インバウンドを意識した地域情報化戦略の必要性
~「モノ消費」から「コト消費」の変化を考える~

「令和」元年に思う自治体情報システムの本質 [第5回]
2019年9月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

世界中で観光客が増加しています。国連世界観光機関(UNWTO)発表の世界観光動向によると、2018年の国際観光客は前年比 7,400万人増の14億300万人(前年比5.6%増)を記録しました。

我が国における同年の状況としては、インバウンド(訪日外国人旅行者)は3,119万人(対前年比8.7%増)となり、6年連続で過去最高を更新しました。2018 年のインバウンド消費額4兆5,189 億円を、貿易統計の輸出額データと比較してみると、半導体等電子部品の輸出額4兆1,502 億円を上回る数値を記録し、すでに観光が我が国の主要輸出産業の一翼を担う存在感を示しています。

このような状況の中、インバウンドによる地方での消費の存在感が高まっています。観光庁が公表した「2019年版観光白書」によると、代表的な訪問地である東京・大阪・京都など8都府県からなる三大都市圏を除く39道県における2018年のインバウンド消費額合計は約1兆362億円と3年間で1.6倍に拡大しています。既存の大都市圏を中心とした消費活動とは異なる潮流を生み出し、インバウンドの増加にともなう観光の経済効果が地方へ波及していると分析しています。

この今年度版の観光白書で注目すべきは、これまで東京都近郊、大阪府、京都府を中心に、首都圏・関西エリアなど一部の地域に集中していたインバウンド需要が他の地域に拡大しているところです。

その要因として白書では、北海道の「ニセコ」が外国人スキーヤー達に世界的リゾートとして認知されるなど、スキー・スノーボード等のスポーツを体験したインバウンドの地方への訪問率が87%に達している点や、温泉、自然、農山漁村体験や、お花見・紅葉など四季の体感を求める地方への訪問率が70%を超えるところに着目しています。そして、訪日外国人旅行者の関心の対象が多様化したことで、何処にでもあるような観光地ではない、その地域ならではの体験や人とのふれあいを重視する「コト消費」に向けてシフトしていると指摘しています。

インバウンドは「モノ消費」から「コト消費」へ

近年、海外旅行市場が成熟するなかで「FIT(Foreign Independent Tour)」と呼ばれる、パッケージツアーを利用せずに海外旅行をする個人旅行者が増加しています。それに伴いより地域らしさを感じられるコンテンツが求められるようになり、インバウンド旅行者の嗜好がその地域だけで体感できる特別な「体験」を重要視する、「モノ消費」から「コト消費」へ変化したと考えられます。

地域ブランディングによる「まちづくり」では、その地域でしか体感することが出来ない、最高の体験をどこまで提供できるかが、成功する地域づくりの重要な要素であり、「モノ消費」から「コト消費」へシフトしていく時代のニーズに対応するためには、市場特性を把握し具体的なアクションにつながるインバウンド戦略が求められます。

誘客対象にする地域を絞り込んだ大胆なターゲット戦略や、これまで「タビマエ」「タビナカ」「タビアト」に分散しているマーケティング戦略を「タビナカ」中心に見直すなど、既存の観光政策を再定義し、地域の自治体・事業者が中心となってプロモーションを実施する仕組みが必要なのかもしれません。

近年、北海道「ニセコ」や信州「白馬」等でスノースポーツを楽しむために来日するオーストラリア人が増加し、日本オーストラリア間の直行便が次々に就航したことも重なり、訪日旅客者数は毎年過去最高を更新し続けています。

また、観光庁の「訪日外国人消費動向調査2018年全国調査結果」によると、2018年の訪日オーストラリア人の平均宿泊数は13.3泊と長期滞在の傾向があり、1人当たり旅行支出は、調査対象国・地域中最も高額な24万2041円を記録しています。

ここ数年の訪日オーストラリア人の動向としては、若年層やファミリー層が増えていることと、ウインタースポーツ以外にも、お花見・紅葉など四季の体感や、地方の歴史的建造物に対する興味・関心の高まりとともに、初訪日する観光客が増加する傾向があります。オーストラリアからのインバウンドを想定した旅行商品の中には、日本チームとの野球対戦とプロ野球観戦がセットになった野球に特化したツアーや、日本国内を歩きながら、その地方ならではの景観を楽しみ地域の歴史・文化に親しむツアーなど、体験重視型の消費スタイルに対応した企画があります。

インバウンドを意識した地方自治体における情報戦略の必要性

世界49の国と地域、28言語でサービスを展開する「トリップアドバイザー」が発表した「インバウンドレポート」によると、日本の情報に対するアクセス数は年々増加を続け、2013年からの年平均増加率は24%で、近年ではインド、イタリア、ニュージーランドなどでアジア以外からのアクセス数が増加しています。

訪日客の動向や意識として、検索日からチェックインまでの期間は、近隣のアジア地域では1ヶ月半前からホテルを検索する一方で、欧米豪の地域では来日80日以上前にホテルを検索する傾向があります。ホテルはオールインクルーシブ形式のホテルと、中長期滞在可能なホテルの人気が高まっており、レストランでは肉料理の人気が高く、観光スポットでは寺社仏閣が上位にランクインし「タビナカ」では、トップ30に初登場した17の体験ツアーのうち、12がその土地を知る「シティーツアー」になったとしています。

トリップアドバイザー会員へのアンケートでは、訪日旅行を決めた理由として、アジア地域では「花見」や「紅葉」、欧米豪の地域では「伝統文化」がトップで、2018年の予約購入は「文化・テーマ別ツアー」が前年比132%増となり伸び率トップを記録しました。このことから「トリップアドバイザー」では、日本の課題として「タビナカ」の消費を伸ばしていくことが重要と指摘しています。

日本国内では、人口減少型社会が進展していく状況の中、シティープロモーション政策において、地方自治体が他の地域との競争で勝ち残っていくためには、国の内外を問わず地域外の「購買力」を自分達の地域に取り込むための広報戦略が重要になります。

SNS等の「ソーシャルメディア」、「コミュニケーションツール」の進展によって、情報を受信するだけではなくユーザー自らも発信することが可能になり情報が「共有・拡散」される時代の広報戦略においては、「地域が持つ素材」「地域が持つストーリー」など、インバウンド旅行者を中心に日本国内の外国人居住者にも訴求できるような、ネット上の口コミで拡散効果も勘案した、情報発信が必要になります。

従来からの、Webサイトやブログ、YouTube等の媒体で「地域が持つ素材」「地域が持つストーリー」を発信し、TwitterやInstagram、Facebookなどを用いて情報を拡散させる。このように、メディアの特性を活かした情報発信をしていくことが肝要です。

今後、自治体の広報戦略においては、既存のメディアと「ソーシャルメディア」や「コミュニケーションツール」等を連携させた、互いのメディア特性を補完し合うような運用が必須になると思われます。

プラットフォーム化するメッセージングアプリ

アジア圏を中心に「コミュニケーションツール」として利用者が急増している、「LINE」「WeChat」「KAKAO」などのメッセージングアプリですが、最近の傾向を見ると膨大なユーザー数を背景にして、モバイル決済から、航空券・ホテル予約、配車、自転車シェア、ネット通販、映画チケット購入など、多岐にわたる用途が1つのアプリ内で完結するプラットフォームとも言えるようなサービス提供がなされています。

そして、それらの先行するサービスに追随するかのように、東南アジアのライドシェア市場で圧倒的なシェアを持つモバイルアプリ「Grab」や、インドネシア発のモバイルアプリ「GO-JEK」などの新たなプレーヤーも現れています。

毎年100万人増のペースで増加を続ける訪日中国人観光客に牽引されるように、中国版LINEと呼ばれる「WeChat 微信(ウィーチャット)」が提供する決済サービス「WeChat Pay 微信支付(ウィ―チャットペイ)」では、日本における導入企業数が前年比565%と急激に増加し、その取引件数は108%増に達したと公表しています。

「WeChat Pay」が「モバイル決済」システムとして急速に普及したのは、約9億人のユーザーが日頃からメッセージングアプリとして活用する「WeChat」に決済機能を付加したことが大きな要因と考えられます。

一説によると、40%の中国人は現金を100元(約1500円)以下しか持たない日常を過ごし、財布を持たなくても「WeChat Pay」があれば生活できる世界が出現しています。また、「WeChat」内でSNSのような機能を果たす「モーメンツ」や、「WeChat」内に加盟店舗が持てる「ミニプログラム」などのサービスを展開するなど、独自のエコシステムが構築されています。

そんな中、その動向が注目されているのが中国国外で初の「WeChat Payスマート旗艦百貨店」となった、大阪・関西を中心に店舗を展開する「阪急・阪神百貨店」です。「阪急・阪神百貨店」では、店内案内からレストラン、予約受取、VIP対応など、複数の「ミニプログラム」を導入し、来店前から来店中、来店後もお客様をフォローすることで、顧客体験を向上させお客様と深い繋がりを作ることで、サービスの向上・ビジネスの成長を目指すとしています。

アジア圏における「WeChat」「LINE」「KAKAO」など「メッセージングアプリ」の台頭は、旅行観光分野における極めて重要な潮流となりつつあります。

また、「WeChat」を基盤とする「WeChat Pay」に代表される「モバイル決済」は、グループチャット機能やユーザーのロケーション情報を活用することで、インバウンドの「タビナカ」分野を中心にした新たなサービスを創出する可能性があると思われます。

今後は、地方自治体の観光局やDMOなどが「WeChat」アプリ内で展開されている「ミニプログラム」や「モーメンツ」をデスティネーションマーケティングに活用することも考えられます。

デバイス(端末機器)に依存しないことも「モバイル決済」のメリットです。「おサイフケータイ」等の他の決済方式では、スマホに「FeliCa」チップが内蔵されている必要がありますが、「モバイル決済」であれば基本的にどの機種でも使用が可能になります。観光政策の観点から考えても、訪日観光客が所有する個人のスマホで利用可能な「WeChat Pay」等の「モバイル決済」は、インバウンド需要の拡大にも貢献できると思われます。

メッセージングアプリがプラットフォームを形成することで、「モバイル決済」などのサービスを起点とする新たなビジネスモデル創出するなど、日本発・アジア発の「コミュニケーションツール」を基盤としたサービスが、観光の世界でイノベーションを巻き起こすことに期待したいものです。

上へ戻る