心理学を職場の人間関係に生かす
図書館つれづれ [第74回]
2020年7月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

まだ在職していたころ、ひょんなことがきっかけで、産業カウンセラーの養成講座を受講しました。「悲しいです」と言う話し手に、「悲しいんですね~」とおうむ返しの練習(と、当時は感じていました)。それで何が解決するのかさっぱりわからず反抗ばかりしていた私に、ファシリテーターは、「授業料も払っているのだから、ここは素直になってみたら」と諭してくれました。資格を取得したものの腑に落ちず、通信の心理学科を受講し、幾つかの資格にも挑戦しました。7年ほど経ったころ、やっと人のこころに寄り添う意味が少しだけ理解できるようになりました。折り紙付きの落ちこぼれは、今も同じです。

今回は、いつもとガラリと視点を変えて、人のこころや心理学を生かした職場での人間関係について考察してみようと思います。

傾聴ということ

傾聴とは、相手の感情・気持ち・考え方を受け入れて、共感しながら話を聴くことを言います。ところが、これがとっても難しいのです。私たちが人の話をありのままに聴けないのには、色々な理由があります。自分の関心のあることだけ注目したり、相手を正しい/間違っていると評価したり、事柄が気になって5W1Hで問い詰めたり、課題は改善しなければとアドバイスや指示を出したりもします。相手を慰めたり、励ましたり、あの手この手の優しいそぶりも、実はお節介でしかありません。常に問題にどう対処するかを訓練してきたから、「辛そうだね~」は聴き手の価値観、「辛いんですね~」は相手の気持ちに寄り添うくりかえし、これを理解するのに7年もかかったというわけです。

生き方の癖について考える

私たちは、怒り・怖れ・喜び・悲しみ・嫌悪・驚きの6つの感情を持って生まれてくると言われています。それは、この世で生きていくため、自分を守るために備わった力です。でも、私たちには、それ以外の色々な感情があります。それは、小さいころの親しい人たちとの接触を通して得た生き方の癖で、さまざまな行動へとつながっていきます。

例えば、同じ行動でも、自分がやりたくてやっているときと、上司から言われて渋々おこなうときでは、感じる気分が違いませんか?私たちの感情は身体・思考・行動と密接な関係があるのです。小さいころから培われた思考・行動・感情の自分用の色眼鏡を通して、その人固有の考え方や価値観を身に着けています。

特に顕著に表れるのは、その人固有の思い込みです。例えば、「あの人は私のこと嫌いに違いない」と、事実を確認したわけではないのに、自分で勝手に決めつけてしまう人。例えば、「まわりはみんな私のことをバカにしている」と、物事を大げさに捉える傾向がある人。みんなって誰のこと?と聞いていくと、必ず少数の人の意見を誇張していることに辿り着くのです。思い込みは本人の生き方の癖です。「お母さんに一度も愛されたことがない」と言う方がいます。よくよく聞いていくと、小学生のころ90点を取って喜んでもらえると勇んで帰って報告したのに、お母さんに、「どこ間違ったの!?」と言われてガッカリしたトラウマがあったのでした。本当は一緒に喜んでほしかったから、マイナス感情がこころに刻まれてしまったのです。人の思い込みは、まだ小さくて自分が客観的に判断できなかった幼児のころの出来事がトラウマになっているケースが大半です。その他にも「もう自分はダメだ」などと自分の価値を勝手に決めつけるのも思い込みからきています。

そんなときの対処は、まずは必ず立ち止まって疑ってみることです。「本当にそうなの?例外はなかったかしら?」ちょっと思うだけで冷静になれます。そして、自分の生き方の癖を自覚することです。直ぐには治らなくても自覚すると立ち止まることができます。

人間関係の改善に生かす術

仕事での人間関係は、家族や友人のように濃いつながりではありません。けれども、1日の多くの時間を費やす場所でもあります。仕事上の多くのトラブルは、人間関係にあるといっても過言ではないでしょう。良好な人間関係が築けるのに越したことはありません。

良い人間関係を築くには、いくつかのキーワードがあります。まずは相手に尊敬の念を持つことです。それは、年齢・性別・役割などの違いがあっても人間の尊厳には違いがないということです。組織ではそれぞれに役割があり、立場によりミッションは異なります。部下は最終的には上司の意見に従わなければいけないこともありますが、仕事を遂行する中で意見を述べるのは平等です。対等な存在だと認めて意見を述べ合える雰囲気を作ることも上司のミッションではないでしょうか。仕事上で陥りやすい例を示しながら対処方法を紹介します。

1) 伝えるときは、“Youメッセージ” → “Iメッセージ”で

感情の中で厄介なのは怒りの感情です。皆さんは怒ったことはありませんか?私は在職中しょっちゅう怒っていました。心理学を学び始めて気づいたことは、怒りには怒る理由が自分の中にあるということです。それは相手を支配しようとする気持ち、期待の裏返しです。本当は自分が寂しかったとか、一緒にいてほしかったとか、怒りの裏に隠された感情があるのです。例えば部下に、相手を支配しようとする怒りの感情“You メッセージ(「仕事を途中で投げ出すな!」)”で押し付けるのではなく、事実と主観的感情をまず分けて、怒りの裏にある感情“Iメッセージ(「私は、あなたが最後までやり遂げるのを期待していたから、がっかりしたのよ」)”で、伝えてみてはどうでしょう。

それでもマイナスの感情が起きることはあります。そのときは、「こんなふうに考えるべきでない」と、べき論で終わらせずに、起きている自分の感情は素直に受け入れて、人のせいにするのではなく、その感情の裏にどんな期待があったのか、その先の自分に何ができるかを考えればいいかと思います。

2) But → Yes,but Yes,and

例えば、上司から、一方的な指示が出たり、頭ごなしに自分の考えを批判されたりしたとき、「でも、でも」と自分の弁護ばかりした経験はありませんか?実は私がそうでした。相手の言い分を受け止める余力がなく、自分に鎧を付けて防御することばかりに一生懸命でした。そんな戦闘態勢の人の話に耳を傾けてもらえるはずがないと、今なら理解できます。

相手の意見にもその人の考え方や意図があるはずです。相手を尊重し、「あなたはそう思っているのですね」と、一旦相手の気持ちを受け止めた後に、「だけど私はこういう理由でこう考えますが、如何でしょうか?」と言えば、もっと自分の意見も聴いてもらえたかもしれません。さらによいのは、「でも」と続けるのではなく、「では、この場合はどうでしょうか」と、andで続ければ、相手の自尊心を傷つけずにすみます。実は、このコミュニケーション方法は、クレーマー対応にも役立ちます。

3) 私だけ → 人は平等でも個々は不平等な人生

例えば、「本当はリファレンスの仕事重視でやりたいのに、私には雑用の仕事ばかり任される」「私だけが損をする」と思っている方はいませんか?思えば、私もよく言っていました。「私だけ何故?」と相手を批判していても何も変わりません。世の中は、人としてみれば平等ですが、個々に生きている人生は、それぞれ不平等なものなのです。「みんな同じであるべき」という固定観念は捨てることから始めましょう。本当に嫌ならやめるという選択肢はあなたの手の中にあります。

4) リフレーミング(枠組みを変える)

今起きている現象が愚痴をいって変わることかどうか考えてみることです。自分に嫌な仕事が回ってきたとき、「私だけ」と愚痴るのではなく、「私が必要とされているのね」「この仕事が回ってきたのも、きっと縁があるのよ」ぐらいに、ちょっと見方を変えると仕事も楽しくなることもあります。コインにも裏表があるように、ちょっと見方を変えると、楽になることもあります。

5) あなたが今悩んでいるその悩みは、悩んで変化が期待できますか?

私たちは往々にして、悩まなくてもすむ人の課題まで引き受けてしまいます。まずは、自分の課題と人の課題を分けましょう。そして、自分を悩ませていることが、不満や悩みをいっても状況に何も変わりがないのであればやめて、少しでも状況が改善することに目を向け、小さな変化を探すことから始めましょう。

6) リスクやトラブルを避けるのではなく、どう向き合うかが大事

リスクを必要以上に嫌がるのは、私たちが農耕民族であったことにも起因すると言われています。狩猟民族は、今日食べるものが手に入らねば生きていくことができません。だから餓死のリスクもまた楽しむことができる、そうしないと生きていけないからです。一定の安定した供給の中で生きているから、変わることを嫌うのはその血のせいかもしれません。そうは言ってもリスクやトラブルはなくなるわけではなく、起こったときにどう向き合うかで人の生き方は変わってきます。

さいごに ~言語情報以上に大切な情報~

人とのコミュニケーションは言葉の応対だけと思っている方はいらっしゃいませんか?実は、私たちが人から受け取るメッセージは、言語と聴覚情報と視覚情報の総和で成り立つというメラビアンの法則というのがあります。

総和=言語情報(7%)+聴覚情報(38%)+視覚情報(55%)

例えば、言葉では「おめでとう」と言っていても、顔が引きつっているなど、矛盾した態度やメッセージを受けると私たちは不快な感情になります。こころから言っていないことを察するのです。この法則でいくと、言語はわずかに7%。「部下に注意を与えるときは、メールではなく直接話すように」と言われたことはありませんか?目の前にいれば、部下の声のトーンや口調、さらには顔の表情などで、本人の意向を察することができ、応対の仕方も変えることができるのです。

聴覚情報には声のトーンや強弱、間の取り方などがあります。自信がないときは、無意識に声が小さくなったりしますよね。そして、メッセージの中でも視覚情報が大きなウェイトを占めています。人と話しているときに、相手が腕組みをしていたり足を組んだりしていれば、話すほうは気持ちよく話せませんね。私は思い当たることばかりで穴があったら入りたいぐらいの前科者でした。

相手とコミュニケーションをするということは、相手をよく観察することでもあるのです。お互いを尊重し同じ目標に向かって行動する、そんな職場環境が作れるといいですね。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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