新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、日常生活が戻るとともに「OOH」というキーワードを聞く機会が増えたように感じていますが、読者の皆さまはいかがでしょうか。「OOH(Out Of Home)」は、マーケティング用語の一つで、屋外に設置した広告媒体の総称です。看板・ポスター、ビルボード、デジタルサイネージもこれに含まれます。
旧来の「OOH」媒体は、看板やポスターなどアナログ媒体の特性で、対象とする人々や時間帯によって内容を変えられないなど、変動するターゲットに合わせたアプローチができないメディアとしての弱点がありました。
ここで再度注目されているのが、表示内容を柔軟に変更できる特性を持つ、新しい「OOH」媒体デジタルサイネージです。随時更新できるデバイスの特性を活かすことで、季節や時間帯、オーディエンスに合わせた情報発信が可能になります。
テクノロジーが進化したことで、例えばAIカメラが撮影・解析したデータを用いて、顧客の年齢や性別に最適化された情報発信が可能になるなど、パーソナライズされた情報をターゲットに向けて提示できる、デジタル媒体の特性が注目されています。
通常時はサイネージに動画や静止画を表示しながら、人の接近を感知すると、顔認証システムによって視聴者の属性に合わせたコンテンツが表示され、子供の顔を感知した時は子供向けの動画・映像を発信するなど、顧客属性に合わせた最新情報の配信が実現しています。
また、個人情報保護の観点から、Googleが2024年後半に3rd Party Cookieの廃止を予定しているなど、Cookieに依存した情報発信が困難になることが懸念される中で、ネット上で取得した個人情報等に依存しない手法として、デジタルサイネージの活用に期待が寄せられています。
デジタルサイネージは、近年のテクノロジーの進化とともに存在感を高めていますが、屋外設置型だけではなく屋内設置型のサイネージが盛り上がりを見せるとともに、コンビニエンスストアの店舗内にサイネージを設置する「コンビニのメディア化」が加速するなど、情報発信メディアとして再び存在感を高めています。
CARTA HOLDINGSがデジタルインファクトと共同で、2023年12月に発表したデジタルサイネージ広告市場調査によると、2023年のデジタルサイネージ広告市場規模は約801億円の見通しで、2027年には約1,396億円まで成長すると見込まれています。
最近の注目すべき事例では、2023年にNetflixが「幽☆遊☆白書」の世界独占同時配信に向けて、12月14日に渋谷スクランブル交差点周辺で行われた、大型ビジョン13面による街角ジャックのプロモーションが挙げられます。
向かい合うビルとサーチライトを活用した画期的なクリエーティブは、ファンの間でも大きな話題になりSNSでも拡散されましたが、渋谷を訪れた多くの人達がこの世界観に没入し、足を止めて写真撮影を楽しんだとのことです。
この渋谷におけるサイネージで注目すべきは、現実の都市空間に物語の世界観を持ち込むことで、その場にいる人々に物語の中に入り込んだような感覚を提供し、現実の街角をリデザインした絶大なプロモーション効果です。
また海外の観光地では、米国ニューヨークのタイムズスクエアは、マンハッタンで最も人が多く集まる世界的に著名な観光スポットですが、ここに設置されているビルボードの大半はデジタルサイネージに置き換わっています。
タイムズスクエアでは、デジタルサイネージが、街全体の空間をデザインする役割を果たすようになり、マンハッタンの景観を構成する重要な要素となっていることと、都市空間全体でメディアをプロデュースしていく発想の重要性に気づかされます。
このように、大型デジタルサイネージは、ロケーション自体の価値を向上させるほか、屋外設置型のサイネージだからこそ、その空間における体験・感覚を共有しSNSでシェアすることで情報が拡散されるなど、さらなるPR効果が期待できると思われます。
首都圏を中心に交通広告を販売・管理する交通媒体事業社11社は、オーディエンス可視化に向けた取り組みとして、広告メディアの接触可能人数を推計する際の標準的手法を定めた「交通広告におけるメジャメントガイドライン」を策定し、2022年4月に第1版、2023年6月に第2版を公開しています。
そして、2024年2月JR東日本企画が提供するデジタルOOHプラットフォーム「MASTRUM」では、JR東日本「トレインチャンネル 全線セット」を対象とした、期間限定のインプレッション型販売の開始を発表しました。
また、NTTドコモと電通が設立した企業LIVE BOARDでは、「DSC(デジタルサイネージコンソーシアム)」のガイドラインに準拠した手法を用いて、「VAC(Visually Adjusted Contact)」視認性調整済コンタクトを算出し、その数値に基づいた配信を行うとしています。
このように、デジタルサイネージにおいても、オンライン広告と同様に、実際どれだけの人が視認したのか、効果の可視化が求められていますが、行政分野においても、エビデンスに基づく政策立案「EBPM(Evidence Based Policy Making)」が標榜される昨今、デジタルサイネージの利活用に注力すべきではないでしょうか。
デジタルサイネージとは、端的に言えば「ネットワークに接続されたLED等のディスプレイによる情報発信」ですが、人感センサーとコンテンツ放映の連動や、AIと顔認証システムの連携など、多くの可能性を秘めていると思われます。
多くの人々が集まる場所は、デジタルサイネージによる情報発信拠点になれる可能性があります。自治体が保有する庁舎や図書館、病院等の公共施設のほか、地域内のスーパーやコンビニ、ドラッグストア、薬局、スポーツジムなど、あらゆる施設の空間をメディア化できる可能性があります。
例えば、地域の中心地であり、住民が頻繁に訪れる場所である市役所内にデジタルサイネージを設置することで、アップデートした最新の市政情報や、イベント等の開催案内、防災情報などを来庁した住民にリアルタイムで伝達することが可能になります。
公共交通機関の駅やバス停は、多くの人々が集まる場所であるが故に、待ち時間が発生することもありますが、デジタルサイネージを設置することで、この待ち時間を活用して、観光情報やイベント案内、行政情報を発信して、地域の活性化を図ることが可能になります。
また、地域の観光スポットや観光案内書にデジタルサイネージを設置し、観光地の特色や見どころ、歴史的背景を写真・動画で伝えることで、地域の魅力を感じ取ってもらうなど、観光や歴史に関する情報提供の強化によって、地域での消費を促進する効果も期待できると思われます。
地方自治体の役割として、納税や確定申告、市内行事の情報、災害発生時の緊急連絡など、様々な情報を住民に告知・広報する必要がありますが、広報誌、チラシ、ポスターで見ただけでは、記憶に残らないなどの問題がありました。
しかし、自治体が管理する公共施設等にデジタルサイネージを設置し、動画・映像等を迅速に更新しながら情報発信することで、文字だけの情報提供よりも理解度が向上し、住民の記憶に残ることで訴求力が向上すると思われます。
デジタルサイネージにQRコードを表示することで、顧客がスマホ等でアンケートに回答することができるようになります。アンケートを電子化することで、配布作業が無くなり、迅速な集計によって地域住民の思いを集約し、行政サービスの向上や新たな施策展開に繋げることが可能になります。
また、公共施設や公共交通機関での待ち時間は、ストレスの一因になることがありますが、そのような場所にデジタルサイネージを設置し、待ち時間にコンテンツを配信することで、ストレス軽減を図りながらの情報発信も行えます。
なお、庁舎内や公共施設等にデジタルサイネージを設置し、地域の事業者・企業等の商品やサービスに関するコンテンツ動画を配信するなど、広告媒体として活用することで、地域の活性化を推進するとともに、マネタイズに繋げることも考えられます。
観光情報の発信では、デジタルサイネージを活用し、高解像度の映像を配信することで、地域の観光情報や地元の特産品などをビジュアル面で訴求し、地域を訪れたインバウンド等の観光客に対して、地元の魅力を効果的に伝えることが可能になると思われます。
そして、観光地に設置したサイネージに季節の観光情報を配信するとともに、次期シーズンの観光イベントを告知することで観光地への再訪を促すなど、想定するターゲット層への的確な訴求が可能になり、リピーター戦略を展開することも考えられます。
自然災害の発生など緊急時には、デジタルサイネージに避難情報や安全確認情報をリアルタイムに配信し、地域住民を危険から守る情報を発信することで、地域住民の安全・安心を確保することも可能になります。
いま、旧メディアと思われていたデジタルサイネージが、AI・5G・ネットワークの進展など、テクノロジーの進化によって大きく進化しています。
今後は、地方の自治体・地域などが、首都圏の鉄道事業者が運営するデジタルサイネージにコンテンツ配信を依頼し、観光面での誘客や流入人口の増加に向けた情報発信を行うなど、様々な施策が展開されるのではないでしょうか。