観光庁では、観光立国に向けて2025年までの計画「観光立国推進基本計画」素案を公表していますが、その趣旨は観光の質的向上を強調するとともに、持続可能な観光地域づくりを柱にした「インバウンド回復」と「国内交流拡大」の推進を目指していると思われます。
その戦略としては、観光地・観光産業の再生・高付加価値化に向けて、地域への経済効果の高い滞在型旅行の拠点である宿泊施設や観光施設のリノベーションを支援し、観光産業の収益力を向上させ、地球環境に配慮した旅行を推進するとともに、「観光DX」を進めることで事業者間・地域間のデータ連携を強化し、広域での収益最大化を図るとしています。
「観光DX」の具体的な施策としては、旅行者の利便性向上や周遊の促進、顧客予約管理システム (PMS)の導入などによる生産性の向上、マーケティング(CRM)やデータ・マネージメント・プラットフォーム(DMP)の活用による観光地経営の高度化、観光デジタル人材の育成・活用を挙げています。
インバウンド回復に向けては、日本各地の魅力を全世界にアピールするとともに、高付加価値旅行者の地方誘客、消費額の拡大に向けた高付加価値なコンテンツの充実、地方直行便の増便や大都市から地方への周遊円滑化、IR整備の推進に取り組むとしています。
その数値目標は、旅行消費額5兆円の早期達成を目指し、旅行消費額単価を2019年比25%増の20万円/人、一人あたりの地方部宿泊数を同10%増の1.5泊を新たな指標としています。
国内交流の拡大については、人口減少型社会が進展する中で、地域コンテンツの充実や魅力の向上、休暇取得の促進などによって、国民の観光旅行の実施率向上や滞在長期化を図っていきます。また、旅行需要の平準化や地域の関係人口拡大にも繋がる形で交流需要の拡大を図ることで、国内旅行消費額20兆円の目標を早期に達成することを目指しています。
日本からのアウトバウンド(海外旅行)については、日本人の国際感覚や異文化理解力を育む意義を踏まえて、若者の海外旅行や海外留学を促進することで、2025年の日本人海外旅行者数を2019年の水準(2,008万人)越えを目標として、アウトバウンドをインバウンドと相乗効果を上げる施策として位置付けています。
2023年は久々に行動制限がないことから、「リベンジ旅行」が拡大するといわれていますが、JTBが発表した2023年の年間旅行動向によると、国内旅行者数は2億6,600万人と2022年から9%増加し、新型コロナ発生以前の2019年(2億9,170万人)の91%に達するとしています。
海外旅行は840万人と、2019年比40%の水準まで回復するものの、為替水準や世界的な物価高による旅行費用の高騰の影響で、長期休暇の旅行先を国内にする動きは当面継続すると予想しています。
インバウンドについては、2022年10月に水際対策が大幅緩和されてから、韓国やタイなど近い国・地域からの訪日が急増していることや、コロナ前に訪日客で最も高い割合を占めていた中国本土からの訪日客の回復が本格化する予測から、2023年の訪日外国人数を2019年比66%の2,110万人と予測しています。
また、「国連世界観光機関(UNWTO)」が公表した、2023年の国際観光客数の動向では、景気減速の度合い、アジア太平洋地域の回復スピード、ウクライナ危機の進展などの外部要因はあるものの、パンデミック前の80%~95%の水準にまで回復すると予測しています。
「国連世界観光機関」の最新データでは、2022年の国際観光客数は9億人を超え、2021年のほぼ倍となったものの、2019年比では63%にとどまりました。顕著な回復を見せた地域は欧州で、約5億8,500万人の旅行者が訪れ、2019年比で80%まで回復、中東地域においても2019年比で83%まで回復が見られるとしています。
そして「国連世界観光機関」によると、多くの国で国際観光収入の増加傾向が顕著で、その内いくつかの国では増加率が入国者数の増加率を上回っている現状から、滞在期間の長期化、現地における旅行者の高い消費意欲、インフレによる旅行支出の上昇など、「タビナカ消費」の拡大を指摘しています。
一方、2023年については、経済状況次第では、観光客はより慎重な姿勢になり、旅行支出の抑制、旅行期間の短縮、近場旅行への変更などが起こりうるとしています。更に、ウクライナ危機などの地政学的緊張、感染症再拡大などの下振れリスクもあり、今後数カ月で回復スピードが鈍化する可能性があるとも指摘しています。
概念の変化では、行動や移動が制限されることで、観光の大前提としての「移動」という概念が消失し、観光の前提が「移動」ではなくなったことで、「メタバース(仮想空間)」等による疑似ツーリズムが顕在化しています。
「メタバース」の利用により、時間や距離、身体的ハンディキャップ等の制限が排除されたことで、観光地とそこを訪れた訪問客とのコミュニケーションが更に促進され、新たなマネタイズの機会創出に繋がる可能性が見えてきました。
また、地域が保有するコンテンツを「NFT(非代替性トークン)」によって再定義することで、デジタル化による資産価値を付与するなど、リアルとバーチャルとの関係性を見直し、持続可能な観光を推進し収益を確保する、マネタイズの再構築も可能になってきました。
観光客の価値基準の変化については、「サステナブルな観光」や、暮らしの豊かさを求める「ウェルネス」志向の高まりを受けて、観光地の選択基準が「価格・利便性」の観点から、一定の対価を払っても「安全・安心」を重視する傾向に変化していると思われます。
日常生活と観光の関係性については、新たな生活様式の中でテレワークやマイクロツーリズムを経験したことから、日常生活と観光の境界が曖昧になり、従来の休暇を取得して旅行する「観光」から、「ワーケーション」や「リゾート・テレワーク」など、既存の「住む場所」と「働く場所」の概念が混在した「観光の日常化」が進展しています。
また、観光の対象が有名観光地やテーマパークなど、「非日常の場所」ではない、個人の趣味嗜好に沿った「日常」の延長線上に拡大することで、自らの行動範囲内のものが観光コンテンツと同等になり、これが「日常の観光化」に繋がっていくと思われます。
「観光の日常化」と「日常の観光化」が進展した社会では、滞在が長期化し、地域固有のコンテンツが観光対象として認識されることで、観光客と地域の関係が濃密になり、お気に入りの場所・地域で仕事をすることが、当たり前のものになれば、「関係人口」の創出にも繋がると思われます。
今後、あらゆる業態の事業者が観光に参画するかもしれませんが、新たなアイディアを持つ新規参入者によって、観光が地域のインキュベーターとしての役割を担うことになり、観光そのものが変革することで、観光の経済的側面だけではなく、社会的側面も重視されるのではないでしょうか。
「観光DX」で活用できるものは、身近な例を挙げても「5G」「生体認証」「GPS」による位置情報の取得などが考えられますが、高速通信技術は短時間に大量のデジタルデータを解析し活用することを可能にしました。
「IoT」「GPS」「生体認証」等の技術は、サービス利用者に利便性の向上をもたらし、蓄積された「ビッグデータ」を精査・解析することで、ユーザー一人ひとりに最適化されたサービス提供が可能になります。
また、「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「AI(人工知能))」、ロボット技術や自動運転などは、既存のサービス概念を超えた、これまでにない体験や価値観を創出し、新たな顧客体験が誕生すると思われます。
例えば、オンラインツアーを実施することで、実際に観光地へ足を運ばなくても貴重な体験が可能になり、「AI」の活用により、ユーザー個人に寄り添った最適な旅行先を提案することで、多くの人々の観光意欲が向上し、顧客満足度アップに繋がります。
データを活用して顧客のニーズを察知することで、新たなサービススモデルを作り出し、地域の観光業に変革を起こすことが可能になります。こうした「観光DX」の促進をベースに、地域の文化・芸術、自然環境など、観光資源に新たな魅力が付与されていくと思われます。
観光はその土地が持つ魅力や、世代を超えて受け継いだ大切なものを、未来へ繋げていくことではないでしょうか。そして、地域住民と観光客の便益を両立させ「共存共栄」の関係性を作り出すことが、新たな観光地の創生に繋がると思われます。
観光客が求めているのは、人と人との触れあいで、その土地の言葉の響きや国民性に触れることや、五感で感じられる心安らぐ空間を作ることが重要ではないでしょうか。
我が国が世界に誇るものは、長年にわたり地域の人々が大切に受け継いできた、歴史・文化や、美術的要素が融合した日本独自の特異性です。人が長く豊かに暮らすという「地域づくり」が基盤にあり、その地域の魅力を求めて観光客が訪れます。
単に、観光振興のためだけではなく、子孫のために土地の魅力、人間の価値を上げて、暮らしと精神性を豊かにする地域を作る。魅力ある地域だからこそ、遠方から来ていただけるということを、再度認識すべきではないでしょうか。