いま、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため「密閉」「密集」「密接」を避ける、「3密(さんみつ)」と言うキーワードをよく耳にしますが、じつは新型コロナウイルスが発生する以前から「三密」という言葉は存在していました。
本来の「三密」とは、「大日如来(だいにちにょらい)」を本尊とする真言密教でいうところの「身密(しんみつ)」「口密(くみつ)」「意密(いみつ)」三つの教えを意味しています。
真言密教の宗派「天台宗」「真言宗」では、生命は「身・口・意(しん・く・い)」で構成されていると考えますので、「三密」の修行では「身密(身体・行動)」「口密(言葉・発言)」「意密(こころ・考え)」を整えることを修行と捉えています。
この「三密」修行を我々の日常生活に置き換えると、「身」とは健康を維持するための「身体管理」、「口」とは「言葉・発言」、「意」とは正しい「意識・考え方」を表していると思われます。
ノーベル賞受賞者の「山中伸弥」教授は、新型コロナウイルスとの闘いを「短距離走ではなく長いマラソン」に例えて、「ウイルスとの共存」を示唆されています。現実を認識して「共生」するという考え方に、「大日如来」から見ればウイルスも森羅万象のひとつであり、「如来(あるがまま)」に現実を受け入れる思想と共通するものが感じられます。
新型コロナウイルスの感染が広がり、我々の日常生活は甚大な影響を受け激変していますが、いずれ平穏な日々は戻ってくると考えられます。しかし、この新たに始まるポストコロナ時代においては、「新しい生活様式」によって、我々の日常は以前の生活とはまったく異なったものになっているのかもしれません。
パンデミック渦中における行動様式が新たな経験則を生み出し、リモートワークや遠隔学習が日常のものになり、ネット通販の利用が拡大して、それがポストコロナ時代の新たな日々の生活「ニューノーマル」になっていきます。そして、その一方でアナログな「人」とのふれあい・交流や、リアルな「モノ」と接触する意義など、失って気づく価値もあります。
100年前に猛威を振るった「スペイン風邪」を例に、「100年ぶり」に世界が直面するパンデミックという切り口で語られる新型コロナウイルス。世界の多くの人々が自宅待機を強要され、国や地域の区別なく「ソーシャルディスタンス」のために移動や接触を控えて、自宅での「巣ごもり生活」を我々は送っています。
歴史では「第一次世界大戦(1914~1918年)」の終戦と、「スペイン風邪(1918~1920年)」収束の後に、「狂想の20年代」(Roaring Twenties)と呼ばれる経済的繁栄と華やかな文化が開花したとされています。今回の新型コロナウイルスについても、後世の人々から見ると20世紀との決別を決定づけた出来事として、記録されているのかもしれません。
今後、私たちは平常時の延長線上にある緊急時を、常に意識して生活する必要があるのかもしれません。劇的な変化のように見えても、時代の変化は不連続ではなく、その変化の予兆は必ず過去に求めることができると思われます。新型コロナウイルスの感染によってもたらされた昨今の様々な変化も、過去を振り返って見ると、そこにその萌芽を見つけることが出来ると考えられます。
つまり、現在発生している事象は新たに沸き起こったものではなく、既存の社会的課題が新型コロナウイルスの蔓延拡大によって、急激な勢いで加速しているとも考えられます。言い換えれば、十数年で起こるはずの社会変化が、数週間から数ヵ月で沸き起こり、これまで先送りしていた積年の課題が一気に噴出したとも言えるのです。
今回のパンデミック以前の「観光」は量的には好調でしたが、それぞれの観光地においては様々な問題が顕在化していたのも事実です。今回のコロナ禍に伴い強制的に生じた「時間」を利用して、持続性をもった我が国の地域観光のあり方を考え、観光政策を再構築するチャンスではないでしょうか。
もちろん、新型コロナウイルスの感染が終息しても、パンデミックが発生する以前から顕在化していたオーバーツーリズムや、地域振興との乖離等の諸問題への対応ができなければ、我が国の観光が持続性を保つことはあり得ません。
近年、我が国の製造業はかつての勢いを失い、その存在感を低下させていました。しかしそれに替わって、新たな成長産業として台頭してきたのが観光です。訪日観光客数は2010年代に入って急増し2018年には3,000万人を突破、10年前の約4倍という大きな伸びを記録しています。訪日外国人による旅行消費額は4兆円を超え、これを輸出金額と比較すると、日本の観光産業は自動車、化学薬品に次ぐ外貨を稼ぎ出しています。
しかし、冷静に考えてみると、コロナ禍以前における日本の外国人旅行者受入数は、観光分野で我が国の先を走るフランスなど欧米諸国と比較すると、3分の1程度の低い水準に留まっていました。この数字を悲観的にとらえるのではなく、ポジティブに解釈すればこの欧米諸国との差は、日本の観光産業にはさらに伸びる余地「伸び代」が残されていると考えることも出来るのです。
ポストコロナ時代の観光を旅行者の立場から考えると、国の内外を問わず大幅に経済活動が縮小する状況においても、観光旅行に出かける「旅行する人」と、経済状況を考え「旅行しない人」の二極化が進むと考えられます。観光の多様化・個人化が一層進展する中で、顧客のニーズにより密接に対応するベネフィットの訴求が必要になると思われます。
例えば、経済状況に左右されないリッチな「旅行する人」に対して、戦略的なプロモーションを展開するような仕組みを創り出すことで、我が国における観光需要を再構築することが出来るのではないかと考えています。
具体的には、行政が発行する「プレミアム旅行券」を単なる割引券ではなく、利用できる地域と期間をあらかじめ限定することで、オフシーズンの利用を推奨するなど、観光地における繁忙期と閑散期の平準化を図ると同時に、「旅行する人」に向けたベネフィット提供を両立させることが可能になります。
観光庁が5月20日に発表した4月の訪日外国人旅行者数)は、前年同月比99.9%減の2900人と記録的な減少となっています。減少幅は3月の93%減を上回り、1964年の統計開始以来、初めて1万人以下の過去最少となり、新型コロナウイルス感染拡大によって世界的に入国や渡航を制限する動きが拡大する中、今後も厳しい状況が続くと思われます。
訪日外国人旅行者数が激減する一方で、日本国内ではリモートワーク・テレワークの進展によって、働く場所を限定しない新しい働き方を模索する人たちが増加しています。そしてまた、今回の新型コロナウイルスの蔓延が、職と住との関係の希薄化を加速させました。つまり、ポストコロナの時代には地域に魅力があれば、場所や空間に制約されずにネットワークを駆使して働く、有能な人材を地域に呼び込むことが可能になったと言えます。
今後は、自治体の財政規模を算出する際に「定住人口」のみではなく、「関係人口」を係数の一つに加えて、地域に「ワークスペース」等のセカンドハウスを保有する人たちについては、住民税の分割納入が可能となるような、新たな税制の制度設計が必要なのかも知れません。
「関係人口」をどのように定義するかという課題はありますが、「定住人口」と旅行客として来訪する人々の中間に位置する、「半定住」する人たちを法的に定義することが出来れば、自治体の財政規模を拡大させることにもつながります。これが今後の観光政策や地域振興をより強力に推進するための原動力になると思われます。
現在、オーストラリアとニュージーランドとの間では、新型コロナウイルス感染拡大防止のため閉鎖していた国境を開放して、両国を同一の旅行ゾーンとする、「トラベルバブル(近隣の域内旅行)」について議論が進められています。
「トラベルバブル」とは、社会的、経済的に結びつきの強い隣国が、ひとつの大きなバブル(泡)の中に入り、その枠組みの中で新型コロナ感染を防止しつつ、旅行の選択肢の幅を広げる取り組みです。ニュージーランドでは「Stay Home」に代わって、家族が同じ泡の中に留まる意味の「Stay in your bubble」という表現が使われています。
ポストコロナ時代の観光は、近隣エリアの観光からスタートして、それが国内旅行へと移行し、その先に海外旅行が見えてくる、というのが国内外ともに共通した認識のようです。
日本国内の観光を考えると、まずは各地域が連携しながら自分達のエリアに近隣地域から「誰を誘客するのか」について、しっかりした戦略を立案して共存共栄を目指すべきではないでしょうか。
単純な例を挙げれば、自宅でお取り寄せグルメを楽しむ人たちが増えているこの機会に、地域の名産品(食品・お酒など)をネット販売します。そして、商品を購入した顧客に対して、シェフ・ソムリエが夕食時の時間限定で「Zoom」などを利用してうんちくを語るライブ配信をするなど、観光のデジタル・トランスフォーメーションを進めるべきと考えます。
さらに、こうした取り組みを通じて地域と顧客との関係性を強固なものとし、相性の良いお客様に特別なおもてなしを提供することで、結果的に「相性のよい顧客」の比重を多くし「相性の悪い顧客」を抑制していくことが可能になります。
「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」の観点から見れば、このような仕組みを感染症対策と合わせることで、旅行に来る前にお取り寄せで数回食事した人(かつ、感染症対策を実施している人)に対して、旅行費用を減額するなどの施策が考えられます。
これを実現するには、地域単位で観光客を「不特定多数」から「特定多数」へと切り替え、地域と「相性の良い顧客」の関係を強めていくと同時に感染症対策を強化する「CRM(Customer Relationship Management)」的なマーケティングが必要です。
「CRM」による来訪者管理は、感染拡大防止とホスピタリティが両立した取り組みとして、観光地マーケティングに大きな構造変化をもたらすかもしれません。訪日外国人旅行者数が激減した今こそ、観光客を量的な「マス」と捉えるのではなく、観光客一人一人を独立した「顧客」と認識して、地域との関係性を丁寧に再構築していくことが求められるのではないでしょうか。