、人口減少型社会が進展していく状況の中で、地方自治体が他の地域との競争で勝ち残っていくためには、自治体と地域住民を中心とした生活圏の中に「信頼関係」を構築する必要があります。そして、地域外の「人口」「購買力」などを自分達の地域に取り込むための広報戦略が重要になります。
かつての電話は、「1:1」の情報交換(相互通行)が基本であり、放送や印刷などのメディアは「1:N(不特定多数)」に向けて、情報発信(一方通行)を続けてきました。しかし、新たに登場した「インターネット」は、この「1:1」と「1:N」の関係を同時に一つのメディアの中で共存させることを実現し、されに加えて発信者と受信者の互いが情報交換することも可能にしたのです。
また、SNS等の「ソーシャルメディア」では、「1:N」の関係を「N(不特定多数)」ではなく、独自の価値観・ライフスタイルを持つ、セグメント化された個々の集まりに向けて情報を発信することが可能になり、「1:S(セグメント)」でのメッセージ交換も実現しています。
このように、カテゴライズされた価値観を共有する集団に対してメッセージを届けることが可能になり、各個人からのフィードバックが得られる仕組みが形成される時代の広報戦略においては、「親近感」に基づく「共感するコミュニティー」の形成と、情報の「共有・拡散」が重要度を増しています。
ここで留意すべきは、「オウンドメディア(Owned Media)」と「アーンドメディア(Earned Media)」の連携です。
「オウンドメディア」とは、「Own + Media(所有 + メディア)」の言葉が表すとおり、従来からの広報誌や冊子、Webサイトやブログ、YouTubeなど、コンテンツが検索エンジンにしっかりとインデックスされ、情報の価値が劣化されにくい媒体を意味しています。
これに対して、「アーンドメディア」は「Earn + Media(評判 + メディア)」を表していますので、TwitterやInstagram、Facebook など、SNSでの評判や「口コミ効果」で情報の「拡散」を狙うメディアの総称です。
広報誌や冊子、リーフレットなど、旧来のメディアを発行する費用と比較すると、SNS等を活用したネット上での情報発信は低廉なコストで運用が可能になります。また、発信した情報がネットで話題になり「拡散」されれば、多くの人々の目に留まり、検索エンジンからの閲覧数も多くなります。
WebサイトやYouTube等の「オウンドメディア」で、しっかり作りこんだコンテンツを発信し、更新情報は、TwitterやInstagram、Facebookなどの「アーンドメディア」を用いて情報を拡散させる。このように、メディアの特性を活かした情報発信をしていくことが肝要なのです。今後、自治体の広報戦略においては、旧来からの「オウンドメディア」とSNS等を中心とした「アーンドメディア」が持つ互いの特性を補完し合うような運用が必須になるのではないでしょうか。
「バイラルマーケティング」とは、ネット上で見つけた情報を他のユーザーに「シェア」されることを前提にコンテンツを作成し、「口コミ」効果などを利用して情報拡散を図る仕組みです。ソーシャルメディアの特性を利用して情報が爆発的に広まることから一般の企業等でも用いられています。
この「バイラルマーケティング」を活用した自治体の取り組みとしては、滋賀県の「石田三成CM」が挙げられます。他の自治体の動画コンテンツと同様に地域が持つ特性を訴求する内容ですが、この動画が特徴的なのは滋賀県の有名な観光スポット等を紹介するのではないところです。懐かしのCM風パロディー動画に小ネタが散りばめられた演出の中で、戦国武将「石田三成」という人物に特化して訴求しているのです。再生回数は1,670,000 回を突破し、好評のため続編の動画も公開されています。
この滋賀県の「石田三成CM」と対照的なのは、長野県小諸市の「ふるさと納税をよびかけるPR動画」です。再生回数は47,000回と多くはありません。しかし、注目すべきは、制作費9,500円で制作されたにも関わらずこの動画によって、納税額が平成27年度の679万円から平成28年度は5,213万円と約8倍に増加しているところです。
小諸市の事例では、不要なリッチコンテンツを制作するのではなく、手作り感を大切にしながら映像を創るスタンスが印象的です。他の自治体の先行事例にとらわれず、「動画を作成する目的は何なのか?」そして「その目的を達成するために最適な方法なにか?」という部分からゼロベースで考えて工夫していくことが重要であることを教えられます。
地方自治体の動画配信では、その熱い思いを反映するかのようにリッチコンテンツを制作する傾向にあります。しかし、小諸市の「ふるさと納税をよびかけるPR動画」は逆の発想で、低予算で手作り感満載のコンテンツです。そのため思わず笑みを浮かべるような要素もあり、背伸びすることなく地域特徴をアピールしているところに好感を持てます。この事例からは、必ずしも予算と総再生回数が多いことが正解ではないことを感じさせます。
また、最近の事例では、大阪府池田市が市制80周年を記念して制作した「ひよこちゃんvsウォンバット」が秀逸です。この動画では、日清食品創業の地である池田で2016年から池田市の観光大使を務める「チキンラーメン」のキャラクター「ひよこちゃん」が、突如巨大化して市内の観光名所を次々に破壊していきます。
これを阻止するため、池田市の五月山動物園で飼育されている「ウォンバット」も巨大化し、池田市を守るために「ひよこちゃん」に戦いを挑む、昭和時代の特撮怪獣映画を彷彿とさせるシュールな内容になっています。
また、池田市ではこの動画配信に加えて、市内の観光名所に動画を紹介する看板(フォトスポット)を設置して、「ひよこちゃんvsウォンバット」フォトラリーを開催しています。Instagramでハッシュタグ「#池田の大決闘」と撮影した写真を投稿すると、動画の関連グッズが抽選で当たる裏企画も同時に実施するなど、SNSでの拡散につなげています。
これまで見て来た事例のように、外部の目線で地域の特性を客観視した「地域が持つ素材」、「地域が持つストーリー」の掘り起こしが必要です。また、これからは海外からのインバウンド旅行者を中心に、日本国内の外国人居住者なども想定した、「世界目線」を意識することも重要です。そして、その地域が持つ素材をどのように発信していくのか、ネット上の口コミで拡散効果も勘案した、真面目でお堅い行政が意外性・話題性で意表を突く、「尖がった」戦略で情報発信する方法を検討することも必要ではないでしょうか。
自治体の広報戦略が目指すその先にあるものは、住民との間に自然なかたちで共感・親近感を作り出すことにあります。提供する情報やコンテンツがどれだけリッチで情報量が多くても、心が通わない無機質な内容であれば、共感や親近感・信頼関係を生み出すことはできません。
例えば、我々が買い物をする場合、同じ商品であれば、自分と価値観を共有できる親近感のある売り手から購入する方を選びます。顧客は商品それだけではなく、売り手と買い手の間にある「共感・親近感」の構図を見ているのです。SNS等を利活用したマーケティングの本質は、この親近感から派生して信頼感を構築する仕組みをネット上に作り出すことにあります。
自治体広報をメディア戦略の観点から見れば、「オウンドメディア」を中心に、「アーンドメディア」であるSNS等の各種メディアへ連携・循環させる仕組み作りが重要です。Twitter等でプッシュ型の配信を行い、情報を拡散させながら「オウンドメディア」へ還流させるような、相乗効果を高める運用を心がけてはいかがでしょうか。
現在、多くの地方自治体や企業がSNS等を利活用した情報発信に取り組んでいますが、メディアマーケティングの本質は、短絡的な成果を求めるものではありません。
自治体広報戦略が目指すべきは、地域住民や外部の関連住民との親近感・信頼感を醸成するシステムの構築です。この仕組みを活用することにより、地域と自治体のブランド価値を高める、そのような情報発信・コンテンツ提供が可能となるのではないでしょうか。
そしてこれは、自治体が地域情報化のエコシステム(生態系)を構築していく上で極めて重要な意味を持っていると考えます。