瑞穂町の挑戦
図書館つれづれ [第65回]
2019年10月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

東京都瑞穂町は埼玉県との県境にある人口約3万3千人の小さな町です。ミュージシャン大瀧詠一氏が住んでいたことでも知られていて、今も定期的にファンの集いが開かれています。基地のゲートは瑞穂町にはありませんが、米軍横田基地に隣接する基地の町でもあります。

図書館関係者にはおなじみの毎年パシフィコ横浜で開催される図書館総合展のフォーラムに、瑞穂町企画部企画課の宮坂勝利課長(以下、「宮坂氏」)が、今まで三度も登場されていたのを、うかつにもお会いするまで知りませんでした。自分の情報がいかに偏っているのか思い知らされた次第です。

今回は、町のキラーコンテンツを発掘・収集し、他自治体との差別化を図りながらデジタル化して、知の拠点としての図書館・郷土資料館に挑んでいる、宮坂氏を筆頭にした瑞穂町の挑戦のお話です。

図書館に配属されて

宮坂氏は埼玉県飯能市在住で瑞穂町の方ではありません。縁あって町の役場に就職しました。

秘書広報課に所属されていたときに、日本初の試みで防衛省へ1年ほど出向していたことがあります。基地の町では円滑なコミュニケーションをはかるために、そんな交流もあるのだそうです。

出向から戻ってしばらくして、図書館の3階にある郷土資料館を、防衛省の補助金も利用して移転、新築しようとの話が持ち上がりました。瑞穂町図書館本体は1973年に当時の防衛施設庁の補助金で作られ、かなり劣化が進んでいます。エレベータはないし所蔵庫は限界で本当は図書館ごと建て替えたいところですが、補助金の縛りの関係で、建築後60年間は取り壊しや移転ができません。まだ10年は図書館として新規移転ができないのです。建物の減価償却60年って厳しいですよね~。

そこで、郷土資料館部分を図書館から移転して新築することになり、防衛省とのパイプがある人材がよいだろうと、2013年に宮坂氏が図書館と郷土資料館の館長を兼ねて異動してきました。

配属早々に宮坂氏は、役場の中での図書館の扱いの低さと、利用者に利用されていない図書館の現実を突きつけられます。当初「図書館運営のことは気にせず」と言われた辞令でしたが、「図書館や郷土資料館をもっと利用者に知ってもらい、役場の中でその存在をアピールしたい!」と、宮坂氏のこころに火がつきました。図書館振興財団から4度も助成金を勝ち取ったデジタルアーカイブは、単なる検索技術だけではなく、図書館と資料館の連携や、町をもっと知ってもらうためのインフラづくりでもありました。文化庁や他の補助金も利用しながら、地域文化の発展に貢献するために、以下の3段階のステップで実現していきました。

  • まずは町の資料をデジタル化
  • 「みずほ町探検アプリ」のまちあるきで存在を知ってもらう広報活動(双方向の一歩手前)
  • 学校に出向いてのデジタル地域資料を使って「ふるさと学習みずほ学」による深い学び(双方向)

そんな挑戦の実態を見ていきましょう。

瑞穂町郷土資料館「けやき館」(注1)

2014年11月に開館した瑞穂町郷土資料館「けやき館」は、入ってすぐに度肝を抜かれます。エントランスの足元には瑞穂町周辺を高度約1700mから撮影した航空写真「バーズアイ瑞穂」が一面に広がっているのです。専用アプリをダウンロードしたスマートフォンやタブレットを、地図の一部にかざすと、画像認識でデジタルアーカイブソフトと連携します。例えば、小学校に端末をかざすと、小学校の今昔写真に小学校校歌という具合に。目で、音で、瑞穂町を堪能することができます。

瑞穂町では、基地は「良き隣人」として対応しています。横田基地に赴任する軍人や家族、関係者にも瑞穂町を深く知ってもらうために、デジタルアーカイブに英文訳もつけました。横田基地の前身は、日本陸軍多摩飛行場です。でも、日本陸軍多摩飛行場時代の資料は、敗戦直後全て焼いて処分したので公式文書はほとんど残っていないそうです。そんな中でも資料館2階には瑞穂町と横田基地の展示があり、そのこだわりの無さに、「基地があるのは事実」として受け入れている潔さを感じました。余談ですが、戦後2000棟あったというアメリカン(米軍)ハウスに、今も住んでいる方々がいます。

館内に再現された狭山丘陵の雑木林には、狸の本物の足跡がジグザグに導いてくれ、小さなトンネルをくぐると、狸と同じ目線を体感できます。ちなみに、狐は狸と違って真っ直ぐな足跡だとか。狸の足跡は元上野動物園の園長から、そして、展示されている蝶や昆虫の標本は地元の方からの提供と、いろいろな方々が全面協力しています。

「地形シアター」では、プロジェクションマッピングを活用して、町の生い立ちから現在までの変化を立体的に学ぶことができます。シアターは他でも見かけることがあるのですが、学芸員さんの素材選びがよいのか、ぐいぐいと引き込まれていきました。

昔の暮らしを再現した古民家の部屋は、立ち入り禁止どころか、囲炉裏を囲んでのむかし話などのイベントがほぼ毎週開催されます。瑞穂町の現在5軒で作られている多摩だるまは、常設展示だけではなく、Web上では360度全方向から顔の違いなどを確認できます。今は途絶えてしまった村山大島紬は、かつて宿場町だった瑞穂町の産物でした。村山大島紬も展示に加え、デジタル公開していて細かな柄を堪能できます。館内は、今昔を懐かしみ楽しめる満載な工夫や、色々なイベントが開催されていて、図書館が仕掛けるデジタル地域資料と郷土資料館との連携はばっちりでした。

デジタルアーカイブを活かす

まちの文化のインフラとして整備されたデジタルアーカイブは、それを利用して、まちを再発見し、調べたり、楽しんだりと、さまざまな取り組みをしています。それらの例を2つほど紹介します。

1.瑞穂町探検アプリ

瑞穂町では「きらめき回廊計画」という町内の見所を繋ぐルート整備を進めています。町内を、「狭山丘陵と展望のゾ-ン」、「農と歴史・文化のゾーン」、「史跡と水をめぐるゾーン」に分けて、先ほど紹介した画像認識技術を応用し、実際に町中を散策しながらスマートフォンやタブレットを利用して名所の由来や説明を知ることができます。スタンプラリーの機能や、地域資料のデジタルアーカイブへもリンクしています。

2.「ふるさと学習みずほ学」

瑞穂町教育委員会が推し進める施策のひとつで、地域を知り深い学びに繋げようというものです。各小・中学校と連携してデジタル資料を学校の教材として使っています。例えば、瑞穂町内には‘ザクザクババア川’という不思議な名称の川があります。「ふるさと学習みずほ学」を使って、どんな川なのか、どんな生き物が棲んでいるのか、近所のみどころは何かをクラスで調べていく中で創作された話を、紙芝居に子どもたちが自ら仕立て上げました。せっかくの大作なので、本物の紙芝居とデジタル紙芝居に仕上げようと、文は図書館司書の西村優子氏が、絵は大瀧詠一を語る会に参加しているプロのデザイナーが書いてくださったそうな。

途絶えてしまった村山大島紬の絵柄を思い思いにデザインして缶バッジを作った授業もありました。絵柄には自分の名前も刻まれていて、郷土の名産との一体感を楽しめた学校での思い出の記念になりました。

教育委員会からは「やり過ぎ!」とお叱りを受けることもしばしばだとか。でも、宮坂氏は「困っている先生や未来を担う子どもたちのために!!」と、そんなことではひるみません。

地域を売り出す

立川市にある国文学研究資料館(以下、「国文研」)と多摩信用金庫が2018年に「学術・文化の発展に関する包括連携協定」を締結しました。その一環の勉強会で、2019年2月に、宮坂氏は館長のロバート・キャンベル氏と対談しました。国文研の日本古典籍総合データベース(注2)と瑞穂町のデジタル化の取り組みを比較して化学反応をさせてみたいと、キャンベル氏から直々のご指名だったそうです。

どんなに素晴らしい取り組みでも、利用されてこそ意味があります。本来の研究者の意図とは違う使い方があっても、利用されてこそ予算獲得の指標にもなるという、事例も交えての対談会でした。国文研といえども、予算獲得には例にもれず苦労されているようです。

宮坂氏は、こんなチャンスも逃しません。どさくさに紛れて、キャンベル氏に、瑞穂町での講演の約束も取り付けました。更に、瑞穂農芸高校の生徒たちが開発している瑞穂七色唐辛子と国文研が保有している江戸東京野菜のバックデータをコラボレーションさせ、高校と国文研を繋いじゃおうと策略を練っています。 さらに、瑞穂町の伝統料理「ずりだしうどん」と七色唐辛子のコラボで、町おこしメニューに発展させてはと、次々にアイデアを放出させています。

瑞穂町図書館(注3)

最後に図書館の紹介です。年7~8回開催される「大瀧詠一さんを語る会」の発端になったのが、図書館内の小さな特設コーナーでした。大瀧氏が亡くなった直後、全国で初めて関連図書や記事を並べて追悼したのがきっかけになったのだそうです。今も全国からファンが集まり、館内には、大瀧氏のCDや関係資料が所狭しと展示されています。

伺ったとき、特設コーナーでは、瑞穂町の特産であるシクラメンも迎えてくれました。瑞穂町には石川島播磨重工業の工場があって、「子どもたちの想いを星に届けよう」プロジェクトを開催しました。みんなの願いを込めた七夕の短冊をSDカードに収め、ロケットで宇宙へ届けた報告もこの場所に展示されていました。企業との連携が図書館で見られるなんて素敵です。大瀧氏の縁でできた紙芝居「ザクザクおばば」を西村氏におねだりして読んで貰いました。デジタルアーカイブから生まれた紙芝居は、立派な地域資料になっていました。

2019年6月、埼玉県図書館協会総会で宮坂氏が記念講演をしました。図書館を離れて宮坂氏が最近強く思うことが、記念講演の結びに語られました。

「食事をとらないでは生きていけないように、図書館の食事は書籍だから書籍購入の予算確保は大事なのです。同じ食べ物だけでは飽きるから、瑞穂町では大瀧詠一資料・地域資料・映像資料・学校や資料館連携などを利用者に提供しています。こころをもっと豊かにするために、もっと美味しいものを目指して、IHI宇宙連携、農芸高校連携、国文研連携などに挑戦もします。

可愛がれば良い子(図書館)に育つように、まずは職員が図書館を愛すること。なにもしないで手をかけなければ悪い子(図書館)になってしまいます。それは、チャレンジしない職員と上司の責任です。」

だから「良い図書館育て」をみんなでしてください!!と

宮坂氏から農芸高校と国文研のコラボの実現に向けての途中経過の報告が来ました。

開発費は・・・??心配する私に、「もちろん、どこかからひねり出しますよ!!」と力強い言葉が返ってきました。

宮坂氏の後任で赴任された町田陽生館長も、図書館愛そして瑞穂町愛は半端じゃありません。キャンベル氏の講演会で千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館の話が出れば、二人は弥次喜多道中のごとくつるんで見学に行き、ついでに佐倉市や近隣の図書館へも足を運んでいます。

デジタルアーカイブは作って終わりではありません。企画課でもない、観光課でもない、図書館だから仕掛けることができる地域の活性化。知恵を出し合いながら使ってもらい、存在を知ってもらう努力が続きます。

発信力を最大限に活かして、ひと手間を惜しまぬ細かい配慮と、町の置かれた状況を利用したしたたかな予算取りの手腕。ぜひ、今後のお二人の野望にご期待ください!!で終わるはずだったのですが、町田館長からこんなメッセージが届きました。私も元気をもらいに、また伺います。

宮坂前館長の後任として図書館に赴任し2年目となります。私は瑞穂生まれの瑞穂育ち、瑞穂町を愛する生粋の地元人で、1973年(昭和48年)生まれ、偶然にも図書館と同級生です。小学生の頃は夏休みともなれば友達と近くの町営プールに行き、帰りに必ず図書館に寄り涼しい館内でシリーズものの本を読み、続きを借りて帰ったものです。その頃は、今のような貸出システムは無く、職員の方が手書きで貸出カードを作ってくれていました。

さて、その図書館ですが、建築後45年以上が経過し、設備等の老朽化が進みバリアフリーやユニバーサルデザインへの対応も不十分であることなどから、大規模な改修を行うことになりました。改修にあたり、9月からワークショップを開催し、利用者や関係団体の皆様からご意見などをいただき、可能な限り設計に反映させることで、住民の皆様に親しまれ未来に誇れる図書館へのリニューアルを目指します。

ソフト面では、今年で2回目となる町独自の「図書館を使った調べる学習コンクール」を開催します。今回は都内市町村で初となる「高校生の部」を設け、宮坂企画課長の力もお借りし、瑞穂農芸高校へ入り込み、作品の募集を積極的に働きかけているところです。私の感覚ではありますが、学校帰りの高校生の姿が多く見られるようになってきたかなと感じています。

図書館はあらゆるものを繋ぐことができ、無限の可能性を秘めている場所であると思います。課題も多く、瑞穂町図書館を全国に知らしめた前館長にはまだまだ及びませんが、住民に親しまれ、我が町の図書館を誇りに思っていただけるよう、惜しまぬ努力を続けていきます。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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