兵庫県宝塚市立図書館は、かつて私たちのシステムを提供していた図書館です。その時担当だった藤野高司さんが2024年4月から館長になりました。システムと関わりがあったころは、図書館がどんな活動をされているか興味もなかったし、そんなゆとりはありませんでした。
藤野館長から、宝塚市市制70周年を記念して、「70年分の町の記憶を70分で振り返る&マチ文庫新作発表会2024」と題したイベントをやるとのお誘いがあり伺ってきました。今回は、退職して離れて初めて知る、図書館の活動の話です。
市制xx周年記念というと、突然予算がついて、よく吟味できないうちに打ち上げ花火をあげて終わるケースをよく聞きます。
今回の、ちょっとユニークで、70周年記念にふさわしいイベントを仕掛けたのは、編集者で宝塚市在住の岩淵拓郎氏。
会場には、70年前にさかのぼり、A5サイズ1枚の紙が70年分1年ずつ70枚ずら~りと並び、表には、年号とその年の宝塚の出来事と日本・世界の出来事が幾つか書かれています。その紙を1枚引いて、各自が1分でその年の思い出を語りながら振り返るという志向です。プロジェクターの表示とタイマーは自動で、切替わりに待ったなし。いきなり年号を言われても思い出せませんが、年号の紙の裏に仕掛けがあって、手帳の年齢早見表のように、その時自分が何歳だったかわかるようになっていました。
本当は参加者70人が各自1枚引いてのつもりでしたが…さすがに70人は集まらない。ましてや70年前、私はすでに生まれていますが、若い方は自分の思い出は語れません。それでも、皆さんが数枚担当して、生まれていない年号の時は、書かれているトピックスから自分の想いを伝えて1分リレーを繰り返しました。手間暇はかかるけど、お金をかけているわけではない、70周年に相応しい素敵な時間となりました。これは、他の図書館でも応用できそうですし、語り合う人が違えば全く違うものになりそうです。会場には宝塚を振り返る写真も掲載されていました。
宝塚市は、宝塚歌劇や手塚治虫記念館で知られる街ですが、温泉に古墳に近世の宿場など、それ以外にも魅力がたくさんあります。公益財団法人宝塚市文化財団(注2)が主催する「宝塚学検定」は2010年から実施され、宝塚学検定を通じて、様々な魅力をもつ宝塚についての知識を広め、宝塚への愛着を深めてもらうことを目的としています。「宝塚学」本も出版されていますし、検定用の問題も販売されています。ちなみに、問題用紙に目を通しましたが、私は一問も解けませんでした。検定にはランクがあって、上級の博士になると、「宝塚学博士の会」への参加資格ができ、博士の知識を発揮して街歩きなどの活動を行っています。
マチ文庫の前身は、「わたしのマチオモイ帖プロジェクト(注4)」だそうな。日本各地のクリエイターが、大切なふるさとや想いが詰まった町を、冊子や映像にして展覧会などで届ける活動です。ゆうちょ銀行との共同プロジェクトでは2013年よりカレンダーも作っています。宝塚市では岩淵氏も関わり、2014年にイベントを開催したことがありました。でも、プロの作った作品の展示が、宝塚市民にとって意味があるのかと疑問が残りました。そこで、そのアイデアを受け入れつつ、宝塚独自のものができないかと生まれたのが、町の記憶や記録・興味・想い出を1冊の本にして未来へと繋げる、宝塚市立図書館の市民アーカイブ「マチ文庫」でした。
マチ文庫は、市民主導の市民アーカイブの構築ならびに市民の編集力・発信力の向上を目的として、2015年に宝塚市立図書館のプロジェクトとしてスタートしました。
応募条件はとても緩やかです。例えば、
など条件はありますが、基本は4冊納品して、一般の本と同じように貸出すこともできます。1部は図書館内にある、鉄斎美術館の寄贈を受けて設立された美術関連図書の特別閲覧室「聖光文庫(注5)」で閲覧できます。
図書館のホームページ上から作品一覧を見ることができ、2023年6月現在108冊が収蔵されています。イベントでは、今年のお披露目9冊のうち、4冊の著者から直接お話を聴くことができました。人生の途中で縁あって宝塚に引っ越してきて地元を知りたいと思った方、定年後に地元に興味を持ち本づくりにいそしむ方など、きっかけは皆さん様々です。Kindle(電子書籍)にトライした若い方もいました。中には、手元の写真整理が動機でしたが、年に何回か開催されるワークショップで厳しい指摘を受け、一時は落ち込んだという方がいました。それでも、試行錯誤をするうちに気づくことがあり、今ではマチ文庫の本づくりが生きがいになっていると話してくれました。
こちらは、当日、直接いただいた本。なかなか本格的な内容です。
奥付に、「宝塚学検定」の文字がありました。2019年からは、宝塚市文化財団が、宝塚の文化芸術振興の推進母体として、宝塚学検定との連携をはじめ、企画の支援・協力を行っています。 上の本は、そんな博士の会の皆さんが作った本だったのです。「マチ文庫」の活動は、街を知ることから始まりますが、やがて街を知ってもらう側に繋がっていく素敵な活動でした。
とはいえ、課題がないわけではありません。個人情報が記載されていたり、個人の気持ちが強いから主観的な面が強く、客観性には乏しい。でもそこを逆手にとって、主観が入っているのがわかっているからこそ面白いのだそうな。
岩淵氏は、2019年にヒットした映画「ニューヨーク図書館」に大きな刺激を受けました。そして、シカゴの図書館でおこなわれた、シカゴの青少年交流プログラムの『YOUmedia』(注6)の話をしてくれました。YOUmediaとは2014年に亡くなった詩人、Brother Mikeがつくりあげたティーン向けの学び場で、詩や執筆を学ぶワークショップです。ラップを世界に広め、ラップを鬱屈した音楽からメジャーにしたきっかけを作ったのだそうな。
一次資料が山ほどある図書館は、ハブにはなっているけど、直接結果が残らないといいます。アメリカのように、図書館の可能性を信じ、図書館はいろいろな使い方があっていいし、マチ文庫もこれから先も変化し続けてほしいと語ってくれました。
宝塚市立図書館の壁の雑誌コーナーの上に、『ツレがうつになりまして。』の著者である細川貂々さんのイラストが飾られています。
貂々さんは大の宝塚歌劇ファン。好きが高じて宝塚に引っ越してきました。縁あって、図書館内の聖光文庫で2017年に宝塚歌劇の歴史をたどる『細川貂々のタカラヅカ夢の時間紀行展』を開催したことがあります。壁のイラストはその時に、文庫内の大きな机で皆さんと話しながら、即興で下絵も無しに描いた作品だそうです。以降、宝塚ファンの司書とも親しくなり、貂々さんの方から申し出があり、2019年より月に一度図書館内で「生きるのヘタ会?」を開催しています。参加者同士の対話のやりとりを通して、自分の生きづらさについて考える場として、貂々さんが進行役を務める、生きづらさを感じている人のための対話の場。開催日は図書館だよりで知らされます。貂々さんのやりたかったことと、図書館という敷居の低いセーフティネットだからこそのwin-winで実現した会は、お互いの関係性をじっくり育んで実現しました。貂々さんは今、宝塚の広報誌に4コマ漫画も担当しています。
利用者の利便性を考慮して、夜間は予約本受取ロッカーが図書館の前に置かれます。盗まれないようワイヤーで繋がれた姿は手作り感満載。前日は休館日でしたが、職員が中で作業をしたら、やたらと人の行き来があります。図書館は「市民トイレ」になっていました。駅はすぐ傍にあるけれど、やっぱり図書館は敷居が低いのです。トイレを借りた方が、「市民ではないですが、来てもよいですか」と聞いていました。「もちろん」と、来館者一人ゲットしました。こうやってみると、図書館は本当に地域に寄り添う活動をしているのですね。