「重度障害のある方が製作を担うデジタル図書(マルチメディアデイジー図書)製作の報告会」
図書館つれづれ [第120回]
2024年5月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

2021年7月に聴講したJDC(日本DAISYコンソーシアム)とJEPA(日本電子出版協会)共催のウェビナー「デジタル社会に必要な情報アクセシビリティ」(注1)で、目の見えない人も耳の聞こえない人も障害者の人権を守るためには、配慮が要る/要らないの医学モデルの視点ではなく、障害者が直面している社会的障害を取り除くという視点を初めて知りました。例えば、車いすの方が階段でつまずいたとき、医学モデルでは「足に障害」と答えますが、社会モデルの答えは、「階段が障害」となります。知能には問題ないのに文字の読み書きに限定した困難さを持つ疾患「ディスレクシア」を知ったのもこの時でした。

以後、名前だけは知っていたマルチメディアデイジー図書のことを、いつかきちんと聴きたいと思っていました。ちなみに、マルチメディアデイジー図書(以下、デイジー図書)とは、読むことが困難な方々のためのアクセシブルな国際標準のデジタル図書のことです。デイジー教科書やあとで出てくるデイジー子どもゆめ文庫は、ボランティア団体が主に製作をされているそうですが、2021年より重度障害者の方が子どもゆめ文庫の一部を製作するプロジェクトが立ち上がっていました。

2023年12月、発達障害児者向けに、児童書・小中学校の教科書・教科書の副読本・障害者白書・大人向けの図書などさまざまなデイジー図書を製作する公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会(以下、リハ協 注2)主催のウェビナーを聴きました。デイジー図書の製作者は、筋委縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフィーなど重度障害により在宅療養を余儀なくされている方々です。

今回は、誰も取り残さないSDGsへの取り組みとして、「重度障害のある方が製作を担うデジタル図書(マルチメディアデイジー図書)製作の報告会」の報告です。

プログラムの内容

司会進行はリハ協の吉広氏。開会挨拶をされたリハ協の君島淳二常務理事の、「障害に限らず、人を支援する立場の人は、その人のできないことを支援するのではなく、その人が活用できる能力に着目して、その最大限の能力を伸ばすことを支援する」という言葉に、これからの話の心髄を感じました。

1. リハ協のデイジーに対する取り組みとデイジー子どもゆめ文庫のデモ(リハ協情報センター 村上博行センター長、山田稔子氏)

まず、表示された発達障害の可能性のある児童生徒の数に驚かされました。

資料(1) 当日配布資料より

さらに、今回取り上げる読み書き困難な生徒は、全体の3.5%、33万人もいることも驚きでした。

ディスレクシアは、文字のつぶれや鏡文字など、困難さは人によって違います。

資料(2) 当日配布資料より

ディスレクシアの方々にも「見やすく・読みやすく・わかりやすいデザインのための」ユニバーサルデザインについては、以前第97回コラム(注3)で紹介しました。

ハイライトで読む場所がわかるデイジー図書は、視覚による読みの負担を聴覚(同期音声)で補うことで、内容の理解に集中できます。マルチメディアデイジー教科書は、小学校・中学校の90%の教科書を網羅し、利用申請も増加していて、最初の数字の重さを実感しました。

取り組みの中でも特に力を入れているデイジー子どもゆめ文庫(注4)は、読みに困難を持つ子どもたちに、言葉を学び、感性を磨き、表現力を高め、想像力を豊かにする読書活動として、小学校の国語の教科書が推薦している児童書を中心に、利用者の要望や人気の図書を選択基準に製作されています。ネット上でもダウンロードして読むこともできますが、印刷物を読むことが困難な利用者を対象にしているため、読むには会員登録が必要です。利用できる本はまだ少ないですが、子どもが自分で利用できるよう、学年・出版社・人気のある本などの表示順序や、色の変更に拡大縮小はもちろんのこと、読みたいところの見出しをクリックしたりと、多種多様な機能を設けていました。

2. 読み書き障害当事者が体験したデイジー図書について(特定非営利活動法人 支援技術開発機構研究員 小澤彩果氏)

自らを「日本のデイジーユーザー第一期生」と称する小澤氏の話を聴くのは2021年以来です。小澤氏はひらがなを読むのが苦手。程度は違いますが私も、「ぬ」「む」「め」が一瞬わからなくなるときがあるので、なんとなく気持ちはわかります。

両親が異変に気付いたのは、絵本1頁を10分で読んでいた小学2年生の時でした。小学3年生から大阪医科大学LDセンター(現在は大阪医科薬科大学に統合 注5)へトレーニングに通い始めます。指導教員が両親に最初に告げた言葉は、「弱いところを無くすのではなく、強いところを伸ばし弱いところをカバーするのが目標」と、まさに当日の常務理事が最初に伝えた言葉でした。彼女も両親も、この言葉に将来の光を感じたそうです。

母親がつきっきりで付き合っていた読書は、デイジー図書に出会ってからは自分で宿題もできるようになり、当時のサピエ図書館(注6)の音声デイジー版と紙版を使って読書を楽しんでいたとのこと。大学生になると自分でデイジー化・音声化して読めるようになり、就職後は苦手な長文や紙ベースの媒体はスキャンし、OCRとスクリーンリーダーで対応など、ノウハウを駆使しているのが伝わりました。

今後の課題について、特に高校の教科書や教科書以外の副読本がほとんどデイジー化されていないこと、定期試験や入学試験のデイジー化をあげました。彼女は、小学校はテストでの特別配慮はなかったものの、高校では時間や別室受験の特別配慮、大学は特別入試枠で受験。大学ではPC読み上げソフトを利用し、テストで不便を感じた時は先生と直接交渉して問題を解決してきたそうです。インクルーシブ教育とは、国籍や人種、言語、性差、経済状況、宗教、障害のあるなしにかかわらず、全ての子どもが共に学び合う教育をいいます。彼女が描くインクルーシブ教育とは、「障害=特別支援学級」と短絡的に扱うのではなく、社会に出たときに誰とでも一緒に働くことができる教育のこと。デイジー図書には、紙と併用や音読や読みのトレーニングなど、多様な使い方が秘められています。

最後に、私たちがメガネをかけることで見たり読んだり学んだりできるように、ディスレクシアにとってのメガネは「デイジー+ICTインフラ+環境(両親の姿勢、先生の姿勢と技術、支援者)+社会政策」であるとし、「読書のバリアフリーを実現し、障害が障害と感じない世の中になるように貢献したい」と、力強い言葉で終わりました。小澤氏はやはり開拓者でした。

3. デイジー図書の製作工程と重度障害のある人たちの参加について(リハ協 西澤達夫参与)

デイジー図書をあえて重度障害者に製作してもらった経緯が説明されました。誰一人取り残さないという「持続可能な開発目標SDGs」の実現のため、このプロジェクトには3つの目的があります。

  • 発達障害児向けデイジー図書を増やす
  • 重度障害者の社会貢献を支援することにより自己実現のお手伝いをする
  • 重度障害者の就労拡大

資料(3) 当日配布資料より

令和4年度まで分業で行っていた製作作業を、令和5年度は一人で全て分担したことに驚きました。やりがいや達成感はあるものの、一人でおこなうのは大変です。製作ソフトの習得はオンデマンドの講習用動画を提供。支援は、基本はメールで対応し、必要によりオンライン会議システムを使用してサポートしました。製作者はいずれも重度の障害者。支援者の支援を受けながら、製作工程ごとにアンケートを実施し、ソフトの改善要望を受け、修正可能箇所は改良を実施しました。デイジー図書はまだまだ不足しています。最後は理解と協力依頼で終わりました。

次の障害者の感想を聴くまでは、何もここまで「障害者」にこだわって製作する意義があるのかと、正直思ったりもしました。

4. デイジー図書の製作に参加した「製作者からの感想」(鹿久保芹菜氏、古関祐一氏、尾崎新氏、三好亮太氏、佐藤弘二氏)

実際に製作に関わった5人の方は、ALS、筋ジストロフィー障害など病名こそ違え、いずれもほぼ寝たきり状態です。ヘルパーや両親の介護を受けながらのパソコン操作は、自分仕様の道具を使い、入力や操作に時間がかかる決して楽な作業ではありません。今回の報告会で、実際にデイジー図書を利用されている小澤氏の発表は、良い刺激と励みになったと皆さんの感想でした。

日頃は人のお世話になることが多い中、デイジー図書製作に関わることで、障害のある子どもたちの役に立てていることが自分の仕事の誇りとなり、必要としている人の力になれることでやりがいを感じ、仕事への責任感と緊張感が生活のメリハリになっているといいます。総じて話されたのは、社会参加・社会貢献できる喜びと、生きている上での自信でした。1冊でも多くの作品に関わりたいとの意欲的な発言に、このプロジェクトの3つの目的は果たせたと感じました。

5. ICT技術を使用した障害のある人たちの社会参加(社会福祉法人東京コロニー職能開発室所長/東京都障害者IT地域支援センター 堀込真理子氏)

社会福祉法人東京コロニー(注7)は、障害のある人が地域で働き・暮らすことに積極的に取り組んでいます。在宅教育事業では、2年間毎日メールやオンライン掲示板で指導し、2週間に1回は講師が自宅訪問するきめの細かい育成プログラムが実施されています。2023年3月現在、修了生160名の5割が国家資格を取得し、8割が在宅就労。障害者等級1級の方が80%。製作者の3人は修了生でした。修了生の努力はもちろんのこと、講師陣の熱意も伝わってきます。仕事のベースとなる機器の活用や個別相談は東京都障害者IT地域支援センター(注8)で対応。人が幸せになるための重要な要素は他者貢献。報告は、障害者の感想と共通するものがありました。

今後、リモートで受けられる就労のために必要なICT教育や職業人教育のサポート体制は、ハード(個別の支援機器、作業環境)の整備と、ソフト(仕事を支える福祉、労働面)からの人的支援。第101回コラム(注9)で取り上げた分身ロボットやアバターは、今やレストランやコンビニなどでも大活躍。でも、これらはリモートで働くためのツールです。ツールを学ぶと同時に、情報技術や社会知識などその人本来の力を引きだす長期的な育成を考えているとのことでした。

6. 重度障害のある人たちの現状と今後の有効な支援について- 支援者の立場から-(日本ALS協会 東京都支部事務局長、東京都難病ピア相談室 ピア相談員(ALS担当)東京難病団体連絡協議会 事務局次長 青木良浩氏)

ALSの病気の説明のあと、篠沢秀夫氏ほかALS患者の社会参加事例が紹介されました。障害者の前向きで積極的な気持ちが、意思伝達装置などのコミュニケーションツールを使用することで社会参加を可能にします。事例の根底には、ヘルパーや家族の支援と、安定した医療・介護体制がありました。

質疑応答のあと、リハ協の寺島彰副会長の閉会の挨拶で、デイジー図書の製作には時間がかかり収益には結びつかない現状があり、2018年から試行的に開始した在宅障害者のリモート製作の経緯の説明がありました。今回の報告で、在宅障害者のリモート製作に一定の評価ができ、今後は事業化に向けて取り組みを強化していくそうです。

拝聴を終えて

2022年に成立した障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法など、私の知らない世界だらけ。元々どんな報告会か知らずに参加したのですが、報告会の流れはスムーズでわかりやすく、途中自分を恥じながら聴いていました。

東京都江戸川区立図書館で点字図書作成のボランティア活動を長くやっている友人がいます。最近はニーズが随分減ってきたとのこと。障害者への対応はボランティア任せという現実も含めて、図書館でできる支援は何なのか。考えるきっかけになれば幸いです。

追伸

後日、東京都障害者IT地域支援センターを訪ね、堀込真理子氏よりお話を聴きました。別途また機会がありましたらお知らせします。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

上へ戻る