斉藤道三「三代記」と言うと、美濃の国盗りを実現させた道三とその息子・義龍、そして孫の龍興の3人をお考えだろう。斉藤道三はみなさんご承知の、徒手空拳で美濃を獲(盗)った男。彼が戦国の三梟雄と言われる所以であるが、その、美濃の国の維持・伸長の為に、道三はご近所の織田家に目をつけた。
織田家の当主・信秀には信長という息子がいた。でも彼は「大うつけ(馬鹿)」という評判もある人物だった。しかし、せっかく獲(盗)った美濃の安定のためには背に腹は代えられぬと、道三は、その「大うつけ」に自分の娘を嫁に出すのである。
「うつけの方が、何かと御し易いかも」と、策士・道三が思ったかどうかは知らない。が、とにかく両家は「親戚」になった。そして道三は、やがて「大うつけの評判の信長」は「御し易い」どころか、『我が斉藤家は、この男によって潰される』と思うようになるのだが、その詳細はあとで触れる。
さて、道三の後を継いだ義龍は信長と対決するが、決着がつく前に病死。結局、斉藤家は、道三の孫の龍興の時に、道三の予言通り、信長によって滅ぼされてしまった、、、と、この『道三三代記』なら、本誌をお読みの歴史にお詳しい多くの読者は、「それはこれまで何度も聞いたよ」と、そのままこのページをスルーしておしまいになるかもしれない。でも、ちょっと待って頂きたい。私がこれから書く「三代記」はこの「三代」ではない。道三の父と道三と義龍の、三代記なのである。何故か。
理由は二つ。一つは道三の孫の龍興は、わざわざ、ここで貴重な紙数を費やすまでもない存在だから、である。彼に関わることと言えば、、、黒田官兵衛と並んで極めて優れた副官で、「戦国の軍師・二人兵衛」とも言われた竹中半兵衛がかつて斉藤家に仕えていた時、酒色に耽り、領民のことを一顧だにしない龍興に愛想を尽かし、半兵衛の指揮のもと、僅か16人で、難攻不落の山城・あの、稲葉山城を乗っ取った事件が思い出される。まあ、しかし、半兵衛にしてみれば、この「のっとり事件」は、そもそもが主君・龍興を覚醒させる為のパフォーマンスだったから、すぐに、城は龍興に返している。
でも結局「そんな龍興」は、その後、信長に負け、美濃斉藤家は道三の予言どおりに壊滅させられるのだが、この、「3代目」の龍興は、そうしたサイドストーリー以外に、特段取り立てて言及することもない人物だから――それが、二つの理由のうちの一つである。
理由の二つ目は、最近、道三に関してこんな研究がなされ、新しい事実が語られるようになったからである。それは道三の父親に関すること。多くの皆さんは、斉藤道三なる人物は、出生不詳、職業不詳で、身内も糞もなく殺戮を繰り返し、あれよあれよという間に美濃のトップに躍り出た下剋上の典型、といった認識だと思う。実は私もちょっと前まではそうだった。道三の来歴をもう少し詳しく言うと、はじめは京都の僧侶、ついで油屋に婿入りして山崎屋庄五郎を名乗り、油の行商で各地を回り、美濃に辿り着き、そこの守護・土岐氏の家臣・長井氏に仕え、やがて、その主君長井氏を殺し、ついにはそのまた上司の守護の土岐氏も追い出して、何と最後には、本人とは縁もゆかりもない美濃という国の戦国大名になった、、、というものであった。
ところが、である。こうした道三についてのこれまでの通説は、違うのではないかという指摘がある。前述の道三の経歴のいくつかは、道三ではなく、道三の父の経歴ではなかったかというのである。「六角承禎条書写」に書かれてある内容を、静岡大学名誉教授の小和田哲男先生は、以下の様にかいつまんでご説明なさる。
そもそも、京都・妙覚寺の僧侶だったのは道三の父であり、その父が事情は分からないが、ある日、寺を出て美濃に下ったという(この史料には「油商人になって、全国行脚」ということは一行も書いていないと小和田先生はおっしゃるが、道三の父の、それに類することはあったかもしれない)。美濃に来た道三の父は、始めはなぜか『西村』を名乗り、長井弥二郎という人のもとに出入りするようになった。
やがて自分も長井姓を名乗り、その名も『長井新左衛門尉』といった。やがて、この長井新左衛門尉が死に、その子供が後を継いだ。「その子」が「道三」で、彼が長井弥二郎を殺し、守護代家だった斉藤姓を名乗り、ついには守護大名土岐頼芸を追放して美濃一国の国盗りを成功させたと。
つまり、先述の、これまで私たちが、全部、道三ひとりの経歴・業績と思っていたことは、実は、道三とその父の、2代がかりの『事業だった』と言うのである。これだと、現存する長井新左衛門尉や斉藤道三文書との整合性も出てくる、と小和田先生は仰る。こうして見ると、道三の孫の龍興は居ても居なくても余り大勢に影響はないが、道三の父がいなかったなら『戦国大名斉藤家』は存在しなかったことになる。まさにその意味で『道三三代記』は、道三の父、道三、道三の息子・義龍の3人でなければならないのだ。