第20回LLブックセミナー in 大阪市立中央図書館
図書館つれづれ [第134回]
2025年7月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

2024年8月から4回にわたって滋賀文教短期大学で開催されたLLブック(注1)作成研修に参加し、LLブックを作りました。この体験がなかったら、2025年2月に大阪市立中央図書館で開催されたLLブックセミナーに目を留めることもなく、参加することもなかったと思います。今年で20回を迎えるセミナーは、私が20年もの間存在を知らずにいたものでした。知らず知らずのうちに自分の中でいろいろなものが取捨選択されているのだなあと実感しました。

今回紹介するLLセミナーは、以下のとおり開催されました。

主催:知的障がい・自閉症児者のための読書活動を進める会
共催:大阪市立中央図書館
後援:社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会
企画・司会:藤澤和子氏(びわこ学院大学) 吉田くすほみ氏(ダウン研究所)

プログラムに沿って紹介します(敬称略)。

注1:特に知的障がいや発達障がいのある人々、学習困難を抱える人々、そして日本語に不慣れな海外からの移住者などが読みやすいように設計された本。「LL」とはスウェーデン語の「LättLäst」の略で、「やさしく読みやすい」という意味。

ご参考:第130回コラム
https://www2.nec-nexs.com/supple/autonomy/column/takano/column130.html

日本のバリアフリー絵本のあゆみと課題-バリアフリー絵本は、バリアを超えてきたか-
攪上(かくあげ)久子(バリアフリー絵本研究者・女子美術大学非常勤講師)

バリアフリー絵本とは、「障がいがある子どもたちのために配慮あるデザインで作られている絵本と、障がいについて描かれている絵本」を指します。

バリアとは、

  • 絵本にあるバリア
  • 読書環境に中にあるバリア
  • 人の考え方やこころの中にあるバリア

とし、障がいがある人が作った本も含まれるとのこと。障がいがある人が作った本は想定外だった私は、私の中のバリアに気づかされました。バリア(障がい)について描かれている本は、障がいの現実を社会に知らせる内容から、最近は障がいについて知ってもらう説明絵本が多くなっているそうな。

日本のバリアフリー絵本は、お母さんたちが子どもたちに絵を見せてあげたい、形を感じてほしいという手作りのさわる絵本から始まり、ボランティアによる手作り制作から事業化されていきました。攪上氏は、1981年の国際障害者年に始まる創成期からのボランティアによる手作り布の絵本やさわる絵本は、その普及に図書館が協力してきたといいます。反転文字、UDフォントやLLブックに至るまで、昨今の状況やLLブックの大人の本が子どもの本として扱われている課題などにも触れました。

私の中で一番心に残ったのは、「本を母語で読む権利」というキーワード。手話が母言語の子どもたちにとって、手話がイラストなどで付加されていても、「手話で読める絵本」は少ないといいます。なぜなら、それらは手話で読むために作られた本ではないからです。手話を知るための絵本であることがほとんどだからです。絵のもりあげ印刷ができるようになると、テキストは活字と点字で読める「点字付きさわる絵本」が出版されました。しかし、それは果たして目の不自由な子どもが読む対象として作られているのか? みんなで一緒に読める本は、果たしてバリアフリーなのか? という問いかけもありました。私は「点字付きさわる絵本」を見たことがなかったので、後日訪問した公立図書館で『てんじつきさわるえほん いないいないばあ』を見せていただき、攪上氏の言わんとすることが理解できました。みんなで一緒に読めるということは、障がいのある方にも健常者にも中途半端になるリスクがあります。バリアフリー絵本を作ると、本の「作り手」の作り方が変わります。図書館でバリアフリー絵本展を開いたことによりバリアフリー絵本が認知され、蔵書が増えました。本と本を読む人の「つなぎ手」が変わると、取り巻く環境も変わります。新たなバリアは問題ではなく、次のステップの課題と考えると結ばれました。

生駒市図書館での読書サポート事業-開始から3年目を迎えて-
生駒市図書館

奈良県生駒市図書館については、以前第36回Webコラムでも紹介したことがあります。
https://www2.nec-nexs.com/supple/autonomy/column/takano/column036.html

今回は、社会福祉法人などと連携し、月に一度の館内整理日(休館日)に1時間、図書館を知的障がい者の方に開放し、貸切状態で利用いただくという試みです。図書館の方なら休館日がどんな日かわかっているでしょうが、利用者には開放していなくとも、事務処理や本の整理と、やることはたくさんあるのです。それに1時間割くということは、準備や後処理も含めて大変な労力になるはずです。

行うのはボランティアによる1対1での代読や読み聞かせ。借りたい本があったら貸出手続きも行います。「代読」とは、基本1対1でペアになり、聞き手が読んでほしい本を代わりにわかりやすく読むことをいいます。読む本を聞き手が自分で決めるお手伝いもします。2021年5月に施設の方と出会い、ボランティア養成講座や開放事業の見学やステップアップ研修などを実施し、今の形態に至ったとのこと。

壇上には、図書館職員のほかに、施設の職員、施設を利用している利用者、ボランティアの方が並び、それぞれの立場での発表がありました。施設の利用者は繊細で、思わぬことに反応したりすることがあります。だから、一般利用者に迷惑をかけることなく自由に本を探し、お願いすれば代読もできるのは、施設側にも本人にもとても嬉しいことなのです。代読ボランティアの方からは、障がい者に対して神経質になり過ぎていた当初の戸惑いや、「本を読んであげる」から「一緒に楽しむ」信頼関係ができるまでの話を聴けました。図書館全体をバリアフリーにすることは一般利用者にも便利になることで、気負うことなくまず始めてみる。それを組織として対応しているのが生駒市図書館の素晴らしいところです。普通なら「面倒臭いし、何かあったらどうする」と、つい後ろ向きなところから始まるのに、この図書館は違います。現在は、市内8つの団体が館内整理日に利用し、そのほか、依頼に応じて随時施設に出向き、出張代読を実施しているとのこと。トライ&エラーは続きます。

中学生以上のダウン症の方を対象としたLLブックを使ったクッキング教室について
三木千鶴(ダウン研究所)

ダウン研究所は、大阪で立ち上がっている団体です。もちろん初めて知りました。
https://down-lab2020.com/

今回の事例発表は、毎月第2土曜日に開催されているクッキング教室。記念すべき第1回2020年6月のメニューは卵サンドでした。電子レンジとオーブントースターで安全に調理できるメニューがたくさん揃いました。親子で参加しますが、保護者は見守るだけで口出しもしないようにお願いしているそうです。紹介されたのはアップルパイ。実は料理初心者でも十分使えそうです。

LLブックの料理手順に従った料理の前に、事前に準備する材料のお買い物から体験し、終わった後のお金の確認までがプログラム。五感をしっかり使い達成感を得る総合的な学習プログラムです。自信がつくと、お家で家族に作ってあげる方もいるのだそうです。会場で料理のLLブックの販売もしていましたが、友人が買おうと思ったときは既に売り切れていました。

第20回LLブックセミナー 日本のバリアフリー絵本のあゆみと課題
https://www.oml.city.osaka.lg.jp/key/2024/1041_2025011701.html
https://www.oml.city.osaka.lg.jp/image_key/2024/1041_2025011701_05.pdf

セミナーへ伺って

後日、藤澤和子先生(びわ湖学院大学教授)のインタビューが掲載された図書館メルマガ1月号(大阪市立図書館メールマガジン第132号)を紹介いただきました。
https://www.oml.city.osaka.lg.jp/page/1868.html

先生が知的障がいのある人への読書支援に関心を持ったのは1995年頃からで、トロンバッケさん(スウェーデンのLL協会会長)のところに行き、いろいろ資料を収集していたそうです。そこで、第1回目の講師として日本にお招きし、2005年の開催にこぎつけたとのこと。当時、LLブックの本の存在など、図書館の人たちにも障がい関係者にも全く知られていなくて、セミナーの最初の5回目ぐらいまでは、講師を決めるのが大変だったそうです。これまでのLLブックセミナーでは、災害時の情報保障、学齢期の読書環境、代読サービス、マンガ、コロナ禍など、その年によって様々なテーマを設定し、多様な講師が講演しています。池上彰氏の時は申し込みが多く抽選でした。竹宮惠子氏の時は、ちょうどコロナ禍で、人数制限があったものの、後日動画公開をしたそうです。長年の取り組みが結実し、「公共図書館における知的障害者への合理的配慮のあり方に関する研究」という科研費(科学研究費助成事業)の研究発表をした際は、参加者がとても多く、反響が大きくて嬉しかったと応えていました。

会場で知り合った方は、学生だった10年前から毎年このセミナーに参加していて、今の就職につながっていると話してくれました。

近年、読書バリアフリー法が施行し、アクセシブル・ブックス・サポートセンターの発足、読書バリアフリーに関する出版5団体共同声明など、新たな動きが続いています。今後は、代読や図書館と福祉施設や支援学校のつながりが盛んになり、ボランティアの養成に力を入れる図書館も期待されます。図書館のバリアフリー資料の棚に、LLマンガ・LLブックを置きたい。この記事が、そんな図書館の参考になれば幸いです。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

上へ戻る