コロナ禍のなかで、「Volatility(不安定)」「Uncertainty(不確実)「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不明確・曖昧)」の頭文字四文字からなる、「VUCA(ブーカ)」という言葉を耳にする機会が増えています。
本来は1990年代の冷戦終了後、複雑化した国際情勢を示す用語として米軍で使われ始めた軍事用語で、我々の日常生活や組織・個人などを取り巻く環境が激変することで、将来の予測が困難になっている状況を意味する言葉です。
「VUCA」というキーワードは、先行きが見えない現状のなか、経済活動と感染症対策を両立させる命題に対して苦悩し、混迷を極める状況で、再び注目されているのかもしれません。
新型コロナウイルスの感染拡大による意識変化の1つに、日常生活のなかでの「豊さの再認識」があります。何気ない日常の暮らしのなかで、自分自身の生活を豊かにするものに価値を見出し、テレワーク・リモートワークが生活に浸透することで、ネットが利活用可能な環境が確保できるなら、生活の拠点を人口密度の高い都市部から地方へ移すことを検討する人達も現れています。
今後、「5G」や「VR」「AR」が普及することで、リアルにその場所に行かなくても、現地の情報を見聞きすることが容易になります。しかし、そのような状況になればなるほど、その場所に行かないと得られない、現地における「体感」「体験」がより重要度を増してくると思われます。
我々の暮らしは何気ない日常の連続ですが、その日々の暮らしのなかに「非日常」の体験を挟み込みことで、人生が豊かになることを、私たちはこれまでの経験から知っています。旅に出かけることは「非日常」ですが、このような時だからこそ、日常を豊かにするため「旅行」したいと思う人々の気持ちは強くなり、ニーズがより顕在化されているのかもしれません。
コロナ禍に生活するなかで仕事環境が激変し、テレワーク・リモートワークが一般的になり、通勤時間が減少する一方で、移動が制限され閉塞感を感じている人々も多いようです。オフィシャルとプライベート、限られた時間を有効活用する就労形態として、「ワーケーション(Workation)」、「ブレジャー(Bleisure)」と呼ばれる、分散型の働き方が注目されています。
「ワーケーション」とは、「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語で、普段の職場と異なるリゾート地などの宿泊施設で業務を行い、それに休暇をつなげて、休暇先で一定の日数・時間帯を業務に割り振る勤務形態です。
そして、「ブレジャー」は「ビジネス」と「レジャー」を組み合わせた造語で、日本語では「出張休暇」とも呼ばれています。出張先での勤務日前後に休暇を挟み込み、滞在日数を延長するなどして休暇を取得する、フレキシブルな就業形態を目指しています。
EU諸国では、コロナ禍以前の在宅勤務者の割合5.3%が、パンデミック後は44.6%に上昇。その後も、約4割の人々が「毎日」または「週に数回」程度の、在宅での勤務形態を望んでいると言われています。
いまも新型コロナウイルスの勢いが衰えていません。米国の企業経営者は、今後は社員が1週間に1度以上「テレワーク」することを想定して、就業形態の一環として「ワーケーション」を取り入れることや、オフィススペースの縮小による経費削減を検討するなど、その動向が注目されています。
また、米国ハワイ州では有能な技術者をハワイに誘致するため、本業の「リモートワーク」と並行して、非営利団体での地域貢献活動を可能にするプログラム「Movers and Shakas」を実施し、オアフ島までの無料航空券の供与や、宿泊・コワーキングスペースの割引を提供しています。
このほか、アラブ首長国連邦の人気観光地ドバイでは、外国籍の企業に終身雇用されていることと、月額5,000 USドルの収入を条件に、最大1年間のビザ「Over-year virtual working program」を発行しています。また、西インドのケイマン諸島では、年間10万USドルの収入を要件に、「ワーケーション」関連ビザを発行するなど、withコロナ時代の新たな働き方を背景に、さまざまな国・地域が「ワーケーション」市場の獲得に乗り出しています。
新型コロナウイルス対応ワクチンによって、収束の道筋が見えたとしても、一定の期間は人々の心のなかに「安心・安全」に対する意識は残り続けると思われます。旅行中に発病した際、柔軟に対応できる医療体制が構築されているかが、旅行先を選ぶ際の重要な訴求ポイントになります。
ソーシャルディスタンスの観点では、レンタカー等による少人数での移動や、屋内を避けたグランピング・キャンプ場など、他の宿泊者と一定の距離を確保できる宿泊スタイルのニーズも高まりを見せています。このような状況になると、無名の観光地であっても既存の有名観光地に対抗できるようになり、全国各地の魅力的な地域にスポットが当たるのではないでしょうか。
日本の各地方には、世界的に見ても豊かな観光資源が溢れています。現状は厳しい状況ですが、幸いにして新型コロナウイルスは、山野の樹木に影響を与えたり、魚肉や野菜などの食材を汚染させたりすることはなく、古来より連綿と続く我が国の観光資源の多くはアナログ的要素で、テーマパークなどのように人為的に作り出せるものではありません。
今後のインバウンド観光の再構築に向けて、日本がどのように旅行者を安心・安全に受け入れ、同時に満足させられるのか、世界の国々が注目していると思われます。我が国には安心・安全のイメージもあり、観光の伸びしろがあります。この度のコロナ禍は日本の価値を見直すチャンスかもしれません。日本だからこその観光資源をどのように世界へと届けるのか、課題はそれをどのように訴求するかではないでしょうか。
観光先として選ばれ続け「リピーター」を獲得するためには、地域を「選ばれ続ける場」とする創造的な「プレイス・ブランディング」の視点が不可欠になります。地域の人々が、その地域の気候・風土に根差した、文化・伝統等の地域固有の特性を、自信をもって発信する必要があります。
端的に言えば、これまでのランドマーク的な場所「観光スポット」を主体とした戦略から、地域の人々が作りだす「地域の魅力」に転換させることで、地元住民の矜持「シビックプライド」が新たなプロダクトを生み出し、地元民をさらに勇気づけるという良い循環が生まれ、「プレイス・ブランディング」が確立されリピーターが形成されると思われます。
新型コロナウイルスの感染症拡大によって、日本国内では2011年の東日本大震災以来9年ぶりの大きな危機を迎えました。また、世界に目を向けると、2003年の「SARS(重症急性呼吸器症候群)」の流行、2008年リーマン・ブラザーズ破綻に始まる世界金融危機、2011年9月の全米同時多発テロとそれに続くイラク戦争、そして2015年の「MERS(中東呼吸器症候群)」流行など、世界規模の危機的な出来事が勃発しています。
いま我々にはパンデミックを乗り越えて、単に元に戻るのではなく、自然災害等の発生による突発的危機への対応や、人口減少社会の到来による社会的変化に対して、それらの危機を「予防・軽減」させながら立ち向かっていく「危機対応力」や、復興を超えて更なる発展を図るための、有事における「復元力」が求められているのかもしれません。
国際通貨基金(IMF)の推計では、全世界の実質GDPは2020年 -4.4%、2021年 +5.2%となり、21年には19年の水準に戻ると予想しています。先進国が20年 -5.8%、21年は +3.9%と回復途上に対して、アジア圏の発展途上国は、20年 -1.7%、21年は +8.0%と、アジア諸国の成長が先進国の回復遅れをカバーする形になっています。
パンデミック収束後の旅行意欲の高さについては、世界の人口増、アジアを中心とした経済成長、パンデミック中に旅行ができないなどの要素を勘案すると、アジア圏に位置する我が国にも、インバウンド観光の復調が見られると思われます。
地域をリピーターに「選ばれ続ける場」とするためには、単に観光客の集客を目的にするのではなく、その土地の住民・文化・芸術・伝統・地場産業への共感を呼び起こし、受け手側も環境へ配慮しながら、地域社会への貢献を担うなど、観光地全体の価値を高める、創造的「プレイス・ブランディング」の視点が不可欠です。
そして、地域の観光を一過性のブームに終わらせないためには、地域の多様な人材が地域や組織などの枠組みを超えて連携し、地域資源の再編集と商品化の仕組みを継続させアップデートし続けることによって、住民のなかに「シビックプライド」(地元民の矜持)を生み出すことが重要なのではないでしょうか。
この「シビックプライド」こそ、私たちが観光への取り組みを通して得ることのできる、最も価値ある財産ではないでしょうか。コロナ禍という未曽有の危機を経て、日本のインバウンド観光を再構築しようとする地域と人々が、多様性を受け入れ、自らを変革することで、手にすることのできる、地域固有の財産なのです。
今後、地球温暖化に伴う気候変動や自然災害など、これまでの常識や既存の概念を覆すような、予測困難な事象が発生するかもしれません。しかし、新型コロナウイルスの流行によって、自宅が新たな仕事空間になり、テレワーク・リモートワークが日常の光景となり、ネットワークへの接続環境があれば、出社せずに事業継続できることが実証されました。
すでに、社会環境が激変し、日常生活と仕事、プライベートとオフィシャルの境目は混沌としたものになり、「オフィスの概念」は人々が遠隔でつながり、ネット上で共同作業する「ワークスペース」に変貌しているのかもしれません。Withコロナ時代の「次のフェーズ」では、過去の成功事例やロードマップの延長線上にはない、新たな発想が必要ではないでしょうか。