「にんげん図書館」と<地域を育てる シンクタンクとDOタンク>
図書館つれづれ [第73回]
2020年6月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

新型コロナウイルス感染拡大の影響で私が参加を予定していた全てのイベントが中止になる中、「にんげん図書館主催の<地域を育てるシンクタンクとDOタンク>のライブ配信があるよ」と、友人が教えてくれました。ゲストは、瀬戸内市立図書館元館長で『図書館・まち育て・デモクラシー』を出版した嶋田学氏と、NPO法人大ナゴヤ大学(以下、「大ナゴヤ大学」)の初代学長で地域づくりにコーディネーターとして関わってきた加藤慎康氏。にんげん図書館も大ナゴヤ大学の存在も、このとき初めて知りました。

今回は、新型コロナウイルス感染拡大の中、企画していたイベントを、中止にするのではなくライブ配信にチャレンジした「にんげん図書館」と、ライブ配信されたトーク「地域を育てる シンクタンクとDOタンク」を紹介します。

にんげん図書館

「にんげん図書館(注1)」は、「人を通して本に出会う、本を通して人に出会う、地域をつなぐ活動の場」を目的に、山本茜氏が取り組んでいるプロジェクト名です。小学生のころから司書にあこがれていた彼女でしたが、公共図書館の正規職員の壁は厚く、司書への夢は叶いませんでした。

挫折した彼女を目覚めさせてくれたのは、本屋で働いているとき目にした、岩波新書の菅谷明子著『未来をつくる図書館』でした。本には、NPOが運営するニューヨーク公共図書館の、あらゆる人々の課題を捉え、必要な情報をコーディネートして支援する姿が描かれていました。その姿に共感し、司書がダメならNPOで働いてみるのもありかと、舵を切ります。縁あって就職したNPOは、子どもに関わる教育系のNPOでした。行政や企業とも仕事をするNPOで、多種多様な人とプロジェクトを実践しながら、多くのことを学びました。「企業、市民活動、NPO、行政など、多様な主体が参画して子どもの学びをつくることを通して、教育のあり方を分かち合い、それが社会の姿を変えていくことになる・・・。図書館にはこうしたコミュニティが必要なのではないか?」と思ったそうです。NPOの皆さんには、図書館の世界では当たり前の論理や図書館の機能や役割はちっとも理解されていないことを、市民の側にいて感じました。多くの市民は、「図書館=文学」「本を借りる場所」というイメージを持っているのです。図書館は、何かを学びたい、知りたい人のための情報を、体系的に揃え、コーディネートする知の情報の拠点。周囲にそれが伝わらない一方で、図書館関係者の集まりに参加すると閉塞感のようなものも感じていました。

ならばと、自分がコーディネーターになり、図書館の人と多様な人が出会う場をつくり、双方をつなぐ小さな集まりを作りました。それが、「にんげん図書館」の始まりでした。「図書館」とついているけれど、図書館の建物を構えているわけではありません。図書館の外にある本以外の情報(にんげん)も図書館がコーディネートするような存在になればとの想いから付けた名前でした。「身の丈」を大事にする彼女の取り組みは、基本は一人。そのときどきにより、協力者を募って活動します。出会った図書館関係者をゲストに招いた企画や、読書会などを2012年から細々と続け、2017年には、「ウィキペディアタウン」の企画を図書館と共催でおこないました。「共催なんて夢のお話!」と思っていたら、参加した方々から「こんなことをやりたいのだけど…」と相談が来るようになりました。NPOで培ったノウハウが、今では彼女の大きな財産になっています。

図書館と一緒に活動するようになり、気づいたこともありました。ウィキペディアタウンのような大きなイベントは、啓発や裾野を広げる機会にはなるけれど、“主催者対お客さま”という単発的な関わりとなり、市民の図書館との関わり方への変化が生まれにくいのです。また、ウィキペディアタウンに取り組む図書館や自治体の人からの相談やそれぞれの実践を共有するプラットフォームの必要性を感じるようになりました。

彼女はこの春、新しい団体を立ち上げようとしています。それは、図書館を含む、地域の知と実践をストックする多様な人や組織がつながるプラットフォームです。ウィキペディアタウンを実施する図書館や自治体の運営支援、それらの実践を共有して学び合うこと。自発的につながった人たちと、お互いの課題やニーズやリソースを共有し、新しいことに挑戦する機会をつくりたい…。多様な関わり合いと対話と実践により、社会の中で図書館とライブラリアンが求められる場に出会い、元気になることを願っています。その想いは、かつて「にんげん図書館」を始めたときと同じです。これからも自分の「身の丈」を大事にしながら、山本氏の活動は続きます。

<地域を育てる シンクタンクとDOタンク>

まちを育てるというアプローチから関わる図書館とNPOの対話により、新たな価値や気づきが生まれるのではないかと考え企画した対談は、元々は名古屋のちくさ正文館書店で開催するはずのイベントでした。それが、新型コロナウイルス感染拡大のため中止になり、どうしても諦めきれないところへ、名古屋市にあるライブ配信会場CONASERU(注2)の協力で、手探りのライブ配信が実現しました。

最初に、嶋田氏から「地域やわたしの今と未来をつくるための視点とバランス」と題して話がありました。その中で特に印象深かったのは、図書館がいつしか利用者のことを「お客様」と呼ぶようになった指摘でした。利用者は「お客様」ではなく、社会のあらゆる場所において、当事者であり主権者ではないかと。嶋田氏が瀬戸内市立図書館の開館に向けて取り組んだ基本構想は、「持ち寄り・見つけ・分け合う広場」。「持ち寄り」とは、市民の夢や希望、あるいは困ったことなど、様々なニーズを持ち寄ってもらうということ。「見つけ」とは、その答えやヒントを図書館の資料や各種情報源によって見つけてもらいたいという願い。「分け合う」とは、その気づきを、他の市民とも共有してもらえるような「知の広場」にしたいという理念が込められています。実は私、開館前に瀬戸内市に伺ったことがあるのです。嶋田氏と一緒にまちを歩いていると、皆さんが声をかけてきて、住民と一緒に図書館を作っている一体感を感じました。住民の当事者意識は、今は図書館友の会「もみわフレンズ」となって開花し、図書館の支援活動につながっています。

図書館が抱える市民ボランティアの高齢化とAIについても触れました。高齢者の増加は課題ではなく、動ける住民が増えることは住民協働のチャンスと捉える。そして、未来にはなくなると危惧されている司書は、AIが代替不可能な領域で生活や人生の質を高めること、つまり「人間らしさ」を高めるチャンスでもあると、これまた逆転の発想でした。高齢化が進む中、にんげんが「しあわせ」になることを「産業」にしていく時代であり、「知と情報の集積体」である図書館の役割は大きいと結びました。

続いて登場した加藤氏は、これまでに公務員・サラリーマン・起業・農業見習いなど様々な経験を積んできた方でした。阪神淡路大震災での支援活動がきっかけでNPOに興味を持ち、大ナゴヤ大学を立ち上げました。大ナゴヤ大学は、ナゴヤのまちがまるごとキャンパスの、まちに関するヒト・モノ・コトをお互いに学び合い教え合いながら名古屋を応援するNPOです。役割を終える名古屋テレビ塔の今後のアンケートをはじめ、さまざまな行政と住民をつなぐ活動をしてきました。

NPOの活動をしてきて、「税金の無駄使いでは?」と疑問に思うことが幾つかありました。予算のばらまきとも思えるような委託事業の乱発。契約期限の終了によって成果物もノウハウも共有されない似たような事業・社会実験の繰返し。自治体によるコンサルティング会社への丸投げ発注など、税を投入し活用した機会が継続していく流れを生み出す必要があることに問題意識を持ちました。シンクタンクが考えたことを行動する段階になると、プロポーザルによる委託事業となり違う事業者がDOする分断の構造もありました。「シンクタンク」と「DOタンク」を一気通貫で行える能力をもつ存在に - 例えば大ナゴヤ大学のような存在が - なり、地域やステークホルダーなど第3者と関わると良いなと思ったそうです。今は岐阜県の美濃加茂市で同様の取り組みを実証しようと「ラボ的企業」の立ち上げに取り組んでいるところだそうです。

この課題解決の流れの中で、図書館は、NPOが必要とする情報を提供したり分析したりすることでシンクタンクとして関わり、利用者にどんな団体があるかを提示するDOタンクとしても連携ができるというのです。ちなみに、利用者が必要とする人もしくは機関を知らせるサービスは、図書館においては、レフェラルサービスというのだそうです。

Society5.0の時代と言われる情報社会の中で、図書館は、暮らしや文化を主体的に決定することを支援するための社会装置としてDOタンクとなることができます。司書がプロデューサー、ファシリテーター、コーディネーターなどの社会教育主事の役割に近いコミュニケーションスキルを持つことで図書館が地域社会を支援するという、そんな「地域を育てる シンクタンクとDOタンク」のお話でした。

ライブ配信を聴き終えて

まず、NPOで働く方は大きな志を持っていなければいけないと思っていた私は、カルチャーショックを受けました。自分の興味のあることがあれば、気負わなくても、小さな一歩からNPOとつながってもいいのだと思いました。

最近の図書館は、「滞在型」、「地域活性化」、「にぎわい創出の場」など、求められる役割が変化してきました。でも、「にぎわい創出なら、別に図書館でなくてもいいのでは?」と、ずっと疑問に思っていたのです。今回のライブ配信で、それだけではない、持ち寄った情報・関心を図書館に集う人と分けあいつながることが地域資源になっていく、図書館には人と人をつなぐ本質的な役割があるということを再確認しました。

地域の活性化支援といえば、鳥取県立図書館のビジネス支援や岩手県紫波町の農業支援などが知られています。県立長野図書館や都城市立図書館のlaboのような、ものづくり支援も出てきました。しかしながら今まではNPOとの連携というと、指定管理者としての図書館運営の受託やマイクロライブラリーの運営くらいしか思い浮かばなかったのです。お話を聴いていて、住民が中心になっておこなうNPOの非営利活動と図書館の連携は、まだまだ伸びしろがあると感じました。(後日、岐阜市立中央図書館ではNPOと連携して「みんなの図書館 おとなの夜学(注4)」を開催していることを知りました。もしかしたら、私が知らない活動はほかにもあるかもしれません。)

公務員の友人は、「自分が自分であることを大切にすることが民主主義。自分が自分の魂の指揮官」という言葉に、本当に励まされたそうです。同じライブ配信を聴いても人それぞれの感想でした。

そして最後にもうひとつ。ライブ配信では、視聴者がコメントを投稿できるツールを活用した、視聴者参加型での放送でしたので、その場で多くの質問に回答できたのも新しい試みであったと思いました。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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