JEPA:国立国会図書館のデジタルシフト
「ビジョン2021-2025」

図書館つれづれ [第87回]
2021年8月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

一般社団法人日本電子出版協会(以下、JEPA:注1)をご存知ですか?JEPAは、1986年に日本の電子出版の発展を目指し設立されました。現在は出版社、メーカー、ソフトハウス、印刷会社、プラットフォーム会社など約110社が参加し活動しているそうで、ひょんなことから副会長の下川和男氏と知り合いました。

今回は、JEPA主催で2021年4月に開催された、国立国会図書館の田中久徳副館長による『国立国会図書館のデジタルシフト「ビジョン2021-2025」』ウェビナー(Zoom+YouTubeライブ:注2)の報告です。といっても、踏み込んだことのない世界なので、私が消化できた範囲であることを先にお伝えしておきます。

国立国会図書館のビジョンについて

区市町村立図書館と都府県立図書館と国立国会図書館(以下、国会図書館)との関係は、ピラミッドではなく、並列関係の独立した構造をとります。最初、私は勘違いしていました。国会図書館は唯一の国立図書館であると同時に、国会の議会図書館でもあります。国会図書館のもうひとつの役割は、納本制度です。出版される本は、国会図書館に納本され、全国の出版物を網羅的に集め恒久的に保存するのが目的です。

国会図書館では、概ね5年程度で中期目標を設定し、PDCAサイクルで回しているのだそうですが、今回のビジョンの背景には、長引く新型コロナウイルス感染症拡大の影響が大きく影響しています。緊急事態宣言の発令により国会図書館も2020年3月から3カ月間休館しました。この間に、大学・公共図書館の大半が休館に追い込まれ、デジタル資料の強化とリモートアクセスを求める要望が強くなってきました。そこで、国会図書館の館長の諮問機関である「科学技術情報整備審議会」で、2021年から5年間の第5期基本計画が新ビジョンと連動して提言されたのだそうな。その主な内容は、「人」と「機械」の2種類の読者を想定した知識基盤を整備すること、全文テキスト化などを視野に入れたデジタル戦略の推進、著作権処理の加速化などです。

新ビジョンの概要

今回5回目となるビジョンが今までと違うのは、7つの重点施策「デジタルシフト」と4つの事業の全体像を示す「基本的役割」の2本立ての構成にしたことです。デジタル対応を加速させることが、基本的機能の拡充につながっていくという考えで、基本的役割から個別に見ていきます。

1. 国会図書館の基本的役割

納本制度に基づく資料・情報の収集を核として、国会、行政、司法各部門、国民に対するサービスで、以下の4項目になります。

1.1国会活動の補佐

国会議員へのサービス、国会発生情報へのアクセス整備など

1.2 情報資源の利用提供

一般の公共図書館のサービスに加え、行政・司法各部門への職員サービス

1.3 資料・情報の収集・整理・保存

納本された本やWeb上の資料など、膨大な資料の収集・整理・保存

1.4 各種機関との連携

国内の図書館のほかに、海外の図書館・関係機関などとの協力や情報資源への総合的なアクセス提供

2. 7つのデジタルシフト

デジタルシフトは、国のデジタル情報基盤の拡充となるインフラ構築と、具体的なユニバーサルアクセスの実現に分かれます。提供資料の番号はインフラ構築が後に説明されていましたが、情報基盤から説明します。

2.1 国のデジタル情報基盤の充実

1) 資料デジタル化の加速化

デジタル化については関西館ができる前後の2000年から始まっていました。2007年に「長尾ビジョン」が出され、2009年に著作権法が改正になり納本直後からの保存目的のデジタル化が可能になりました。2009年からの3年間で、図書66万点(明治以降から1968年までの受入)、雑誌22万点、古典籍7万点、博士論文14万点、官報、支部図書館資料など大規模なデジタル化を実施しました。2015年には震災・災害関係の本6万点、雑誌約2万点のデジタル化も実施されています。

今回のビジョンでは、デジタルで全ての国内出版物が読める未来を目指し、この5年で2000年までに刊行・受入れした100万冊以上の所蔵データをデジタル化し、検索や機械学習に活かせる基盤データとするそうです。すでに画像などを取り込んでいるデータは、画像からテキストデータに変換しているとのこと。江戸時代の崩し字もテキストになるぐらいだから、OCR技術は進んでいるのですね。雑誌や博士論文なども電子化の範囲を広げています。新聞は未着手でしたが、今後は、商用データベースを除外して日本新聞協会と合意したものから取り組むそうです。デジタル資料の利活用には視覚障害のための読み上げソフトにも対応します。

2)デジタル資料の収集と長期保存

現在国会図書館で収集しているデータは、有形の伝統的な出版物・パッケージ系電子出版物に加え、無形(インターネット)の図書・逐次刊行物に相当するオンライン資料のうちDRM(デジタル著作権管理:注3)無しの無償出版物です。

今後は、DRMの有無、有償無償に関わらず電子書籍や雑誌についても、著作権者や出版社の協力を得て、安定的収集を実現していくのだそうです。利用する側には嬉しいことだけど、利権が絡むとどうなるのでしょう?

また、東日本震災アーカイブ「ひなぎく」などで、現在閉鎖している情報も継承していくことを検討するとのことでした。デジタル資料の保存媒体は、USBメモリ、CD、MOなどさまざまなので、データの保存方法の見直しも検討しています。

3)デジタルアーカイブの推進と利活用

図書館分野のデジタルアーカイブ連携は、「国会図書館(NDLサーチ:注4)」で実現し、博物館や美術館、文書館などの幅広い分野のデジタルアーカイブの検索は、「ジャパンサーチ」で実現します。NDLサーチには、全国の公共・大学・専門図書館、学術機関などが提供する資料のほかに、API連携で出版情報登録センター(JPRO:注5)と近刊書情報などでシステム連携をするそうです。NDLサーチは、専門図書館の横断検索「dlib.jp」も参加の準備をしているので、なんとなく動きを理解できました。NDLサーチでは内容の閲覧はできませんが、掲載の確認はできます。ちなみに、私が知らなかっただけですが、自分の名前で検索すると、本のほかに、専門図書館の雑誌や論文記事も出てきてビックリしました。

2.2 具体的なユニバーサルアクセスの実現

以上のインフラが構築されると、どんなアクセスが実現するのでしょうか。

1) 国会サービスの充実

国会議員などの調査・情報ニーズや行動様式の変化に合わせた対応。

2) インターネット提供資料の拡充

アメリカでは有料のデータベースも自宅に居ながらにして図書館経由で利用できると聞いたことがあります。日本でも実現できている大学があるんだそうです。

ここで、少し整理すると、資料には著作権があり、インターネット上で配信される場合は著作権の中の公衆送信権が関わってきます。

収集した国会図書館の検索・閲覧サービス(NDLデジタルコレクション:注6)には3つの種類があります。それぞれの対応を見ていきます。

  • ア)国会図書館館内のみ公開の資料
    →公衆送信の条件に当てはまらない資料はこれまで通り館内限定で利用。
  • イ)絶版などで入手困難な図書館送信資料(図書館送信参加館)
    2014年に、図書館向けデジタル化送信サービスが開始され、国会図書館に行かなくても公共図書館に設置された端末から検索ができるようになりました。
    →ちなみに、2021年5月26日、図書館関係の権利制限規定の見直し等を含む改正著作権法案(著作権法の一部を改正する法律案)が、参議院本会議において可決・成立しました。その日は、「長尾ビジョン」の提案者である元国立国会図書館長の長尾真氏の訃報を聞いた日でもありました。今回の著作権法改正により、登録利用者は自宅に居ながらにして、絶版などで入手困難なデジタル化された資料が見られる方向に一歩進みました。また同じ著作権法改正において、図書館等が現行の複写サービスに加え一定の条件の下、調査研究目的で著作物の一定部分をメールで送信できるようにしましたが、利用者に転嫁する補償金額の設定、徴収方法、提供手順、広報等々、課題が山積みで公共図書館の模索は続きます。
  • ウ)インターネット公開資料
    デジタル資料には、著作権処理や関係者との合意の壁もあるし、図書館資料副産物の補償金制度に伴う公衆送信規定の改正案も必要なんだとか。絶版本ならインターネット公開してもよいのではと思うけど、出版社の利権や目論見があるのかもしれません。ちなみに、コロナ禍でZoomなどを利用して本の読み聞かせをするのは、ちゃんと許諾を取らないとこの著作権に違反します。この許諾手続きが手間だから、たくさんの図書館で実施されていないのだと納得しました。
    外国の図書館向けにも、2019年から図書館向けデジタル送信サービスは開始していますが、日本文献・日本語文献の海外利用の促進も入ります。

3) 読書バリアフリーの推進

NDLサーチとサピエの統合を実現し、利用しやすいテキストデータの作成支援。

今までは録音図書が多かったから、蔵書が増えて読み上げソフトとの連動で多くの利用者に届くように期待が膨らみます。

4) 「知りたい」を支援する情報発信

専門知識を生かした膨大な資料・情報をキュレーションし、効率的な調べ方のガイドや知識を深めるための資料や情報を発信します。

研修を聴いてみて

一言で「電子図書館」というけれど、使う人によって随分と温度差があるのを今更ながら感じました。研究者や大学関係者は論文などの記事の電子化の促進を望んでいる一方で、公共図書館が望んでいる電子化は今話題の本なのです。ところが、提供される電子図書館はいまだに青空文庫がコンテンツの大半を占めているのが実情です。出版社との著作権問題をどうクリアしていくのか、そのあたりの解決策はこれからなのですね。

著作権法自体よくわかっていない私に、元の同僚が、「ここが一番わかりやすいよ」と文部科学省のサイト(注7)を教えてくれました。

最後に、聴いていた友達の感想をお伝えします。

  • NDLのデジタル化がここまで進んでいることに驚きました。そして、この国家プロジェクトがぜんぜん市民の手元に降りてきていない、と思ったのでした。権利処理などこれから整備することもありますが、かなり踏み込んだ「デジタルシフト」ビジョンだったと思います。これまでの公共図書館の在り方にどう落とし込んでいくか、とても重要な局面だと感じました。
  • 国立国会図書館のデジタル化については、まだまだ知らない人が多いので、それを利用者につなげるのが公共図書館の役割なのではないかと思いました。
  • 難しそう、よくわからない、と避けていないで、利用者のために、まずは私がもっと勉強しなければと思いました。
  • DRM技術が特定のメーカーによって定められていて恒久的な再生が保証されていないという問題をクリアするのは難しそうですね。
  • 資料のデジタル化は時代の流れであったと思いますが、コロナ禍で急速に進歩して知識が追い付かず戸惑うことばかり。今回のお話を聞き、かつて聞いた岡本真氏の「弱者に弱者は救えない」の言葉が思い返され、頑張らなきゃいかん! とあらためて思いました。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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