最近、毎日のようにメディアのニュースで「ChatGPT」など、「AI(人工知能)」に関する話題を目にするようになりました。2023年6月に放送された英国BBCのラジオ番組で、ポール・マッカートニーが、ジョン・レノンの過去のデモ・テープから「AI」を使って、ジョンのヴォーカルを取り出すことに成功し「ビートルズ最後の新曲」を年内にリリースすると語り反響を呼びました。
この新曲は、ジョン・レノンが 1980年に亡くなる直前、「ポールへ」と名付けてニューヨークのアパート「ダコタ・ハウス」で収録したカセットテープに入っている数曲の中の一曲で、1978年作曲の未発表曲「Now and Then」ではないかといわれています。この例のように「AI」を利用した新たな試みは、次々にすがたを現すと思われます。
そして、2022年11月にサービスを開始した「ChatGPT」は、登場してわずか9カ月余りですが、既にあらゆる分野・業態でその存在感を示しており、これからも我々が驚くようなサービスが誕生するかもしれません。
2023年5月に開催された「G7広島サミット」においても、デジタル政策の領域では「AI(人工知能)」に大きな関心が集まり、ChatGPTなど「生成AI」に関する議論がなされましたが、今後は街づくりや地域活性化、観光政策など、行政分野における利活用に期待が寄せられています。
しかし、その反面で課題があることも事実で、人工知能のトレーニングに使用される「LLM(大規模言語モデル)」の精度向上に不可欠なリアルタイムデータをどのような形で連携させるかが、論点になっています。
この問題を解決するための手段として、オープンAI社では「ChatGPTプラグイン」を提案しています。事業者がこのプラグインプログラムに参加し、自らが所有するデータや最新データへのアクセス権を「ChatGPT」に与えることで、対話機能が強化され、「LLM」がさらに学習を深めることが可能になります。
観光分野においては、このプラグイン機能の活用によって、旅行を計画している「旅マエ」の人々が質問すると、そのターゲット顧客に即応したレコメンド情報の提供が可能になります。
旅行を計画中の人々にとっては、必要な関連情報が即座に提示されるため、長時間のネットサーフィンや複数の旅行サイトを巡る手間が省け、効率的に情報を収集することができるようになります。
これまで、長年にわたって旅行業界が抱えてきたジレンマは、ネットを使って集客する時点で、顧客獲得競争の舞台がGoogleなど、デジタル世界のプラットフォーマーである他人の領域で勝負せざるを得ないところにありました。
その一方で、「ChatGPTプラグイン」はリアルタイムの観光地の状況や価格、その他様々なデータを効率的に統合できる能力を持っています。つまり、これまでの検索・予約方法を根本的に変革し、パラダイムシフトを引き起こす可能性があります。
旅行を計画している、「旅マエ」の人々がネットで観光地の情報を検索し、ブラウザの画面に検索結果が表示される仕組みは、オンライン旅行の黎明期から現在まで、基本的には変化していません。
そのため、これまでの煩雑な「検索」を必要とする、観光関連の検索・予約インターフェースでは、「旅マエ」の人々に対して、そのニーズに対応しながら、短時間でレスポンス良く有益な情報を提供することは、大きな課題として常に存在していました。
しかし、「ChatGPTプラグイン」を利用することで、膨大な数の検索結果をニーズに適応して提供することが可能になり、さらにわかりやすく対話形式で提示することもできるようになっています。
現在、大手のテック企業では、自社エコシステム全体にAIを広範囲に展開することを目指していますが、「LLM(Large Language Model)」大規模言語モデルは膨大なデータポイントを利用することで、驚異的なスピードで既存システムの改修を進めています。
オープンAIでは、プラグインを約70種類リリースしていますが、旅行業界では、「エクスペディア(Expedia)」や「カヤック(KAYAK)」が、最も早く「ChatGPTプラグイン」を導入し、ユーザーは膨大なデータの中からフライトや宿泊情報を確認し、予約できる仕組みが構築されています。
さらに「エクスペディア」では、モバイルアプリで旅のコース作成や予約を手助けする旅行プランニングツールの提供を始め、顧客はチャットボットと会話することで、空き状況の確認や、予約ができるようになっています。
今後は、パーソナライズされたレコメンデーション機能の実現によって、特定の観光地を提案することや、おすすめのレストラン、現地アクティビティ、宿泊施設の提示、現地の天気予報、利用可能な地上交通などを調査し、顧客に伝えることも可能になると思われます。
「エクスペディア」のアプリでは、「チャットGPTで旅行アイデアを考える」オプションを選択すると、ホテル、レンタカー、フライト、現地体験、公共交通など、おすすめ情報について会話することが可能で、提案された内容はアプリ内の「トリップボード」に保存され、価格やレビューの確認を経て予約することができます。
地方自治体での「生成AI」活用については、神奈川県横須賀市や茨城県つくば市が職員を対象に庁内業務での活用を始めたほか、長野県や茨城県笠間市、兵庫県神戸市などが試験導入に着手するなど、「ChatGPT」を自治体業務に活用する動きが広がりを見せています。
横須賀市・つくば市では、オープンAI社とAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の利用契約を締結し、庁内で利用する自治体向けビジネスチャットサービス「LoGoチャット」を通じて職員に利用環境を提供しています。
横須賀市においては、「GPT-3.5」のAPIを導入することで、「LoGoチャット」からChatGPTのプロンプトを利用できる機能を開発し、つくば市では「GPT-3.5」のAPIを利用する際に、「AI」が文章生成で参考にしたと考えられる資料や出典を示す独自の機能も追加するなど、独自の運用を目指しているようです。
また、横須賀市・つくば市がオープンAI社と交わしたAPI利用契約では、入力データを学習に利用しない指定とすることや、職員に対して個人情報や機密情報を入力しないなどの利用ガイドラインを設定しています。
自然言語検索に基づくデータの特性は、ユーザーの意図をリアルに把握できることですが、このシステムを通じて蓄積されるデータは、市民・住民の意図を今後の施策遂行に反映させるための、貴重な資源になると思われます。
ここで注目すべきは「生成系AI」の活用によって、外部からの問い合わせに対して、自然言語による検索が可能なインターフェースを実現することの重要性や、チャット型行政サービスが持つ大きな可能性です。
例えば、「この夏休みの期間に、転勤で小学生の子どもを含む、私と妻の家族三人で転居を考えているが、それに最適な地域は?」などのように、自然言語で質問できるサービス提供の場面を想定すると以下のことが考えられます。
上記の質問の中には、転居・転入を考えている、他地域に居住する住民という情報のほかに、夏休みという「時期」、家族の「世帯構成」、子育て中という「形態」、転居先という「場所」などに関する、質問者の意向が含まれています。
自然言語検索の利点は質問者の思いや意向を把握できることで、ここで集積されたデータは、今後の市政運営の貴重な資料となります。そして、これらの様々な方々から寄せられた意向の蓄積が、次の施策展開につながると思われます。
冒頭にご紹介した「ビートルズ最後の新曲」は、ジョン・レノンが1980年に亡くなる直前、ニューヨークのアパートでカセットテープに録音した数曲のうちの一つです。その後、ポールはオノ・ヨーコから「For Paul」と書かれたテープを受け取っていましたが、この曲には電気的なノイズがあり、従来の技術ではサンプリングが不可能とされてきました。
しかし、「AI」を使用することで、小さなカセットテープのノイズの中から、ジョン・レノンの声だけを取り出すことに成功したのです。その後は、ポールが中心となっていつも通りのやり方でミキシングを重ね新曲が完成したといわれています。
いまの時点で、「ビートルズ最後の新曲」をリリースすることには、賛否両論あると思われます。ただ、ここでいえることは、「AI」を使っていますが、この新曲はあくまでもジョン・レノン本人が昔に収録した声を抽出して曲を完成させたという事実です。
現在、「ChatGPT」など「生成AI」の登場が衝撃的に受け止められる中、デジタル政策の領域では「AI」に関心が集まり、テレビ・新聞など旧来メディアの報道についても、集中している感があります。
しかし、ここで重要なのは「AI(人工知能)」における議論はこれまでの積み重ねの上に成り立つものだという考え方です。我が国の場合、2019年3月に総合イノベーション戦略推進会議において、「人間中心のAI社会原則」を公表しています。
この中で「公平性、説明責任及び透明性の原則」という柱の下、「AIを利用しているという事実、AIに利用されるデータの取得方法や使用方法、AIの動作結果の適切性を確保する仕組みなど、用途や状況に応じた適切な説明が得られなければならない」としています。
この先、AIは人間との相互作用を通じてますます成長を遂げると思われます。我々が、急激な人口減少と厳しい財政状況の中で、新たな生活様式を確立するためには、ネット上に偏在する膨大なデータの量、質、粒度、流通速度等の様々な要素を掛け合わせることで課題解決を目指す必要があります。
今後は、「AI」のガバナンスや透明性確保の観点から、どのような具体的な運用ルールが求められるのか、透明性確保のための技術の在り方や、これを実装するためにすべきことは何かなど、規制ありきではなく、「AI」利活用へ向けた積極的なアプローチが必要ではないでしょうか。