「人生100年時代」と言われる現在、全ての人々が元気で活躍し続けられる社会、安心して暮らすことのできる社会をつくることが課題となっています。自らの日常生活における活動が社会全体に与える影響まで考えて行動する、意識レベルの高い消費者「知的コンシューマ」の登場や、地域の土壌が持つ個性「テロワール」への原点回帰を志向する人達など、新たなトレンドが注目されています。
また、人々がライフコースの見直しを考える中で、ネットワークとクラウドサービスの普及によって「シェアリングエコノミー」が進展しています。「所有」するのではなく、サービスを「利用」する、「モノ」を持たない生活が広がりを見せるなど、人々の意識は「所有」するから「利用」するライフスタイルへと変貌を遂げています。
「シニア世代」とは、65歳以上を総称したものですが、人口構成のボリュームゾーンが「シニア世代」に移行しています。これに伴い、個人の年齢や人生設計など狭義の考えにとどまらず、社会的なレンジで物事を捉え、年齢を理由にネガティブ思考にならない人達「エイジレス派」が登場するなど、新たな時代へ向かって住民意識のトレンドは大きな変革期を迎えていると思われます。
「野村総合研究所(NRI)」が2019年3月に実施した「55歳から79歳までの就業や行動に関する調査」によると、65歳を機に意識が大きく転換するとともにライフスタイルが変化し、健康への関心が高まり、健康と生活満足度との関係性が強くなる傾向が見られます。
そして、この調査では「シニア世代」の約6割は健康な状態を保持しているものの、男性は70歳、女性が75歳から健康状態の悪化を感じ始め、これに伴い健康・医療への関心が高まっています。このことから、高齢者の「Quality of Life(QOL)」向上については、健康・医療への関心が大きなウエイトを占めています。
趣味・関心事では、男女ともに国内旅行・街歩きが一番人気で、3大情報源であるテレビ・新聞・PCが下降傾向にある反面、スマートフォンからの情報取得が増加する傾向にあります。各世代で「YouTube」の動画閲覧が普及していますが、男性は利用するアプリとして「Facebook」、女性はクチコミの手段として「LINE」を利用する人が増加するなど、男女のコミュニケーションスタイルに変化が見られます。
一方、「LINE」等の「SNS」を利用する人達と、同様のサービスを利用しない人々を比較すると、「SNS」を利用する人の方が生活の満足度が高く、周囲とのコミュニケーションや情報収集に対する感度が、生活満足度の向上に影響があると分析しています。
別のデータでは、マーケティングリサーチの「MMDLabo」が実施した、2012年~2019年における「シニアのモバイル利用推移調査」の結果で、携帯電話を所有する60歳~79歳のスマートフォン利用の割合は、2019年は2012年と比べて約5倍の68.5%に増加しています。したがって、「シニア世代」≒「情報弱者」と考える旧来のステレオタイプの認識は改める時期に来ているようです。
世界に目を向けると、オーストラリアではネットワーク上で個人の健康情報・検査結果、処方情報や紹介状を共有する、健康管理記録「My Health Record」に国民の90%以上が参加しています。この仕組みによって、投薬による重篤な副作用や検査の重複が避けられるなど医療の質的向上が期待されています。
この「My Health Record」のポイントは、国民の約9割が参加するサービスであること、そして緊急時には、本人の意識がない等の理由で本人の同意が得られない場合には、医師が情報にアクセスすることが出来ると法律に規定されているところです。
日本でも「PHR(Personal Health Record)」の整備が検討されていますが、オーストラリアでの緊急時の用途が具体的に法律で定められているところは、今後我が国において法制化する際には大いに参考にすべきではないでしょうか。
また、インドでは、インド版マイナンバーと言える国民IDシステム「Aadhaar(アドハー)」の登録が2010年から開始され、2019年時点で登録者は約12億人にのぼります。アドハーの身分証明カードを用いて銀行口座を開設したり、銀行口座に紐付けて政府の助成金を直接受給できたりと、多くの世帯に役立つサービスが展開されています。
注目すべきはアドハーをキーに、本人確認や電子署名などの機能をもつ公共インフラである「India Stack(インディア・スタック)」がオープン「API」として提供されていることです。事業者等がその「API」から必要な機能を自由に自社サービスへ取り込むことができる仕組みが構築されています。
インディア・スタックは、国民の誰もがオンラインでサービスを受けられる公共インフラを目指して、2014年から本格的な取り組みが始まり、2018年までに12億人がデジタルIDを取得、認証は月間10億件、決済は1日に3億件行われると言われています。
日本のマイナポータルでも、内閣府が提供する「API」で行政が保有する本人の情報を、本人の意思に基づき必要な企業に提供できる機能「マイナポータルAPI」が提供されています。これを一部の行政サービスでの活用に留めるのではなく、ユーザーにとって何が便利かを視点に、民間事業者が連携するサービスが望まれるのではないでしょうか。
今後、我が国においても、2021年には健康保険証の代わりにマイナンバーカードで医療保険の資格確認を実現する予定です。顔認証と顔写真付きの身分証明書(マイナンバーカードや免許証、在留カードなど)を組み合わせて行う本人確認が広く普及することによって、住民の側から見ると行政窓口などでの待ち時間や手続き時間の短縮、自治体の側から見れば、受付事務の効率化による住民サービスの向上が可能になるなど多くのメリットがあると思われます。
今後は高齢者を中心に自然発生的に「ショッピング」や「通院」の際に、利便性の高いエリアへ人口が集中することが予想されます。例えばコミュニティバスの路線変更を検討する場合、高齢者の住まいの分布や、住民が通う病院の位置、既存のバスルートなどのデータを自治体が持つ「GIS」等のシステムに取り込み地図上に表示させて、単独のデータでは見えなかった利用者とバスルートの関係性などを可視化することで、バス路線の見直しを図ることも可能になります。
「シニア世代」が持つ医療分野への関心の高まりを考えると、自治体の各業務が保有するデータや医療機関等のデータを連携させた、地域内の医療資源を効率的に利用可能とする仕組みを構築することが重要となります。これにより、医療・介護、予防(健診)に関するデータの分析・解析を行うなど、「人生100年時代」に対応した、医療・介護の現状把握や、地域課題の見える化、各種指標のシミュレーションなど、地域住民のライフスタイルに適合した住民サービスが必要ではないでしょうか。
また、これまでは自治体内部の各業務部門で断片的に管理されていた各種データを、集積・統合化するデータベースシステムを構築することで、そこに蓄積した各種情報を、グラフ・図表、地図情報などとして情報公開することが可能になります。さらに、将来的には「ビッグデータ分析」によって得られた解析データを「オープンデータ」としてWebサイト上に公開するなど、住民に向けた新たな生活支援サービスの創出にもつながっていきます。
これに加え、地域内の事業者や非営利団体等が提供する生活支援サービスの情報や、医療機関・介護施設情報など、地域包括ケアシステムの実現に必要な最新のデータを集約することで、医療・介護サービスの向上と効率化を同時に進めることや、地域の課題解決を加速させることも可能になると思われます。
将来的には複数の事業者が提供する移動手段・サービスを組み合わせることで、社会的リソースをシェアして「共有」する概念へ転換するような、「ユーザー起点」の既存サービスを革新するビジネスモデルが誕生するかもしれません。
このように考えると、自治体が保有する情報をビッグデータ化した情報基盤を確立することで、庁内の各部局間のコラボレーションが促進されるだけではなく、データをビジュアライゼーション(視覚化)し、職員だけでなく地域全体で共有可能な環境を作り出すことによって、データに基づく政策策定や意思決定、効果測定など、自治体の既存業務を変革して事業の質的向上を図ることも期待されます。
「自分達の地域に住み続けたい」「子供や孫にも住んで欲しい」「自分達の地域へ転居をお薦めしたい」と住民が思う、すべての世代が満足するサービス展開が理想ですが、まずは「人生100年時代」に向けて、「シニア世代」をターゲットにした、サービスモデルの整備に取り組む必要があると思われます。
いま世界では、システムのオープン化の進展とクラウドサービスの普及によって、様々なシステムが「所有するもの」から「利用するもの」へと変貌を遂げています。そして、サービスの主体は、あくまでもサービスを利用するエンドユーザーであることを前提にした「ユーザー起点」のシステム開発が進められています。
将来的には複数の事業者が提供するサービスを組み合わせることで、社会的リソースをシェアして「共有」する概念へ転換するような、「ユーザー起点」の既存サービスを革新するビジネスモデルが誕生すると思われます。
「人生100年時代」に求められるのは、企業や行政が連携し、さまざまな情報をもとに住民の一人ひとりのライフステージに寄り添った、生活価値の提供によって、生涯安心して暮らせる住民生活の実現ではないでしょうか。
そして、そのサービス提供シーンでは、行政から受けられる補助や民間サービスなどから、個人の状況に合わせて「AI」が最適なものを組み合わせて的確に提案し、利用者である住民はワンストップでサービスを受給できる環境が構築されていると考えられます。
近い将来には、自分のライフスタイルに合わせて、本人同意の上で行政・企業等が保有する情報を集積・連携させて「AI」が分析し、健康診断の結果や生活習慣などの情報をもとに将来の健康状態や医療費を予測するなど、地域の住民個人へ向けたアドバイスや健康増進サポートが受けられる生活が日常のものになっているかもしれません。