急速に人口が減少していく中で、首都圏と地方都市との人口格差や東京への一極集中による弊害、地方の過疎化や地域産業の衰退、更には首都直下地震等の大規模自然災害への対応が大きな課題となっています。
しかし、歴史を遡ると130年以上前、1886年(明治19年)の人口全国1位は163万人の新潟県でした。その要因は当時の主産業である稲作に適した土地であったことと、太平洋より穏やかな日本海の方が海運輸送に適していたことにあります。
その後、工業化が進展するとともに鉄道や道路網が延伸され、その後の高度成長期に社会インフラが整備されると、北前船が最強の輸送手段であった時代は終焉を遂げ、新潟から首都圏への人口移動が始まります。
我々はいま、大きな時代の転換期を迎えていると思われます。生産年齢人口は2020年の約7,500万人から2040年の推計では約6,200万人へと約1,300万人の減少が見込まれ、人口密度の減少により、地域社会において必要な公共サービス等の提供が困難になることも予測されています。
こうした状況の中、急激な人口減少社会に対応するため、利用者視点で既存の仕組みを見直し、AI・クラウド等のデジタル技術を最大限に活用してDXを加速化させることで、公共サービス等の維持・強化を図り社会変革を実現することが求められています。
いわゆる「2024年問題」とは、地域のモビリティサービスを担う自動車運転業務について、時間外労働時間の上限が設定されることに伴い、輸送力の不足と確保が困難になる社会的課題です。
働き方改革の一環として2019年に改正された労働基準法は、時間外労働の上限を規定しましたが、自動車運転業務を含む一部の業務は、その特性上、時間外労働の上限についての適用が5年間猶予されていました。
そして、2024年4月からは、自動車運転業務の時間外労働に年間960時間の上限が設定され、これに伴い、運転者の拘束時間、休息時間、運転時間等の基準に係る告示が改正されます。
これら改正によって、物流業界では、ドライバー1人あたりの労働時間が減少し、結果として業界全体での輸送量が減少することや、ドライバーの収入減による人材流失が加速化することが懸念されています。
「2024年問題」とライドシェアの導入は、人口減少による「労働者不足」と「働き方改革」がその根底にありますが、教育・交通・介護・子育て等の各分野での取り組みを加速させ、それぞれの問題に対応し課題解決していく必要があります。
政府は、2023年12月20日開催の「第3回デジタル行財政改革会議」において、地域の自家用車や、一般ドライバーを活用した新たな運送サービスを開始することを盛り込んだ「デジタル行財政改革中間取りまとめ案」を公表し、2024年4月からライドシェアの部分的解禁を決定しました。
また、タクシー規制の合理化を進めるほか、交通空白地域で自治体、商工会、農協などが運営できる非営利型運送サービスについて、各種交付金による財政支援などを通じて、導入を促進していくことも明らかにしています。
本来、ライドシェアは「ライド」乗ることを「シェア」共有することで、車のドライバーと車に乗りたい人を結び付け、ヒッチハイクのように移動手段を提供する意味ですが、いま海外の国々では、有償のライドシェアサービスが主流になりつつあります。
そして、近年話題になっているのが、有償ライドシェアの「TNC型サービス」と「PHV型サービス」で、これらを総称してライドシェアと呼ぶことが多くなっています。
「TNC(Transportation Network Company)」サービスは、配車プラットフォーマーが各ドライバーの管理や運行管理を行い、ドライバーに課される要件も基本的にプラットフォーマーが定めるため、ドライバーにとって自由度の高いサービスとなっています。
一方、「PHV(Private Hire Vehicle)」サービスは、個人タクシーの派生形のような運用形態で、ドライバーは「TNC」と同様にプラットフォーマーを介してサービスを提供しますが、各種の規制によりライセンスの取得や登録など、一定の要件を満たす必要があります。
また、こうした有償ライドシェアサービスについては、一般的に流し営業などの運用形態は想定されておらず、プラットフォーマーが提供するアプリによって、予約・配車要請に応じる形でサービスが提供されています。
海外におけるサービスの展開事例としては、世界に配車網を展開する、米国の「Uber Technologies」や「Lyft」のほか、中国の「Didi Chuxing(滴滴出行)」、東南アジアを拠点とする「Grab」が大手4社と呼ばれていますが、その他にも、エストニアの「Bolt」やインドの「Ola」、インドネシアの「Gojek」、スペインの「Cabify」、イスラエルの「Moovit」なども自国を中心に存在感を高めています。
日本国内では、既に「Uber」と「Didi Chuxing」がサービスの提供を開始していますが、中でも「Uber」は世界で1万を超える都市でサービスを展開し、フードデリバリーの「Uber Eats」など、派生サービスにも注力していることから、要注目の企業です。
過去の国会審議では、「あくまでバス・タクシー等が極端に不足している地域における観光客等の移動の利便性確保が目的であり、同制度の全国での実施や、いわゆるライドシェアの導入は認めない」などの附帯決議がなされるなど、有償ライドシェアに対しては否定的見解が大勢を占めていました。
しかし、コロナ禍を経てインバウンドが回復しつつある現在、都市部や観光地などを中心にタクシーの需給バランスが大きく崩れ、タクシー不足が顕著となった結果、ライドシェア解禁に向けた議論が一気に活発化したように思われます。
ライドシェア利用者のメリットとしては、一般的にタクシーよりもライドシェアの方が2〜3割運賃が低額に設定されていますので、移動にかける費用を安く済ませることができるなどが挙げられます。
また、配車アプリの利用が前提となるため、運賃が事前に確定することや、多言語対応が可能になるなど、言葉に不安があるインバウンド観光客にとっては、母国語に対応したアプリで配車できるのは大きなメリットになると思われます。
ライドシェアサービスの導入に関する論議は、航空機を利用する際の「FSC」フルサービスキャリアと、「LCC」ローコストキャリア(格安航空会社)の比較と同類のように感じられます。
なにより安心が第一で不測の事態への対応や、高い質のサービスを求める人達は「FSC」を選び、移動することが優先で、とにかく低価格で、余分なものは要らない、と考える人達は「LCC」を選択していると思われます。
要は、支払う費用に対して、どのような便益・ベネフィットを期待するのか、価格の差に対してどこまでのリスクを担うのか、言い方を変えれば、利用者が2つのサービスをどのように捉え、何を基準に選択するのかということではないでしょうか。
また、安価なモビリティサービスが参入することで、既存の利用者がタクシーからライドシェアに移行することも想定できます。但し、ライドシェアを利用するには、クレジットカードとスマホを連携させて使う必要があり、これがユーザーのハードルになる可能性もあります。
特に地方に居住する高齢者においては、このハードルを越えることが参入障壁になる可能性があります。このような状況でライドシェアが解禁されても、相当数の高齢者は、既存の移動手段を使い続けるのではないでしょうか。
また、海外から訪日するインバウンドの富裕層では、ラグジュアリーホテルのスイートルームに宿泊し、コンシェルジュにタクシーの配車を依頼するような人々が存在していることも事実です。
このように考えると、ライドシェアが解禁されたとしても、タクシーが全滅するとは思えません。実際、海外でもタクシーのサービスは存続していますし、あえてタクシーを選択する人達からすれば、サービスの選択肢が増えたことで、利便性が高くなることも想定されます。
ライドシェアは大きな可能性を秘めていますが、それだけで、地域交通の現状の課題が全て解消するとは思えません。新たな仕組みとして、プラットフォーマーに課税し、それを原資として、路線バスなど既存の交通機関に補填することで、路線バス等の維持・存続を図るような地域交通のエコシステム構築が必要ではないでしょうか。
スイスのリゾート地では、宿泊税を原資に地域の路線バスなどを無料開放し、これによって観光客の利便性を高めるだけでなく、環境負荷の低減や、渋滞の緩和などを実現している事例もあります。
このような、ライドシェアを運営するプラットフォーマーへの課税が実現し、ライドシェアの利用者が増加すれば、それに伴って既存の地域交通が拡充・補完されていくような仕組みを構築することも可能になります。
ライドシェアサービスの解禁は、地域交通のゲームチェンジャーになるのでしょうか。ライドシェアの普及が、交通の利便性や安全性、環境問題等にどのような影響を与えるのか、「MaaS」や自動運転など、変貌していく時代とともに「日本版ライドシェア」の動向を注視したいと思います。