物語散歩(ある利用者の場合)
図書館つれづれ [第19回]
2015年12月

執筆者:ライブラリーアドバイザー
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

旅する図書館 ~図書館の本を使った情報発信~

今回は、図書館の話から少しそれて、図書館の“本”を使って情報発信している方のお話です。

知人がパートナーと組んで、“旅する図書館”という活動を始めました。“旅する図書館”は、偶然集まった旅の道連れと作り上げる、本を通して会話や体験を楽しむコミュニティサロンです。先日、その“旅する図書館”のイベントに参加してきました。「浅草物語散歩」と銘打っておきながら、歩いたのは浅草吾妻橋の往復きり。その往復に2時間かかりました。その間、吾妻橋のふもとをはじめ、隅田川に架かる橋にまつわる小説を、案内人は、まるで講談師のように語ります。酔いしれて、「それで、次は、どんな展開?」と引き寄せられたところで、映画館の予告編宜しく、「続きは、是非、本を手に取って読んでください」と、10冊の本の紹介がありました。その日の案内人が用意した地図がこちらです。

図:

密度の濃い、あっという間の2時間でした。見事な寸止めの話術に、案内人の物語散歩のルーツを知りたくなりました。

物語散歩とは

案内人の名前は堀越正光。千葉県習志野市にある私立高校の国語の教師です。
物語散歩のルーツは、「生徒に本を読んでもらいたい」という想いでした。先生自身まち歩きが好きだったこともあり、授業の延長で教室を飛び出して1996年から生徒とともにまちを歩く「東京物語散歩」を始めました。先生の物語散歩は文人ゆかりの場所を尋ねるというのではなく、「このまちの、この場所では、こんな物語があるよ」と紐解いて、生徒に興味をもってもらい読書へと導くのが狙いです。

高校生が対象だから、あまり堅苦しくなく文学にとどまらず口碑や伝説、漫画、歌詞、落語など、硬軟とりまぜた話題を提供しつつ、歩き回るという形になりました。「文学散歩」ではなく、「物語散歩」としたのもそのためです。コースを作る時は、以下のことを考慮します。

  • 10時から13時頃までの時間で歩きまわれるような行程であること。
  • 高校生にとって知名度の高い作家・作品に関する場所があること。
  • 案内できるスポットがある程度まとまって存在し、また、それらがあまり離れていないこと。
  • 国語に関する知的好奇心を深めることができること。
  • 作家や文学作品だけにとどまらず、広い意味での「物語」について触れられること。

物語散歩は、年に3回、気候の良い季節に、強制ではなく応募の参加です。旅行保険をかける最低条件の20人以上で実行ですが、生徒より保護者に人気で、肝心の生徒が参加できないこともあったとか。今は、生徒が参加なら保護者同伴もOKにしているそうです。本の作者は、取材のために必ずその舞台となる場所を歩きます。作者と同じ場所、同じ空気味わうことで、本と町の一体感を味わうことができ、「読んでみようかなあ」という気にさせてくれます。(私も早速、図書館で数冊借りました)

ホームページ(注1)にアップした、生徒と歩いた資料を宝島の編集者が見つけ、「本にしませんか?」と声がかかり、先生著作の「東京探見」の本ができました。先生は、出来たての本を持って、千葉の朝日新聞京葉支局に売り込みに行き、その本の記事が千葉版に掲載されました。その記事が東京総局長の目に留まり、連載コラムを書いてみないかと声がかかりました。こうして、2006年9月から毎週1回、東京版の朝刊に、物語を、その舞台となった場所とともに紹介する「東京物語散歩」の連載が始まりました。その時、先生が試にやってみようとしたことが2つ。

  • 同じ著者の本は紹介しない
  • 著者が違っても、同じ場所は紹介しない

しかも、取材費は出ないので、交通費のかかる遠くには行けません。東京都内だけで、この2つの条件をクリアして10年近くの連載。これって凄い数字だと思いませんか?同じ著者も同じ場所も書かない条件は、かなりのハードルの高さです。どうやって先生は本を探しあてているのでしょう?答えは、図書館にありました。

普段は忙しいため、情報を仕入れるのは夏休みなどの長期休みのウィークデイ。動きやすい服装で近くの市川市立図書館(注2)へ出かけます。「今日は、この棚!」と腹を決めたら、フロアに座り込んで、棚の本を1冊ずつ取り出し1頁毎めくっていきます。まさにアナログ作業です。「大の大人がフロアに座り込んで本を貪る」その様を、想い描いただけで楽しくなり、コラムを書くことにしたのです。

本の帯があれば、それも重要な情報源です。舞台となった場所を歩いていて立ち寄る図書館で偶然見つけることもあります。最近では、ちょっと目を通しただけで臭いを嗅ぎつける能力もついたとか。学校の司書の先生や卒業生なども情報提供に協力してくれるそうです。

先生が図書館を利用するもう一つの目的は、試験問題の元になる素材文探しです。流石に素材文探しを人に頼るわけにはいかず、人知れず棚に向かい文章を探します。良い題材に出会ったときは、「してやったり」の気分になります。人によって図書館の使い方って様々なんですね。

朝日新聞の連載は東京版なので、残念ながら千葉在住の生徒は見る機会がありません。それでも司書の先生が、翌日コピーを図書室に張り出してくれるそうです。連載に取りあげた場所の地図(注3)は、卒業生が作ってくれました。

生徒を連れての物語散歩について、始めたころと今の違いをお聴きしたら、コースのネタの密度が濃くなり、長く歩くことができなくなったとか。確かに吾妻橋近辺でも情報が溜まれば2時間の話ができるわけです。お店やタウン情報誌の方など知り合いも増えました。みんなが繋がっていくんですね。

生徒のほうはといえば、明らかに体力が落ちていて、当初は1日コースの散歩でしたが、今は午前中で切り上げるそうです。本を読む機会は減り、軽い本しか手に取らなくなったと話していました。硬派の出版物が売れなくなった現象に通じます。

今回の散歩で、隅田川には、言問橋、吾妻橋、厩橋、両国橋など多くの橋が架かっていて、其々に趣が違うのも発見でした。厩橋は夜になるとステンドグラスの灯りから馬の姿が浮き立ちます。墨田川に架かる橋が登場する小説は数多くあるけど、蔵前橋が舞台となる小説はまだ見つからないそうです。もしご存知の方がいたら教えてあげてください。

堀越先生と紫波町の出会い

堀越先生に、先生のことをコラムに書かせてほしいとお願いする際に、第17回のオガールプラザの記事を例に送ったところ、紫波町と素敵な縁がありました。
以下、私を介してのメールのやりとりの抜粋です。

堀越先生から

早速お示しいただいたサイトに飛び、紫波町図書館に関する文章を読ませていただきました。一読、目の覚める思いをしました。私にとって、図書館は存在して当たり前、利用できて当たり前のものでしたが、多くの人の手によって「今」できあがろうとしている場所もあるのだということを改めて認識しました。すばらしい活動だと思います。みなさんのお骨折り、本当に頭が下がります。

紫波町は野村胡堂さんの出身地なのですね。初めて知りました。
紫波町というと私にとっては、町になる以前、紫波郡と呼ばれていた頃、相当前に出た『紫波郡昔話集』が思い出深いです。三省堂から出ていた本を購入、利用して卒論を書きました。さすがに最近では本を開く機会もめったになくなり、学校の図書室に寄贈してしまいましたが、懐かしい名前でした。

紫波町図書館から

大変うれしいお知らせ、ありがとうございます。堀越さまの感想に、こちらが感激いたしました。 今、図書館に通ってくれている子どもたちが大人になる頃には、「図書館は存在して当たり前」になっているように、頑張っていけたらと思いを新たにしました。『紫波郡昔話集』、当館でも良くレファレンスで使用します。まさか卒論に使ってくださった方がいらしたなんて! つながりってわからないものですね。

図書館は「存在して当たり前」と思って利用される利用者もいれば、「存在して当たり前」を目指す図書館もあります。図書館は誰のための図書館なのか、そんな問いかけの一端になれば幸いです。




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図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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