「公的個人認証制度」が目指すもの
~マイナンバーカードの課題を考える~

変革と共創する時代の情報化トレンド戦略 [第6回]
2023年9月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

個人情報関連のトラブルや不手際が確認され、各種メディアで課題も報道されているマイナンバーカードですが、これほど「個人認証」の重要性が注目されたことはなかったのではないでしょうか。ここでいま一度、公的個人認証制度について、諸外国の状況と共に考えたいと思います。

マイナンバーカードのICチップの中には「署名用電子証明書」「利用者証明用電子証明書」の2種類の電子証明書が記録されています。

「署名用電子証明書」の利用により、「作成・送信した電子文書が、利用者が作成した真正なもので、利用者が送信したものであること」の証明が可能になります。

「利用者証明用電子証明書」は、マイナンバーカードを使って、Webサイトやコンビニ等のキオスク端末からログインする際に、利用者本人であることを証明する電子証明書です。マイナポータルへのアクセスや、コンビニで住民票の写し等を受け取ることができる「コンビニ交付サービス」などで利用されています。

世界の国々で運用される3つのモデル

世界の国々の「個人番号制度」の仕組みは、識別番号の管理方法の違いにより、「フラットモデル」「セパレートモデル」「セクトラルモデル」の3つのモデルに分類することができます。

「フラットモデル」では、各省庁が統一された共通番号を使用し、国民もその共通番号を使用することで、様々な行政分野で個人の特定に関して共通番号を活用するモデルで、スウェーデン、アメリカ、シンガポール、韓国等で運用されています。

つぎに、「セパレートモデル」は、各省庁において別々の異なる識別番号を用いる方式で、識別番号に関連性はなく、プライバシー保護や高いセキュリティを担保することができますが、各分野で使用する番号が異なることから、国民は行政分野ごとに番号を管理する必要があり、ドイツ、フランス等で運用されています。

そして「セクトラルモデル」は、各省庁は個々に別の番号を管理するが、国民は共通番号を使用し、情報をやり取りする際に共通番号と各省の番号を変換する方式で、プライバシー保護や高いセキュリティを担保した上で、行政分野を跨いだ情報連携が可能な方式で、オーストリア等で運用され、日本はこのモデルを採用しています。

先行する諸外国の動向

1947年(昭和22年)から運用を開始したスウェーデンでは、個人識別番号である「パーソナルナンバー」一つで、銀行の口座開設から医療機関の受診、携帯電話の購入や住宅の賃貸契約、車の購入・光熱費の支払いなど、日々の暮らしの中で「パーソナルナンバー」が活用されています。

病院を受診した際は、「パーソナルナンバー」に全ての受診履歴が記録され、医療機関を変更した場合も、効率的な診療が可能になっています。さらに銀行口座に紐づいているため、医療費等は口座引き落としが可能で、窓口での支払いがなく、現金を取り扱う手間が削減され、徴収漏れの防止にも役立っています。

このように、「パーソナルナンバー」があればクレジットカードがなくても支払い・送金、公金の受領等ができることから、キャッシュレス化を推進すると共に、国が国民の健康状態や医療情報を把握することで、社会保障費の削減にも繋がっています。

行政プラットフォームとしての活用 ~韓国の例~

1968年(昭和43年)に、住民登録番号制度が施行された韓国では、個人番号制度を導入してから60年以上が経過していますが、17歳以上の国民は、13桁の番号「住民登録番号」を所有し、日本のマイナンバーカードに当たる「住民登録証」が市民生活に密着した存在になっています。

日本の健康保険証のような「医療保険証」はなく、病院では「住民登録番号」を伝えるだけで受付が完了します。韓国内のどこの病院に行っても、これまでの通院記録や薬の処方履歴服用歴、新型コロナワクチン接種の有無までも確認できるようになっています。

このように、住民登録番号は行政サービスや納税、医療、福祉、出入国管理、クレジットカードの利用歴などの記録と紐づけられ、韓国人の生活には欠かせないものとなり、新型コロナウイルスの感染者の行動履歴や位置情報を地図上に表示するなど、感染症対策にも活用されています。

また、電子政府ポータルサービス「政府24」では、24時間365日いつでもどこでも証明書発行や各種の手続きが可能で、3,200種類の証明書などの申請・手続きすることができます。自宅でのプリントアウトや、ダウンロードした書類をそのまま提出先に送信することも可能になっています。

過去の出入国や居住地の記録も「住民登録番号」に紐付けられているため、転居の際の住所変更、転出入などの手続きが役所へ出向くことなく完了するようになっています。

自宅のプリンター等を使用して、公的証明の書類が取得できることについては、不安や疑問を感じるかもしれませんが、プリンター出力された証明書には、発行番号と共に不正を防ぐ「デジタルウオーターマーク(電子用透かし)」を印字することで、偽造を防止しています。

マイナンバーカードに対する懸念

マイナンバーカードを巡り、相次ぎ確認されているトラブルは、コンビニで別人の証明書が誤って発行された、保険証と一体化した「マイナ保険証」に別人の情報が紐付けされた、公金受取口座の誤った登録、カード発行・利用に伴う特典「マイナポイント」を別人に付与した、などが主なものです。

マイナンバーを巡る問題で、マイナンバーカードを返上する動きが報じられていますが、返上している人々の中には、マイナンバーカードのICチップの中に、税、年金、病歴等の秘匿性の高い情報が入っていると思い込んでいる人もいるようです。

ご存じのように、マイナンバーカードのICチップの中には、カード券面に記載されている、氏名、住所、生年月日、性別、個人番号、本人写真の画像データ、そして公的個人認証の電子証明書だけが記録されています。

健康保険の資格情報(記号番号・資格の有無等)と紐付けられたマイナンバーカード「マイナ保険証」と、従来の健康保険証を紛失した場合を比較すると、「マイナ保険証」を紛失しても、健康保険の資格情報等はパスワードがないとアクセスすることはできません。

一方、従来の健康保険証を紛失すると、券面に記載された情報は誰でも知ることが可能で、悪意があれば、保険証には顔写真がないので、他人がなりすまして保険証を不正使用される可能性もあります。ちなみに、従来の健康保険証は、年平均20億回使用されて、そのうち資格確認ができない等の理由で医療機関への差し戻しが年間約500万件発生し、その中には「使いまわし」などの不正利用が含まれているといわれています。

公的個人認証制度が目指すもの

コロナ禍を経て、ネットバンキングやキャッシュレス決済など、日常生活の中でデジタル化、オンライン化が一気に加速した感がありますが、様々な仕組みやサービスが乱立し、利用者へのベネフィット提供に繋がっているとは言い難い状況です。

日本では技術面での議論が交わされる反面、先行する各国に比べ、サービス提供者・受給者共にデジタルリテラシー教育が軽視され、後手に回っている印象があり、高齢者を中心にオンラインに対する抵抗や不信感が強いことも感じられます。

利便性向上に対する説明不足とどう情報を扱うべきかを共に考えるリテラシー教育の場の少なさが問題であると感じられます。サービスを提供する側と受給する側、双方のリテラシーを醸成させる必要があるのではないでしょうか。

個人番号制度で先行する世界の国々では、長い時間をかけて、オンライン社会の整備を推進してきました。日本もマイナンバーカードが定着するまでには、時間を要すると思われます。

個人番号制度の先輩ともいうべきお隣の韓国では、軍事政権時代の1960年代後半から50年以上に亘って、その制度の改善を続けてきました。いま顕在化したマイナンバーカードを巡る様々な問題は、起こってはならないものですが、ほとんどのトラブルはヒューマンエラーで、再発を防ぐことは可能です。

あえて言えば、世界の国々では国民が社会変化を柔軟に受け入れますが、日本では新たな仕組みの導入には非常に慎重で、変化を好まない印象が強く、ミスの許容範囲が極端に狭いように感じられます。

技術面においては、日本は諸外国と遜色ないと思われます。先行する各国の成功は長年の取り組みにより成り立っていることを理解し、中央省庁・自治体・事業者・医療提供者・国民が十分に議論し、検証を繰り返してはじめて日本に馴染んだシステムができ上がると思われます。

マイナンバー制度が目指すものは、行政サービスのデジタル化・効率化だけではなく、住民生活の質の向上ではないでしょうか。デジタル化によって何を実現していくのか、利用者にどのようなメリットがあるのか、具体的に示していくことが不可欠ではないでしょうか。

変革と共創する時代の情報化トレンド戦略

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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