先月、東京都は大手通信キャリア各社と連携し、次世代通信規格「5G(第5世代移動通信システム)」の普及と活用に向けて、都が所有する土地や建物を基地局の設置場所として活用することで、都民向けのサービスを具体的に検討していくことを公表しました。
東京都の小池知事は、『世界との競争に打ち勝つためには「5G」の通信網を整えないと勝負にならない。東京を世界最先端のモバイルインターネットを備えた都市にしたい。』と発言し、基地局の設置場所を積極的に貸し出すと表明しています。
海外の動向では、米国「Qualcomm」社のCFOが11月6日の決算発表で、2020年は2億台の「5G」対応モデムチップを出荷すると宣言し、来年の「5G」対応スマートフォンの販売台数が2億台に達すると語りました。
また、「2020年には2つの需要の山場が到来する」とも述べています。その第1弾は2月にリリースされる「Galaxy S11」です。第2弾については「別のメーカーによる新たな5G端末シリーズ」になると発言していますので、この第2弾が「iPhone 11」の次機種を意味していると思われます。
イギリスの調査会社「IHSマークイット」によると、「5G」が日本の国内総生産(GDP)を今後15年間で55兆円押し上げると試算しています。このように2020年に向けて様々な動きが加速する「5G(第5世代移動通信システム)」ですが、「5G」は我々に何をもたらすのでしょうか。
米国の通信キャリア「Verizon」では、2018年10月1日から家庭向け「5G」ネットワークサービス「5G Home」を、ヒューストン、インディアナポリス、ロサンゼルス、サクラメントで提供しています。スマートフォンではなく家庭内に設置した端末を用いた「固定無線アクセス」と呼ばれるサービスで、通信速度はおよそ300Mbps程度、最大1Gbps。「Verizon」社の独自規格で「3GPP(第3世代以降の移動体通信システムの標準規格の仕様検討や調整を行う各国標準化機関によるプロジェクト)」が定めた「5G」標準仕様ではありませんが、実質的には世界初の「5G」商用サービスと言われています。
これに続いて、2018年12月には「AT&T」がモバイルルーターを用いた「3GPP」の国際標準仕様に準拠した「5G」サービスを、アトランタ、シャーロット、ダラスなど12の都市で開始しました。「AT&T」のプレスリリースでは「3GPP」国際標準に準拠した、世界初のモバイル端末による「5G」サービスと発表しています。
一方、日本国内では2015年頃から2020年のサービス開始を目標に産学官が一体となって、「5G」技術の研究開発・標準化活動を始めています。単に「世界初」という名の成果を焦って競い合うのではなく、「5G」を活用して我々の生活シーンに革新的イノベーションをもたらす、新たな価値観・ベネフィットの実現に向かって動き出しています。
総務省は2019年4月10日「5G」の周波数帯について、大手通信キャリア4社からの申請内容を「エリア展開」「設備」「サービス」などの基準により審査し、「NTTドコモ」「KDDI」「ソフトバンク」「楽天モバイル」に対する割り当てを決定しました。
キャリア | サブ6帯「3.7GHz帯及び4.5GHz帯」 (1枠100MHz幅) |
ミリ波帯「28GHz帯」 (1枠400MHz幅) |
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NTTドコモ | 2枠 | 1枠 |
KDDI | 2枠 | 1枠 |
ソフトバンク | 1枠 | 1枠 |
楽天モバイル | 1枠 | 1枠 |
各社の申請内容は以下のようになっています。
4社中最大の設備投資額で2024年までに全国をカバーするエリア展開を目指しています。
商用サービス開始 | 2020年春 | |
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屋外基地局数 | 3.7GHz帯及び4.5GHz帯 | 8,001局 |
28GHz帯 | 5,001局 | |
基盤展開率 | 97.0% | |
設備投資額 | 約7,950億円 |
4社中最多の基地局数で通信品質を確保する意図が感じられます。
商用サービス開始 | 2020年3月 | |
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屋外基地局数 | 3.7GHz帯及び4.5GHz帯 | 30,107局 |
28GHz帯 | 12,756局 | |
基盤展開率 | 93.2% | |
設備投資額 | 約4,667億円 |
まずは投資対効果の最適化を図りながら、エリアカバレッジを目指す戦略と思われます。
商用サービス開始 | 2020年3月頃 | |
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屋外基地局数 | 3.7GHz帯及び4.5GHz帯 | 7,355局 |
28GHz帯 | 3,855局 | |
基盤展開率 | 64.0% | |
設備投資額 | 約2,061億円 |
基地局の地域別内訳によると、サービス開始時に大半の基地局を関東・首都圏で開設し、次に近畿・東海へ展開することで人口密度の高い地域に投資を集中させる意図が感じられます。
商用サービス開始 | 2020年6月頃 | |
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屋外基地局数 | 3.7GHz帯及び4.5GHz帯 | 15,787局 |
28GHz帯 | 7,948局 | |
基盤展開率 | 56.1% | |
設備投資額 | 約1,946億円 |
総務省では、今回の「5G」の周波数帯割り当てにあたり、キャリア各社に対して以下を中心とした条件を付加しています。運用開始後は良い意味で各社がライバルとして競い合い、利用者本位のサービス競争が加速することに期待したいものです。
「5G」の特徴として「高速大容量通信」「超低遅延通信」「多数同時接続」がよく語られますが、これらの特性は多様な技術を組み合わせることによって実現されています。
通信を高速大容量化するためには、高周波数帯を利用することが有効ですが「3.6~6GHz帯」「28GHz帯」の電波は直進性が強く、障害物に遮られると遠くまで飛びにくい性質があります。しかし、「5G」では通称「マイモ」と呼ばれる、基地局のアンテナを集積する「MIMO(Multiple Input Multiple Output)」技術や、アンテナから「面状」に電波を飛散させる従来の方式を改善し、ユーザーの端末に向かって電波を飛ばす「ビームフォーミング」「ビームトラッキング」等の技術によって、既存の「4G(LTE)」と比較して約100倍速い通信速度を実現しています。
次に注目されているのが「超低遅延通信」です。この特性については通信事業者から見てネットワークの端(エッジ)にある、基地局近傍に設置したエッジサーバーで処理を行う「エッジコンピューティング」の仕組みや、通信帯域を仮想的に分割することで、デバイス毎に通信をグループ化して最適化を図る「ネットワークスライシング」技術を用いています。これによって、無線区間のデータ転送遅延が片道1ミリ秒(0.001秒)以下の通信を可能にしています。
この「超低遅延通信」によって、「遠隔医療」の分野では、手術用ロボットのカメラ・メス等を、遠く離れた場所から通信回線を経由して医師が操作することや、「自動運転」の分野では、車に搭載されたカメラ・センサー等で取得した大量の情報を、高速で送受信することで瞬時の操作が可能になると期待されています。
3つめの特性、「4G(LTE)」の100倍の機器が同時接続できる「5G」の「多数同時接続」では、「グラント・フリー」と呼ばれる技術を用いて、実証実験では基地局1台に対して、約2万台の端末が同時接続できることが確認されています。そして、「IoT(Internet of Things)」の進展とともに、我々の日常生活にも大きなインパクトを与えると言われています。
「自動運転」を実現しようとすると、走行する車に搭載されたカメラ・センサー等で取得した大量の情報を緊急時にも対応できるように、自動車と交通システム間で送受信を行うシステム全体の応答性を高める必要があります。そこで、「5G」が持つ「超低遅延通信」「多数同時接続」の特性が有効に作用すると思われます。
「ローカル5G」とは、通信事業者以外の自治体・地域企業など様々な主体が、地域個別のニーズに応じて、自らが「5G」システムを導入するものです。高速・大容量の専用ネットワークを「5G」で構築することで、他の地域の通信障害や災害、ネットワーク輻輳などの影響を受けず、セキュリティレベルの高い安心・安全な通信システムを独自で保有することが可能になります。
総務省では、2020年度の概算要求のなかで「ローカル5G」を含む「5G」による地域課題解決に向けた開発実証に対して70億円を計上し、12月下旬には28GHz帯についての免許申請を受け付ける予定になっています。
「ローカル5G」については、自営で「ローカル5G」ネットワークを構築する他にも、MVNO(仮想移動体通信事業者)をカスタマイズするなど、いくつかの方法が考えられますが、サービスモデルによっては、LPWA(Low Power Wide Area)という選択肢もあると思われます。ポイントは、「5G」ネットワーク上でどのようなサービスモデルを展開するのか、地域のプレーヤーが知恵を出し合って考えることではないでしょうか。
「ローカル5G」の導入については、免許制ということでハードルが高いように感じる側面もあります。しかし、自治体が主体となって構築・運用する他にも、システムベンダー等のサポートを受ける、コアネットワークをクラウドで調達する、運用ノウハウを持った携帯電話事業者に支援を依頼するなど、様々な選択肢があります。これらを活用して、地域活性化の強力なツールとなる可能性も含めて、果敢に挑戦すべきではないでしょうか。
いま、時代はかつてのデータを作っていく時代から、自動的にデータが「蓄積」していく時代へと変容しつつあります。そして、社会がデータ主導型になる中で「5G」は経済成長や競争力強化の基礎的インフラとして認識されています。
ここで重要なのは、ネット上に蓄積されたデータを解析し、これを実社会に還元することで、課題解決に利活用することではないでしょうか。
「5G」は、単に高速な移動通信システムによるインフラ整備が最終目的ではありません。いかに地域課題の解決モデルを創り出し、「5G」上でどのようなサービスを提供していくのかが重要です。
かつて情報化の変遷の中で、ハードウェアメーカーからソフトウェアメーカーへ、そしてプラットフォーマーへと主役が交代したように、今後は能動的に「5G」を活用する事業者が勝者になると思われます。
これまでの情報化は行政・製造・流通など、個別領域内部の情報化が主流でしたが、「5G」登場以降は、それぞれの領域を超えたデータ連携が進展すると思われます。
今後目指すべきは、各システムがネットワーク上で生態系のようにつながり、領域・業態等を超えたデータ連携によって、新たな価値観・サービスモデルを創生する「エコシステム」の構築ではないでしょうか。