4月11日(土)、岸和田市立図書館(注1)で、元塩尻市立図書館長の内野安彦氏の講演会が開催されました。関西での仕事のついでに参加してきました。岸和田市立図書館は20年近くユーザーとしてお付き合いいただいた図書館で、後半は私もパネリストとしてちょっとだけ登場させていただきました。講演内容を皆さんに紹介します。
講演の副題は、「ボーダーレスな図書館を」です。
始めに「まちから書店が消える」と称して、出版界の現状のお話がありました。たとえば、
2000年頃から活発化している「公共図書館は無料貸本屋」論争が、今もまだくすぶっています。
実は、知人から、最近こんな苦言を受けていました。「図書館は利用者を見くびってはいけないよ。利用者はアマゾンや書店と図書館を、ちゃんと使い分けているのよ。売れる本は宣伝すれば売れるのよ。図書館は、もっと今所蔵している本を財産として使うべきよ。そして人を大切にしてほしい」
その答えが内野氏の講演にありました。書店と図書館の違いは明確で、図書館の本は、「借りられるか借りられないかは本の基準ではない」というのです。図書館には、行政と市民と議会が関わっていますが、市民が「こんな図書館にしようと」という想いが大事。副題の「ボーダーレス」のこだわりがここにあると思いました。「図書館は人で決まる」の言葉を、中で働く職員と利用者との協働作用と受け取りました。それは図書館だけでなく、私たちシステム屋も同じで、全ては、関わっている「人で決まる」んですね。
アメリカ図書館協会の「図書館権利宣言」やランガナタンの図書館の5法則なども紹介されました。皆さん、すらすらと言えますか?(笑)
特記したいのはアメリカのカーネギー図書館のお話です。世界にはカーネギー図書館が2500以上ありますが、寄付金を受け取る町が守らなければいけないルール「カーネギー・フォーミュラ」に従って設立されています。そのルールとは、
どこぞの補助金のように一過性でばら撒くのではなく、町が主体的に維持する覚悟があることが条件です。市民にも、使うことによって責任を果たすという、ある種の覚悟を求めています。
質疑応答の中で、塩尻市立図書館での取り組みについても触れました。内野氏は、「塩尻の図書館を作った人」と言われるのを嫌います。彼が一人で作ったわけではないと思っているからです。今までにも多くの有名な方が招聘されて素晴らしい図書館を作ってきました。でも、その方がいなくなると図書館がトーンダウンしているのを見てきた彼は、それだけはやらないと思って臨んだそうです。では、何をしたのか?彼は、DNAを残しました。
利用者への挨拶と感謝の意を伝えることを励行しました。例えば、図書館の職員はエプロンをつけていますね。彼は職員に、「図書館はサービス業だけど、エプロンって作業着だよね。作業している人に利用者が気軽に声をかけられるのだろうか?」と問いかけます。職員はみんなで話し合い、利用者から気軽に声をかけ易くするために、上は白、下は黒に服装を統一しました。色さえ守れば恰好は自由です。「自分たちで考える」それが、彼が残した財産です。
むしろ、新規登録の開拓と、公共サービスとは何かを問いかけました。
NDC(日本十進分類法)に捉われない視聴覚資料と本の混配や参考書と一般書の混配など、利用者目線での配置を心がける
何処に行っても金太郎あめの図書館から脱皮すべく、近隣の松本市(蔵書数も人口も塩尻の3~4倍)を意識したサービス方針と資料収集。
図書館便り1つ取っても、一般向け・児童向け・YA(Young Adult)向けと3種類あるそうです。市内の書店と図書館が作る選書便りは表裏で作成します。図書館と書店は「ボーダーレス」の想いがあるからこその実現です。そして、お金がなくてもできることを心掛けてきたと話してくれました。
講演後に知ったのですが、塩尻市に招聘された直後、「Library」「塩尻市行政」「信州」「CULTURE」等10数種類ものスクラップブックをつくり、「塩尻」を必死に頭に叩き込んでいたそうです。「招聘された以上、当然の務め」と本人は言いますが、中々できることではありません。
最後に、内野氏の講演を聴いた方の感想をお伝えします。
「図書館に行くと、思うことがあります。本達の元気が無いのです。この日も、席に着き、目の前の本を見ました・・・が、元気ない・・・。古ぼけて見える。 でも、不思議なことが起こったんです。お話が終わりの頃になると・・・。本がね、初め、古ぼけて見える本達が、白く元気に輝きだしたんです。不思議ですよね。きっと、沢山の人の笑顔と、笑顔をくれた内野先生の面白いお話とに、本が喜んだのでしょう。人の笑顔の“気”をもらって蘇ったんでしょう。」。
「話の是非は受け手が決める」といいます。「カーネギー・フォーミュラ」の「市民も使うことによって責任を果たすこと」というボーダーレスな図書館を、この方が感じたからではと思ったりしました。
講演会の後、内野氏を囲んで懇親会があり私も参加させていただきました。その席で、20数年前のシステム導入時の話が話題になりました。
当時、私たちの会社にはオフコン(オフィスコンピュータ)の図書館システムもありました。単館システムを分館とのネットワーク型のシステムにカストマイズして販売店から導入していたのですが、回線速度の問題もあり分館は業務が回っていなかったのです。そこで、リース期間はまだ残していましたが、営業と共にシステムの切り替えのお願いに伺いました。
「できると言ったことはできていない、その上、システムを切り替えてくれ」との虫のよい話に、次長補佐兼係長のT氏の怒りは隠しきれませんでした。私はシステムのコンセプトをお話し、要求仕様のできることと、できないことを切り分けました。「できない」と業者に言われたのは初めてだったそうです。
「できない」の意味には2つあります。1つは設計上無理なこと、そしてもう1つはそれだけの費用をかける価値があるかどうかです。100に1つの作業のためにカストマイズするのなら運用でカバーすべきというのが私の持論でした。
営業は夢を語って採用していただければ終わりですが、SEは導入からがスタートです。「やると言ったことができていない」という不信感からの出発だけは避けたいと思っていました。営業には私の発言が強気に聴こえて、終始お詫びの姿勢でした。ところが、T係長はシステムの切り替えを承諾してくださったのです。ゼロからの信頼関係ではなく、プラスからの出発でした。懇親会の席でも当時を知る方がいて、懐かしんでくださいました。
出版ニュース4月号の特集記事に知人の名前を見つけたので紹介します。
瀬戸内市の武久顕也市長の寄稿文は、出版社の許諾を得て、瀬戸内市立図書館ホームページにもPDFで掲載されています。