人口減少社会の到来とその先にあるもの
~新たな豊かさと未来の選択肢を探る~

変容と混沌の時代に情報化戦略を考える [第8回]
2025年8月

執筆者:NPO法人 地域情報化推進機構 副理事長
ITエバンジェリスト/公共システムアドバイザー
野村 靖仁(のむら やすひと)氏

読者の皆さんは、人口の急速な減少を象徴するキーワードとして、「2040年問題」という言葉を目にしたことがあるかもしれません。これは、人口減少が加速化するとともに、高齢者の割合が高まることで、私たちの社会全体がこれまでにない変化に直面するという未来予測です。

「2040年」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか? 今からほんの十数年後。その時、あなたは何歳になり、何処で、どんな日々を過ごしているのでしょうか。実はこの2040年という年は、日本の未来にとって大きな「分岐点」になるといわれています。

国立社会保障・人口問題研究所の資料によると、日本の人口は2008年の約1億2,808万人をピークに、2040年には約1億1,100万人にまで減少すると予測していますが、これは、人口30万人規模の自治体が、約57団体消滅するのに匹敵するほどの強烈なインパクトを示してします。

そして、社会全体が縮小するだけではなく、人口構成も大きく変化し、3人に1人以上が65歳以上の「超高齢社会」が到来するのです。

特に大きなポイントは、1971年~1974年生まれの「団塊ジュニア世代」と呼ばれる人たちが、2040年頃に一斉に65歳以上になり、その一方で、社会を支える世代の「生産性人口」が急速に減少していくことです。

2022年に生まれた新生児の数は、過去最少の77万人となり、「団塊ジュニア世代」が生まれた頃は毎年200万人以上の新生児がいたことを考えると、その変化の大きさに驚くばかりです。

しかし、立ち止まって悲観してばかりでは、未来を拓くことはできません。この大きな変化の波に飲み込まれるのではなく、むしろ「新しい日本」を創り出すためのチャンスと捉えることはできないでしょうか。

近未来に横たわる「2040年問題」の正体

いま多くの人々が東京やその周辺地域(埼玉県、千葉県、神奈川県)に集まって居住しています。しかし、その大都市圏においても、急速に高齢化が進展することで、介護や医療を必要とする要介護(要支援)人口の増加が大きな不安要素になっています。

医療機関の病床数が不足することや、介護サービスの担い手である介護福祉士の人員を確保することができない、そんな未来がすぐそこまで来ているのです。

その一方で、地方では若年層が都会へ転出し、まちを支える世代の人口が減少することで、スーパーやガソリンスタンドが次々に閉店、バス路線が廃止されるなど、地域の日常生活に必要なサービスを維持することも困難になる、そんな「担い手消滅」に直面する地域が増加していくと思われます。

つまり、「都会の超高齢化」と「地方の過疎化」という、一見すると正反対に見える2つの社会的問題が、日本中で同時に進行しているのが現在の状況です。

生き方は多様になったが、社会の仕組みは旧態依然

結婚年齢は上昇し、生涯独身の人も増加しています。そして、一人暮らしの世帯は、今や全体の4割近くを占めるようになり、私たちの生き方(ライフコース)は、昔に比べて驚くほど多様になりました。

もはや、「男性は定年まで正社員」「女性は結婚したら家庭へ」といった昭和時代のライフコースは過去の幻想になり、旧来の考え方では対応できないことに誰もが気づいているのです。

しかし、社会の仕組みや働き方などは、いまだに高度成長期のモデルがベースになっています。そして、その古い時代の幻影を引きずっている社会と現実との乖離が、個人の能力が発揮できない「スキルミスマッチ」や「機会の格差」を生み出す要因になっていると思われます。

街の「スポンジ化」とインフラの老朽化

都市部でも、中心市街地から離れた郊外の地域では、住民が減少した結果、「空き家」や「空き地」が目立つようになり、地域がスポンジのようスカスカになる「スポンジ化」と呼ばれる現象が発生しています。

全国の「空き家」はすでに850万戸近くあり、今後も増え続ける見込みです。人が住まない家屋はあっという間に老朽化が進み、地域の景観や安全を脅かす存在にもなりかねません。さらに、私たちが当たり前に使っている道路、橋、上下水道などの生活インフラも大きな問題を抱えています。

その多くは、高度経済成長期に作られたもので、それらが今、一斉に寿命を迎え、修理や交換が必要な時期を迎えています。しかし、人口が減り、税収が減少していく中で、莫大な更新費用をどうやって捻出するのか、多くの自治体が頭を悩ませているのです。

私たちが直面する課題は、パズルのようにいくつもの要因が複雑に絡み合って、仕事や暮らしに直接的な影響を与えるだけでなく、社会全体の活力をじわじわと奪っていく、静かで深刻な脅威なのです。

では、この複雑で手強い課題に私たちはどう立ち向かえばよいのでしょうか。過去の成功体験や常識にとらわれず、新たな時代に対応した、これからの地域を創り上げていく、未来を見据えた大胆な発想の転換が必要ではないでしょうか。

持続可能な地域社会へ向かって! 未来を切り拓く

日本全体の人口が減少していくとともに、公務員の職員数も限られていく中で、今までと同じやり方では質の高い住民サービスを維持できません。そこで鍵となるのが、デジタル技術をフル活用した「スマート自治体」への変革です。

「申請書の書き方がわからない」そんな時、24時間365日、AIチャットボットが優しく回答してくれる。役所の業務での単純なデータ入力作業は、「RPA(Robotic Process Automation)と呼ばれるソフトウェアロボット(デジタルレイバー)が代行してくれる、そんな取り組みがすでに始まっています。

例えば、大阪府豊中市では、RPAとAI-OCRを組み合わせて、77業務の内部事務を自動化した結果、年間で約10,400時間もの作業時間を削減できたという成果が報告されています。

これらの新しい取り組みによって、自治体の職員は、より専門的な知識が必要な相談への対応や、地域の未来を考える施策の策定など、人間にしかできないより創造的な仕事に集中することが可能になります。

役所が持っている様々なデータ(人口、税収、施設の利用状況など)をきちんと分析し、「なんとなく」ではなく「証拠(データ)」に基づいて政策を進める手法、「EBPM(証拠に基づく政策立案)」が注目されています。

例えば、「この地域は高齢化が進んでいるから、ここに移動スーパーの巡回ルートを作ろう」「若者世帯が増えているこのエリアには、子育て支援施設が必要だ」といった判断をデータに基づいて的確に行えるようになるのではないでしょうか。

自治体が地域のプロデューサーになる

行政の力だけでは解決できない複雑な課題は、地域に住む私たち自身が主役になることで乗り越えられるかもしれません。企業、NPO、大学、そして地域住民。様々なプレイヤーが手を取り合う「官民共創」という新しいまちづくりのスタイルが、未来の鍵を握ると思われます。

自治体がプロデューサーとなって、地域に眠る様々な才能や情熱を結びつけ、化学反応を起こしていくのです。

そして、これからの時代の自治体が目指すべき姿は、自らがサービスを提供する「プレイヤー」から、住民が暮らしやすい環境を整備する「プラットフォーム・ビルダー」へと変貌していくことではないでしょうか。

今や60代後半の2人に1人が働いている時代。長年培ってきた知識や経験は、地域の宝物です。短時間勤務やテレワーク、専門知識を活かしたボランティア(プロボノ)など、柔軟な働き方を用意することで、元気なシニア世代が社会の第一線で輝き続けることができるのではないでしょうか。

買い物代行、空き家を活用した子ども食堂、地域の乗り合い交通の運営など、住民自身が「自分たちのまちは自分たちでよくする」ためにチームを組んで活動する「地域運営組織(RMO)」が全国で増加しています。

これは、昔ながらの「ご近所づきあい」を現代版にアップデートした取り組みです。こうした住民の主体的な活動を行政がデジタル技術の導入でサポートし、持続可能な体制を構築していくことが、地域の活力を保つ上で非常に重要になると思われます。

新たな暮らしの豊かさと選択肢を探る

例えば、「MaaS(Mobility as a Service)」は、様々な交通手段を一つのサービスとして捉える考え方ですが、スマホの専用アプリ一つで、電車、バス、タクシーからオンデマンド交通まで、すべてを検索・予約・決済できる仕組みです。

「A駅からB病院まで」と入力すれば、「電車とタクシーを乗り継ぐのが一番早いですよ。料金は合計〇〇円です」と最適なルートを提案し、そのまま予約・支払いが完了するなど、ストレスフリーで、快適な移動が当たり前になることが期待されます。

ITを活用することで、物理的なオフィスに毎日通う必要がなくなれば、働き方の選択肢は無限に広がります。自分の分身である「アバター」がインターネット上の仮想空間(メタバース)にあるオフィスに出社する。

そして、同僚のアバターと会議をしたり、雑談をしたり。まるで本当のオフィスにいるような臨場感で仕事をすることが可能になります。これにより、自然豊かな地方に住みながら本社のプロジェクトに参加するなど、場所に縛られない働き方が日常的なものになります。

「人口減少」や「2040年問題」と聞くと、どうしてもネガティブなイメージが先行してしまいます。しかし、見方を変えれば、これは大きな変革のチャンスとも捉えることができます。

人手が足りないからこそ、面倒な作業を自動化する技術が進化し、誰もが効率的に働くことが可能になります。社会の構造が大きく変容する時こそ、これまでなかった新しいビジネスモデルが創出され、イノベーションが創生されるのではないでしょうか。

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