「デジタル社会は子どもの読書環境をどう豊かにできるか?」シンポジウム
図書館つれづれ [第110回]
2023年7月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

2023年3月、東京大学CEDEP(注1)× ポプラ社 共同研究プロジェクトのオンラインシンポジウム「デジタル社会は子どもの読書環境をどう豊かにできるか?〜『紙』と『デジタル』のベストミックスの模索〜」を聴きました。2月に富山で開催された研究集会でも、紙とデジタルと分けるのではなく、お互いが寄り添う解決法があるのではと聴いたばかり。発達心理学で、子どもの発達には絵本や本が重要であると実証されている一方で、デジタルメディアが急速に普及し、子どもを取り巻く環境は変化しています。シンポジウムは野澤 祥子氏(発達保育実践政策学センター准助教)と里美 朋香氏(文部科学省大臣官房審議官)と普段耳慣れない機関の方々の挨拶から始まり、一瞬引いてしまった私。研究報告は理解できた範囲にとどまることをご了承ください。

研究報告:佐藤 賢輔氏(発達保育実践政策学センター 特任助教)

「子どもの読書における紙とデジタル - 期待・実態・課題」

2021年の未就学児を持つ保護者を対象にしたWeb調査アンケートでは、「読書が子どもの発達に重要である」という認識はあるものの、未就学児でもテレビ以外のデジタルデバイスを利用する機会が増え、読書に割り当てる時間は一日に10分程度。子どもたちは成長に伴い本を読まなくなる傾向があり、1カ月に1冊も本を読まない高校生は半分以上と、高校生の図書館離れとの相関関係が見えてきます。GIGAスクール構想で、学校では一人一台の端末を持つ時代。多くの子どもたちは、学校や家庭で動画や漫画をデジタルデバイスで頻繁に視聴しているものの、デジタル読書はあまり普及していないのが現状。子どもたちはデジタルデバイスに慣れているけど、できれば親は、子どもの発達によい影響をもたらす読書をしてほしいのです。

紙とデジタルの共同読みの実態調査結果では、内容の理解については双方にあまり差異がない結果が出たそうです。但し、内容理解が難しい本については、親子の質問も多くなるようで、会話を通じた行きつ戻りつする読み聞かせのメリットがあるのかなあと思いました。

電子書籍の読み上げソフトも随分と向上してきました。メディアの違いだけでなく、読む形態(視覚・聴覚)や言語も含め今後の電子書籍は多種多様な読書の可能性を秘めていますが、現実はまだ手探り状態とのことでした。

実践紹介:青木 いず美氏(群馬県甘楽町立福島小学校 司書教諭)

「GIGAスクール端末導入から2年 - 授業での電子書籍サービス等を活用した実践とその効果」

甘楽町には小学校3つと中学校があり、4校の各学校を月3日、学校司書が一人で掛け持ちしています。GIGAスクール構想により学校図書館は大きく変化しています。2021年3月に提供したカーリルの学校支援プログラム、ポプラ社の学校向けの電子書籍読み放題サービスYomokka!(注2)とインターネット版の百科事典Sagassoka!(注3)を活用した実践の紹介がありました。電子サービスは表紙が見えるのが好評で、お友達の情報もすぐにわかるから、他校の図書委員とおススメの本を共有したり、本はコミュニケーションツールにもなっているとのこと。授業中の様子では、デジタル画面の拡大機能を使いこなす子もいました。一方で、かこさとし著『かわ』の長い長い本をみんなで持って読んでいる姿には、紙もデジタルもメディアの特徴を活かし、用途によって使い分けている姿をみました。国語以外の教科でも、社会科や修学旅行の事前準備などにも使われていました。学校図書館が使えない夏休みは、タブレットを持ち帰りYomokka!を活用していました。デジタルはスキマ時間を有効活用できるのだそうな。ボランティアの方々による放課後の学校図書館開放があってからは、貸出数も随分と伸びたそうです。電子書籍は児童の選択の幅を広げ読書量を増やし、学校図書館の充実と利活用が、お互いの特徴を活かした相乗効果を生むと話されました。

実際に、修学旅行の前準備で子どもたちが、Webデータを駆使し計画書をWordで作っているのを目の当たりにしたことがあります。デジタル世界を生きる子どもたちは、私たちには想像できない未知の力を秘めています。

指定討論:秋田 喜代美氏(学習院大学 教授/東京大学 名誉教授)

「デジタル社会は子どもの読書環境をどう豊かにできるのか?」

コロナ禍という非日常の経験をとおして、改めて、豊かさとは「全ての子どもたちが主体的に知的体験を選べること」と定義され、そのために「大人は何ができるのか?」「ベストミックスする主体は誰なのか?」の二大質問を投げかけました。

途中から、千葉 均氏(株式会社ポプラ社 代表取締役社長)も加わりました。「豊かさとは」の質問は、登壇した講師にもインパクトがあったようで、皆さんしばし考えて応答されていました。皆さんなら、どう答えますか?

トランスメディアという言葉も初めて知りました。必要な時に必要なメディアを使うという意味なのだそうな。

紙媒体と電子媒体を柔軟に選択できるのが望ましいという一方で、公共の学校の8割が電子書籍導入の予定がないという現実。併せて、公共図書館では電子書籍を導入する代わりに図書費を削るという状況も増えています。電子書籍の導入予算が大きな壁になっている中、小さな町が協力して導入する比企eライブラリ(注4)についての紹介もありました。公共図書館でも長野県の市町村と県による協働電子図書館「デジとしょ信州(注5)」の例があります。みんなが工夫して使えるような仕掛けができるといいですね。

その後、ディスカッション・質疑応答と続きました。気に留めた言葉を幾つか紹介すると、

  • 人間の豊かさとは、世界はおもしろいものであふれていることを知ること
  • 小さな子は、指さして本を読む・なめる・かじる・ページをめくる行為の中で、本を読むという体験をする
  • かつて遠くに出かける時は小さな絵本を持ち歩いたように、デジタルデバイスをスキマ時間にうまく使う
  • その子だけのデジタル作品を作ることも可能
  • 子どもも親もワクワクする体験を共有することが大事

以前JEPAのセミナーでもあったように、マルチメディアデージーや手話が付いたYouTubeに読み上げソフトや多言語化など、デジタルの今後の可能性の話があり、遠藤 利彦氏(東京大学大学院教育学研究科 教授/発達保育実践政策学センター センター長)の閉会挨拶で終了しました。

シンポジウムを終えて

物心ついた時からデジタルに囲まれているデジタルネイティブには、紙の本を手に取ってもらう読書習慣は難しいのかなんて思いながら聞いていました。デジタルデバイスの使い方も、子どもたちの方が親より詳しいのが現実で、学校司書も子どもたちに教えてもらうこともしばしばとのことでした。聴講の後に、同年代の知人を訪ねたら、最近スマートフォンを買い替えたばかりで操作に四苦八苦していました。生まれた時からデジタルに囲まれている世代にかなうはずがありません。

子どもへの読書の期待はわからなくもないですが、大人の課題は、環境を整えてあげることで、まずは大人が本を読む習慣を作り、電子書籍を読んでみるのが先決かなあと思いました。かくいう私も、実は電子書籍は読みません(苦笑)。

私立学校では電子メディアを提供し様々なサービスを利用している一方で、公共の学校ではまだまだ少なく、ますます環境の違いが教育格差を生んでいく危惧も感じたシンポジウムでした。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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