2022年7月に開館した石川県立図書館(注1)については、第106回コラムで、行政マンである元石川県参与の水野裕志氏の図書館の基本構想から開館までの講演を紹介しました。
今回は、2023年5月に石川県下の図書館を見学した第一弾で、田村俊作館長(慶應義塾大学名誉教授)に案内していただいた石川県立図書館の報告です。
石川県立図書館は、一言で言って、「一言では言い表せない!」とにかく広い! 3月に事前に訪問した時には丸いイメージしか残っていなかったのですが、実は建物は四角なのです。約30万冊の開架に、あちこちに散らばる500の閲覧席。4階までの吹き抜けの空間は、「豆腐の中にすり鉢を落とした!」とは、なんとも的を射た表現でした。
2017年に発表した『新石川県立図書館基本構想』には、これからの図書館に求められている機能として以下の3点の基本コンセプトが示されています。
県民の多様な文化活動・文化交流の場として、県民に開かれた「文化立県・石川」の新たな“知の殿堂”として作られた図書館は、若い利用層の獲得を意識した演出が目立ち、今までの図書館の概念を一掃させます。
「会話のできる図書館」を掲げ、おしゃべりも携帯電話もOK。静かに本を読みたい人には予約席のサイレントルームが設置されています。撮影ももちろんOK。返却はカウンターではなく館内の入り口などにある返却ポストを利用します。検索・座席予約・セルフ貸出が一体となったセルフステーション端末が館内のあちこちに設置され、窓口の定型業務は業務委託です。
館内は、大きく「閲覧エリア」「こどもエリア」「文化交流エリア」の3つのエリアに分かれています。建物が丸く感じるのは、館内中央4階までの吹き抜けた円形空間に、「本と出合う12のテーマ」の本棚が円形に並んでいるからでした。「子どもを育てる」「仕事を考える」「暮らしを広げる」「文学に触れる」「好奇心を抱く」など、テーマごとに担当司書が約7万冊の本をピックアップしできるだけ表紙が見えるように展示する面出しも工夫しています。利用者は緩やかなスロープを巡りながら本との出合いを楽しみます。個人的には、スロープは足腰の弱っている人にとっても辛いし、車椅子を押す人にも電動にも負担になるのではと感じましたが、車椅子の傾斜基準内(10度)のスロープとのことでした。
一部の円形本棚の反対側は椅子になっていて、スロープのせいか、丸い建物のせいか、はたまた情報量が多すぎるせいか、なんとなく座って一息つきたくなります。迷子になってどこにいるかわからなくなり、カウンターに来られる方もいるようです。
円形閲覧空間の奥には、従来のNDC分類別ゾーンや郷土資料コーナーやレファレンスブックコーナーがあります。図書館を360度見渡せる3階のブリッジには閲覧席が設けてあり、天井を見上げると、加賀五彩を用いて東西南北を色分けしたフラッグが方角を示してくれます。よく見ると、通路も家具も同様に色分けされていました。加賀五彩は、利用者カードのデザインにも使われています。
一般閲覧エリアとは雰囲気ががらりと変わり、年齢や興味に合わせて遊び心たっぷりのゾーンに色分けされています。子どもが喜びそうな隠れ部屋があったり、部屋内をアスレチックが張り巡らされていたりして賑やかでした。石川の里山をイメージした屋外空間もあります。
約140人が収容可能な階段状の「だんだん広場」は、イベントがない時は開放されています。最近の図書館建築では、イベント広場は流行りのようです。食文化体験スペースではオープンキッチンを備え、モニターに調理の様子や解説を映し出すことができます。ほかに3Dプリンタやレーザーカッターなどを備えたモノづくり体験スペースと研修室が文化交流エリアの2階に、グループ活動室と対面朗読室は閲覧エリア、授乳室はこどもエリアにあります。場所貸しもしているそうです。
好きな言葉を選ぶと、その言葉に関連する本がプラネタリウムの星々のように浮かび上がる「ブックリウム」は、私たちの言語センスや使い方のせいかもしれませんが、微妙にわかりづらい空間でした。
一般に公開されていない事務室や閉架書庫も見学させていただきました。ブックグラインダー(汚れた本の小口を削る機器)には、同行の司書の皆さんから羨望の声が上がりました。欲しいけど高額なのだそうです。一般閉架のほかに貴重書庫も整備されており、県指定文化財など貴重な資料が保管されています。
1階のカフェも大賑わいです。特別展や企画展なども目白押し。観光バスも停まっていて、金沢の観光にも一役買っているようでした。
見学の最後に、田村館長から、館内に地元の工芸作家の作品が何気に飾られていることを紹介されました。図書館と道を挟んで金沢美術工芸大学があり、今後はコラボも期待できそうです。もっとすごいのは、金沢駅はちょっとしたプチ美術館だということです。駅ではホームの案内に目が行きますが、実は駅舎内の案内板の両脇の柱にはすごい方々の作品がはめ込まれています。県立図書館の愛称は、「百万石ビブリオバウム」。金沢という街は百万石の文化を継承し、普段から本物に触れられる環境を羨ましくも感じました。
テーマ展示は、司書の裁量と準備に多くの時間が割かれます。同行した司書の皆さんは、テーマ展示とNDC分類などで排架が割れていることでレファレンスに支障はでないかと、早速質問していました。従来の利用者からも本が探せないという声もあるということでした。かといって、NDC分類が全てではなく、この辺りは各図書館の方針が大きく左右するようです。
気になったのは、図書館の所管が知事部局へ移った影響でした。他の部署との連携を取りやすくし、予算も取りやすい体制になった利点もありますが、県立図書館が教育委員会の組織から所属が外れるというのはどういう影響があるのでしょう。
日本の公立図書館(国会図書館、都道府県立図書館、市長村立図書館)はピラミッド構造ではないことは認識しています。それでも、市町村立図書館では所蔵できない本を所蔵し、県内の相互貸借の巡回などは県立図書館が担う役目と思っていました。教育委員会から所属が外れたことで、図書館間の相互協力や読書推進活動などへの関わり方も今後は変わっていくのかもしれません。華やかな演出で県民に存在を知ってもらうことも大事ですが、県立図書館の根幹の基本的な役割にもスポットを当ててほしいと思うのは、私の観念が古いのかもしれません。
夜の懇親会には、県立図書館の職員のほかに近隣の公立図書館の方も加わり、総勢20人近く集まっての意見交換となりました。 新しい図書館がどこへ向かっていくのか、課題も多いでしょうが、田村館長の笑顔が全てを受け入れているように思えました。