私は、近くの公共図書館へ伺うことはあっても、県立図書館や国会図書館へ行くような調べものには縁がありません。そんなハードルが高くて縁遠いと思っていた図書館を見学する機会があり、「目から鱗」だった2つの図書館を紹介します。
奈良県立図書情報館は、一般資料15万冊、専門資料10万冊の開架書庫と、100万冊の収蔵能力を持つ自動書庫がある、奈良県の公文書館機能も備えている図書館です。でも、「図書館」ではなく、「図書情報館」と名乗っているのには、理由がありました。
2階、3階には、50台ほどの利用者用端末があります。驚いたのは、すべてにOfficeが搭載されていて、インターネットにも接続でき、データの編集や印刷も可能なことです。つい、「ウイルス感染したらどうなるの?」と、リスクばかりに目がいきますが、最近は就職の募集要項もWebで公開されていて履歴書も手書きではありません。みんながパソコンを持っているわけではないから、こんな環境も本当は必要なんですね。Wi-Fiも完備されていてパソコンの持ち込みも可能で、もちろん業務用のネットワークとは切り離されています。
DVDなどの視聴覚資料を利用できるAVブースは他でも見かけますが、更にさまざまな情報機器を駆使し、自ら学び、創造していく、目を見張る空間がありました。オーサリングルーム(編集室)では、画像や動画の編集ができる機器があるし、大型プリンターもあり、イベントのチラシなどを印刷していく利用者もいるそうです。あの、「あん」の映画監督である河瀬直美氏が、この場所で編集をされたこともあるとか。
また、デジタルスタジオという、プロでも使えるような撮影場所も用意されていました。七五三の撮影で使われた家族もいたそうです。アトリエでは、印刷物原稿の作成や、画像編集機器も備えられています。これらの施設は、格安の利用料で借りられます(アトリエは無料です)。「そんな料金設定で、業者との摩擦はないの?」と、ついマイナスのほうに目が行く私ですが、利用者が「私にもできるかも」とチャレンジする場を提供することも必要なんだと思い返しました。誰もが経験できるよう金銭的な負担を解決して、若い世代がここから巣立っていくのであれば、それは立派な施策です。
点字・音声出力室や対面朗読室には、点字図書、読み上げ用音声データを作成する機器も設置されています。セミナールームでは、インターネットに接続できる31台の端末があり、研修に使われています。図書館ではなく、図書情報館の名前の所以です。
3階の特別コレクションでは、奈良関係の書籍や資料をはじめ、古文書や絵図なども収集しています。また、戦争体験文庫コーナーもありました。戦争体験を風化させることなく、次世代に伝えていく目的から、戦争体験を記録した5万点余りの資料が閲覧できます。私も後日知ったのですが、奈良が戦災を免れたことが半ば伝説のようになっていますが、実は、空襲を受けているし、県内には本土戦に備えた戦争遺跡が数多く残されているそうです。そんな写真展(注2)を開催したこともあるとのことでした。文化遺産は壊されないという思い込みが、事実を曲げていくんですね。
ちょうど閲覧請求があったのでしょうか、レファレンスカウンターに、無造作に古文書資料が置かれていたのもびっくりしました。偶数月には、歴史地理学者でもある千田稔館長の読書相談会が開催され、待ちわびる利用者も多いようです。奇数月には、館長公開講座を「図書館劇場」と銘打ち、2006年度以来、年6回の連続講座を開催しています。本年度のテーマは、「大和から探る日本文化」です。
「人が集まる場」としての活動も活発です。2011年に公立図書館として初めてビブリオバトルを開催し、以来ほぼ毎月1回のペースで開催されています。「落語は、伝統的な語られる書籍」という位置づけから、奈良県出身の落語家がプロデュースする図書館寄席も開催されています。エントランスホールには、いつもなにがしかの企画展やイベントが開催されています。
一方で、児童コーナーはありません。市町村との役割分担を明確にすべく、児童書は原則市町村支援資料としており、一部を除いてすべて書庫に収蔵されているとのことでした。なんとも思い切った施策です。もちろんその是非をめぐって議論があったそうです。
そのような中、2010年5月から、地元の小学校の読書ボランティアのみなさんの働きかけもあり、授乳室の奥に、読み聞かせのためのスペース「こども図書室」を開設しました。地域住民の協力で、絵本を中心に1000冊を超える本が寄贈され、室内はスノコを使った展示などアイディアがあふれています。
こども図書室は、現在、毎月第二土曜日の午後に開設し、5名のボランティアスタッフが交代で運営にあたっています。ボランティアの方の話では、最近は絵本を使った子育て支援やブックスタートとしての役割も果たすようになり、今後は、県立図書情報館内で児童サービスを補完する“文庫”としての活動を目指しているとのことでした。
市町村との資料等の配送便は、週に一度行われています。私がイメージしていた市町村図書館への支援とは、少し違った視点があるのかなあと思いました。
関西館は、関西文化学術研究都市(以下、学研都市)に、高度情報通信技術に対応した新しい図書館サービスの実現を目指して、2002年にオープンしました。ちなみに、国立国会図書館が、議会図書館と国民のための図書館の機能を同時に持つのは、米国議会図書館がモデルなんだそうです。関西館には5、6年ほど前に伺ったことがあるのですが、「こんな辺鄙な場所に!」と思ったのが正直な感想でした。
関西館の写真撮影は、書庫以外NGでした。利用者が映ってしまうことに、とてもナーバスになっているのかもしれません。関西館には4つの柱となる機能があります。
関西館は、所蔵資料のデジタル化とインターネット資料等の収集・保存・提供などを担っています。これらのコンテンツは関西館で構築したデジタルアーカイブシステムを用いた電子図書館サービスである「国立国会図書館デジタルコレクション」(以下、デジタルコレクション)や「WARP(インターネット資料収集保存事業)」を通じて提供しています。サービスとして、2017年1月からデジタルコレクションのページに、都道府県ごとに分類され、ワンクリックで地域の歴史に関する資料(注4)が検索できるページが設けられました。
建物は地上4階、地下4階ですが、その地下2階から地下4階に、約600万冊が収蔵できる書庫があります。書庫の広さは、なんと東西120m、南北60m。雑菌が入らぬよう、靴にカバーを付けて入りました。書庫の図書の棚は、効率的な排架を重視してサイズごとに並べられています。自動書庫もあり、資料が出てくるまで、正直かなりの時間がかかりました。
障がい者サービスをおこなう図書館の支援や、レファレンス協同データベース、総合目録ネットワーク、全国の図書館向け研修など図書館協力の拠点としての機能です。
アジア情報サービスや遠隔サービスもここに含まれますが、一番印象に残った、足元の学研都市や関西圏に対する来館者サービスについてお伝えします。関西館の立地条件は恵まれていないため、開館当初に目指していたようには学研都市に浸透していないのが課題となっていました。近年、近隣に研究機関が相次いで進出している状況を前に、サービス改善への取り組みが始まりました。
まず、近隣の企業や研究機関に、地道な足を使ってのアプローチを始めました。直接訪問して意見交換をする中で、しだいに利用者側の情報環境の理解やニーズが見えてきました。そこで、相手のニーズに合わせたガイダンスをおこなったり、双方で協力できそうな範囲での連携や、必要と思われる新しい取り組みをしていきました。それが、結果としてノウハウや経験の蓄積に繋がっていったのです。
更に、ノウハウや経験自体が、関西館の担う派遣研修のコンテンツになるなど、広域に還元する流れができ始めました。この還元のサイクルを回すことは、当初から現場で意識して取り組んできたそうです。ガイダンスでは、相手のニーズに合わせたプレゼンで、関西館が身近にあることをアピールしています。一般利用者が対象の時は、貸出をしないのに、どんなプレゼンをするのかと思いきや、「貸し出しのない図書館では、いつもの雑誌や資料がいつでもいつもの場所にあります。ゆったりと座り読みをしにいらしてください」と、マイナス要素を逆手にとってアピールしています。中庭は、京阪奈丘陵の原風景の雑木林を再現し、非日常の空間を提供していました。
関西館では、納本制度で納入される本のほかに、自分たちで選書して購入する本もあります。ちゃんと予算がついているのです。総合閲覧室では、学術雑誌・専門雑誌と肩を並べて、暮らしの中の調べごとにも役立ちそうな雑誌と、納本制度で納入された「ノンノ」などの軽雑誌が交えておいてありました。最近発行された新書が全巻揃っていたり、ビジネス情報コーナー、暮らしの法律コーナー、健康・医療コーナーなどが設置され、そこには、およそ国会図書館のイメージからほど遠い、専門分野の入門書もあったのが意外でした。
これらの本は、関西館の持つ専門書がより活かされるようにとの配慮で選書し、出納の待ち時間のブラウジングにも一役買っているとのことでした。敷居を低く、利用者の間口を広める工夫の試行錯誤を、関西館でもやっていたのが、とても印象的でした。開架には、公共図書館では見ることのなくなった目録カードの箱があり、NDL-OPACに書誌データが入っていない一部のアジア言語資料の検索用に利用されているとのことでした。
私の中では、「国会図書館は調べものをする人が使う場所」という勝手な妄想があったから「目から鱗」でしたが、同行した図書館関係の皆さんは、「高野さんはわからないかもしれないけど、私たちは何時間でも居れる空間よ」 と、感嘆していました。それだけ情報の宝庫なんですね。
関西館に赴任した片山信子館長のお話も印象的だったので、お伝えしておきます。永田町(東京本館)の仕事が長かった片山氏は、関西館へ赴き、近畿圏の公共図書館の方々と交流を深め、サービスを拝見している中で、公共図書館の方々は本当に地域を愛しているということが実感として理解できたといいます。「永田町時代の自分にはなかった実感で、大きな変化です。」の言葉に、勝手に親近感を抱きました。「元気を失っている地方もある中で、公共図書館が資料情報を通じて地域を元気にするツールの一つに、デジタルコレクションの地方誌史のワンクリックサービスも活用して欲しい。」と語ってくださいました。
普段伺うことのない県や国の図書館を見学してみて、通して言えるのは、サービスのやり方は一つではないということでしょうか。その時のテーマや利用者のニーズや先を見越した政策の中で、図書館運営はされているのだなあと感じました。