拡大化する「生体認証」システムの可能性
~2020年は「顔認証」躍進の年となるのか~

新時代に向けた地域情報化政策の方向性 [第2回]
2020年3月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

「生体認証」の利便性

「Osaka Metro(大阪市高速電気軌道)」は2019年12月10日、地下鉄の駅で利用者を「顔認証」システムで認識して改札口のゲートを開閉する、次世代改札機の実証実験を全国の鉄道事業者に先駆けて開始しました。このシステムでは、事前に顔の画像データを登録した社員が改札機を通ると、改札機のカメラが捉えた顔の画像から特徴点データを抽出、サーバーに事前登録されている顔面データと照合し、判定結果をサーバーから受信した改札機はゲートを開いて通行を許可する仕組みです。

「顔認証」に対応した自動改札機を試験的に設置するのは、長堀鶴見緑地線ドーム前千代崎駅、中央線森ノ宮駅、堺筋線動物園前駅、御堂筋線大国町駅の4駅で、各駅に異なる事業者の改札機を設置しました。「Osaka Metro」の社員1,200名を対象として、次世代改札機の実用化に向けた課題や機能性などについて比較・検証し、2025年に開催される「大阪・関西万博」前年の2024年度中に全駅で「顔認証」によるチケットレス改札の導入を目指す予定です。

「顔認証」システムは「生体認証(バイオメトリクス)」の一種ですが「指紋認証」「静脈認証」とは異なり、センサーに接触する必要がありません。読み取り機に触れることなく、顔面の画像から個人を認証できることが「顔認証」の特徴です。鉄道機関における利用シーンでは、改札を通過する際に手荷物を持っているなど、両手が塞がっていてもハンズフリーで認証が行えるところが大きな利点になります。

また、特定の操作を必要とせずに、カメラの前を通過するだけで認証が完了するため、利用者の利便性が向上します。加えて、物理的デバイスや暗証番号などとは異なり、紛失、盗難、なりすまし等のリスクがほぼ皆無であることも「顔認証」のメリットではないでしょうか。

「生体認証」はその名称のとおり、人間の身体的または行動的特徴によって個人を認証する仕組みですが、2020年を機にその活用領域は今後10年で飛躍的に拡大し、10年後に振り返れば、2020年は「生体認証」活用が大きく飛躍した年と呼ばれているかもしれません。

公共交通機関における「顔認証」の課題

特定の動作を必要としない改札機の導入については、「JR東日本」においてもICカード「Suica」を改札機にタッチすることなく、改札を通過する「タッチレスゲート」の導入を検討していると言われています。近い将来には、鉄道等の公共交通機関においてタッチレスで改札を通過するシーンが日常のものになるのでしょうか。

我々の身近な例ではスマートフォンの「フェースロック」解除や、海外へ旅行する際のICチップが内蔵されたパスポートによる出入国管理にも「顔認証」システムが採用されています。パスポートの「顔認証」認識率は99.9%、認識スピードは10秒と高い精度を誇っています。

ご存知のとおり、我が国の交通系ICカードシステムは、世界でも類を見ない高度な料金精算システムを構築しています。しかし、鉄道機関の改札で「顔認証」システムの利用を想定した場合、「Osaka Metro」乗降客数トップの御堂筋線梅田駅では、1日440,974人(2018年11月データ)の利用者がありますので、「顔認証」の認識率を99.9%とすると、約440人の誤認識が発生することになります。

また、国内の鉄道事業者等のICカード仕様「NFC Type F(FeliCa)」規格では、1分間に60人が改札を通過する処理性能(改札処理が200ミリ秒以内に終了する)を要求仕様にしていますので、「顔認証」システムの認証速度の高速化と認識精度を向上させることが今後の課題と思われます。

しかし、全ての改札処理を「顔認証」に依存するのではなく、既存の仕組みを補完するプラスアルファの要素として捉えることも重要です。例えば、切符の券売機を「顔認証」に対応させて、顔面データの登録から決済まで完結するようなシステムを構築し、切符や回数券、1日乗車券などに対応した「電子トークン」を発行することが出来れば、インバウンド旅行者の利便性向上につながるかもしれません。

拡大化する「顔認証」の利用シーン

すでにご存知かもしれませんが「Windows10」を搭載し「Windows Hello」機能に対応したパソコンでは、「顔認証」によるデバイスロックの解除や本人の認証と端末へのログオン、離席時には自動的に画面をロックする「生体認証」ログイン機能を標準で利用できるようになっています。

また、身近な活用事例としては、ホテル・マンション等のドアの自動解錠やテーマパークの入場ゲート、コンサート会場での来場者管理、企業内における入退館システムや社内のプリンター利用認証など、様々なかたちで利用シーンが広がっています。

愛媛県松山市の道後温泉にある明治時代から続く老舗旅館では、チェックインする際に専用端末に顔を登録した宿泊客は、カメラに顔を向けるだけで部屋の施錠・開錠から、チェックアウト・精算が可能。鍵を持ち歩く必要がない、「顔認証」システムによる接客サービスの実証実験を2019年12月から開始しています。

いま観光業の分野では、労働人口の減少や急増するインバウンド観光客への対応、そして旅行客のニーズの多様化など、業務のさらなる効率性や生産性の向上と同時に、「おもてなし」に代表される付加価値サービスの提供が求められています。今回のシステムでは、「顔認証」による宿泊客の物理的なキーレス体験や最上級の「おもてなし」創出を目指しています。

この「顔認証」システムの導入によって、スマートな入退室で宿泊客の利便性が高まるだけではなく、サービス提供が効率化されることで従業員の業務負担が軽減されます。これにより、旅館業務の高度なデジタル化を通じて、不足する労働人口を補完することにも期待されています。

海外の事例では、米国の「デルタ航空」が、ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港、ミネアポリス・セントポール国際空港、ソルトレイクシティ国際空港に「顔認証」対応ゲートを設置しています。「顔認証」でチェックインした乗客に対しては「生体認証」と「AR/VR」を組み合わせることで、膨大なフライト情報の中から乗客個人に対応した搭乗ゲート等をディスプレイに表示する「パラレル リアリティ」サービスを2020年の夏から開始する予定です。

公共サービス分野における「顔認証」の展開

このような状況の中、日本国内でも公共性の高いサービスに「顔認証」を導入しようという動きが加速しています。石川県小松市の小松市民病院では、全国の公立病院で初めて窓口の受付業務に「顔認証」システムが導入され、2020年1月から運用を開始しました。

このシステムでは、患者が事前に本人の顔を登録することで、診察券を持たなくても再来受付ができる仕組みです。患者の取り違えを防ぐ効果や、利便性の向上につなげたいとしています。

そして注目されているのが、2021年3月から厚生労働省が実施する予定の、「マイナンバーカード」のICチップを活用して健康保険の資格確認と本人確認を行う、資格確認システムの運用です。

このシステムでは、医療機関の窓口に設置する「マイナンバーカード」読み取り機にカメラ付きの「顔認証」システムを組み込み、患者本人の被保険者資格を確認する際に、ICチップに内蔵された本人の顔写真と照合することで本人確認を行います。

厚生労働省の計画によると、このシステムを2022年度末までにほぼ全ての医療機関での導入を目指すことで、受付窓口の円滑な運用や、他人のなりすまし・保険証の不正利用防止にもつなげたいとしています。

「マルチモーダル認証」の可能性

「生体認証」には、「顔」「指紋」「指静脈」「声」「虹彩」などの種類がありますが、その中でも「指紋」「顔」「虹彩」の認証技術の連携が注目を集めています。これまで、「顔認証」システムでは、認証の処理速度を上げれば認証精度が低下するなど、処理速度の高速化と精度の向上は反比例する関係にあると言われてきました。

この課題に対応するには、「顔」と「虹彩」など複数の「生体認証」を組み合わせ「マルチモーダル認証」を行うことで、処理の高速化と高い精度の実現を両立することが可能になると思われます。また、「顔」と「虹彩」は同時に撮影できるため、利用者はカメラを見るだけでスムーズな認証が完了し、利便性の向上につながると考えられます。

「虹彩」は指紋以上に複雑なうえ生涯不変で、本人確認に適しているといわれていますが、非常に小さいため、従来のシステムではカメラの正面で利用者が静止して撮影する必要がありました。しかし、現在のシステムでは、歩行している個人の目の周辺部分だけを撮影し、認証に適した画像のみを高速で抽出することで、歩きながらでも「顔」と「虹彩」を複合的に認識することが可能になっています。

「マルチモーダル認証」などの認証技術が進展することで、空港、鉄道、ホテル、レジャー施設、店舗など、さまざまなサービス事業者がつながり、業種の壁を超えたシームレスなサービス提供など、新たな付加価値の創出が可能になると思われます。

2020年は「生体認証」ブレークの年となるのか

今後、スマートシティ政策や「MaaS」等の分野において「生体認証」システムの利活用がより進展すると、公共交通機関とそれに関連する事業者など、さまざまなプレイヤーが連携することが可能になります。これにより、複数の場所やサービスを一貫して利用者に提供できる、新たな旅行体験が実現するなど、これまでにない観光スタイルが確立されるかもしれません。

新たなテクノロジーの出現に対して、我々は何故かネガティブ思考になり、何かと理屈をつけては否定する傾向がありますが、リスクを取ることを恐れて行動しなければ、なにも得られるものはありません。

「生体認証」という共通の「デジタルID」でリアルな社会がつながり、それによって暮らしや社会がより豊かに変貌していく。そうした時代を支える要素のひとつが「生体認証」であり、それには柔軟な思考で時代のトレンドを取り入れた、領域・業態を超える事業者の連携が必要ではないでしょうか。

振り返ってみると、ネットワーク社会の進展はデバイスの進化とともに発展したと思われます。2020年以降は「生体認証」の活用によって、ユーザー本人が「パーソナルなデバイス」になる、特定のデバイスに依存しない「フリーデバイス認証」が標準になるのかもしれません。

新時代に向けた地域情報化政策の方向性

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

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