2019年7月、大雨が続く九州を宮崎県から熊本県、長崎県、佐賀県と図書館を見学しながら駆け抜けてきました。運営の形は様々でしたが、それぞれの図書館で、その土地ならではの地域に密着した取り組みをしていました。
今回は、ほぼ同じ時期に開館した宮崎県都城市立図書館と熊本県菊池市立中央図書館の紹介です。
都城市は人口16万人ほどの宮崎県下第2位のまちで、肉(牛、豚、鶏)や焼酎が名産です。薩摩を本拠地とした大名「島津氏」は実は都城が発祥の地と言われ、宮崎県と鹿児島県のどちらの空港にも40キロ圏内の中間地点でもあります。
都城市立図書館は、破綻した地元のショッピングモールを改修し、子育て支援施設や保健センターなどが入る中心市街地中核施設「Mallmall(まるまる)」の複合施設のひとつとして2018年4月に移転開館しました。都城市が、図書館備品調達業務・図書館管理運営・カフェ運営を全国から公募型プロポーザル方式で公募し、株式会社マナビノタネ(代表団体)、株式会社ヴィアックス、コクヨマーケティング株式会社による「MALコンソーシアム」を採択しました。運営はマナビノタネとヴィアックスの2社による共同事業体でおこなっています。マナビノタネの代表取締役である森田氏は、図書館をベースとした施設が地域自治の拠点となり得ることや、地球温暖化によってさらに厳しくなる異常気象、環境破壊、大災害から生き延びるためにはどうすればいいかを真剣に考えている方です。これまで、せんだいメディアテークや武蔵野プレイスの開館にも携わってきました。
中央吹き抜けのホールの近くには、「ひとりひとりが『だいじなもの』をみつけていくために・・・・・・」で始まる、指定管理者による図書館の管理運営理念がしっかり示されています(注2)。都城と深い縁のある島津藩の家紋も取り入れた“MALL”を表す丸いシンボルマークをはじめ、ロゴデザイン、空間デザインなど、全てに森田氏のネットワークによるプロの集合知が結集されています。
入ってすぐにカフェがありますが、“カフェ”ではなく“Mall Market[市庭(いちば)]”と呼び、地元で生産された食べ物や加工された商品を提供、食を通じて交流する場所となっています。館内は作曲家と組んでオリジナルのバックグラウンドミュージックが流れていて、CDはMall Marketでも購入できます。地元の書店と連携して森田氏が選んだ本も売っています。
この図書館の売りは、地元の都城家具工業会が製作した小さなオリジナル製品の木箱架「つみ木ばこ」。九州産の無垢の楠や杉材で丁寧につくられていて、館内のあちこちで大活躍です。もちろん販売もしていて、地元企業の応援も欠かしません。
木枠のガラスで囲まれた「ショーケース」という空間は、選書用の見計らい本を展示する場所でした。要望すれば一般利用者が中に入って見ることができ、図書館に置きたい本に1票を投じることができます。でも、投じたからと言って購入されるとは限りません。選書は、通常の見計らいやリクエストも含み管理運営事業者が購入提案を作り、市教育委員会で最終決定をします。
元はショッピングモールだから床に荷重をかけることができません。それを逆手に、本棚と本棚の間を広く空け、ゆったりとした通路の前の木箱にはまるでショーウィンドウのように本が並べられていて、利用者の興味を奥の棚へと誘います。 基本はNDC分類を採用していますが、木箱の例示や一部テーマ分類を採用し、利用者の利便性を図っています。
検索にも工夫がありました。幅2.4cm×高さ7cm×奥行き7cmほどの木片でできたインデックスに多くの市民が関心を持ちそうなワード、時事用語や新語、地域色のある単語が索引のように並べられています。最大2600語並べることができ、どんなインデックスワードを登録するかは、もちろん図書館員の腕にかかっています。インデックスは裏面がスタンプになっていて、自分が気になる言葉を収集することもできるし、二次元バーコードアプリを使って関連する本のある棚を確認できます。
都城市内には、都城市点字図書館、都城市立美術館、都城歴史資料館などがあり、それらの「市内施設ボックス」として紹介した木箱を設置し、共同でブックリストの作成や関連資料を置くなど、連携を図っています。
「地域は記憶でできている」というのが森田氏の理念でもあり、ひとりひとりの「だいじなもの」を記録していく活動として、地域の文化や生業、まち、風土を取材し映像や冊子にする地域編集には特に力を入れています。編集したものを出力するための機材も揃っています。
ファッションラボはティーンズがTシャツやバッグなど身につけるものを実際につくることで自分自身のアイデンティティを表現することを覚えてほしいという思いで設けられました。第一線で活躍する服飾デザイナーが監修した空間を自由に使え、時には手ほどきを受けられるなんてとても羨ましいと思いました。
雑誌エリアには、170タイトルほどの雑誌が壁一面に並んでいます。バックナンバーもすぐ下にあって手に取れるようになっている棚は特注でした。ベビーカー置き場もあって、子育て世代も応援します。子どものおもちゃだって、お金をかけなくても楽しめます。「こどものにわ」での紙コップを使った積み木遊びに私たちも夢中になりました。バックグラウンドミュージックが気になる方には「静かな部屋」が用意されています。
スタッフは力を合わせ、市との定期的な打ち合わせの中で目標を共有し運営しています。素晴らしい図書館ですが、「図書館は本来、地域で育てるもの。図書館を地域自治の拠点とするのに、指定管理者が運用するってどうなんだろう?」と、森田氏にちょっと疑問を投げかけてみました。何よりも地域を大事にする森田氏です。これから先のこともしっかりと描いていました。
開館してわずか3週間で来館者は10万人を超え、新しいまちの居場所になりました。図書館の遺伝子をもった新たな地域自治の拠点を目指し、スタッフはまちに出向き楽しみながらまちのことを学んでいます。地域を深く知り、市民と協働、連携をしていくのはこれからです。
平安時代の後半から約450年もの間、熊本県菊池地方を中心に栄えた武士「菊池一族」が居城を構えていた菊池市は、“文教菊池”として明治20年に熊本県で最初に図書館ができたところです。しかし最近まで、旧菊池市には図書室しかありませんでした。その後、近隣町村との合併後に複合施設として図書館建設の計画が持ち上がり、最初の図書館から130年の時を経て2017年11月、1階が図書館、2階が公民館の複合施設として、菊池市生涯学習センターKiCROSSがオープンしました。しかし、ここに至るまでには、「熊本地震」の影響や、行政と市民との熱くて長い苦闘と連携のドラマがありました。
訪問した際にお会いした、菊池市図書館友の会(注4)(以下、「友の会」)会長の坂本敏正氏をはじめ、事務局長を務める井藤和俊氏は、菊池市が故郷のUターン組です。定年退職後地元に戻り、以前のような活気ある菊池市に戻せないかと案じていた2013年1月、菊池市が菊池市庁舎等整備基本構想基本計画(案)を公表しました。案では、1階が市民課や福祉課等が入居する市民サービスフロア、図書館は2階、3階が公民館となっていたのです。市民有志は、図書館を1階にし、市民サービスフロアは並行して検討していた市役所の建替え新庁舎1階への設計変更を求めて議会請願し、3月本会議で採択されました。
その翌月の4月の選挙で、Uターン組の市長が当選しました。新市長は、設計の見直しをはかります。そして、図書館だけでなく本庁舎の建て替えのための「庁舎等整備市民検討委員会」を立ち上げ、パブリックコメントにより市民の声を聴く場を設けました。坂本氏は仲間と「菊池市の図書館を考える市民の会(以下、「考える会)」を立ち上げ、ワークショップに参加し、市と協議を重ねてきました。2015年、市は「菊池市生涯学習センター基本方針」「菊池市生涯学習センター運営基本計画」を作成し、考える会との協議を続けていくことになります。
2016年、アドバイザーの助言を受け、新たに内部空間デザインを導入する事を決定し、市民とのワークショップを重ね、空間デザインを意識した“まちづくり・にぎわい創生”をコンセプトにした図面に変更されました。こどものコーナーが菊池川の源流で、川が未来へとつながっていく図書館を、「ブックリバー」とイメージしました。
2016年4月、熊本県を襲った地震は県内に大きな被害をもたらしました。災害復旧に向けた業務と平行しながら、次年度開館に向けて準備は続きました。建物が完成したのが2017年3月。内装を手掛けることができたのは2017年7月で開館の3か月前でした。
将来的には15万冊の蔵書を目指す図書館ですが、以前の図書室の蔵書は2万冊足らず。開館までに最低でも6万冊の蔵書を揃えなければなりません。また、準備室の段階で選書していたものは、近隣図書館の蔵書を参考に同じようなものを選書していました。「同じ図書館をつくってどうする!」と、安永館長の意見をもとに、市内書店で図書館納入組合を設立し、MARCも変更し、職員は新たに選書をやり直すこととなりました。次から次へとチャレンジを続ける館長に、職員は不安や戸惑いを覚えながらも、ど根性でついていきました。
「私は図書館に関してズブの素人です。ただ、話せば話すほど、司書という職業が不思議でしょうがない。全ての方にはあてはまらないと思いますが」と、館長が公共図書館司書に感じた印象を語ってくれました。以下、掲げてみます。思い当たることがあったりしますか?
「本棚に目が行きがち」「利用者を管理したがる」「禁止事項を増やしたがる」「リスクを避ける」「クレームに弱すぎる」「利用者目線が欠けている」「給与が安すぎる」「ネットワークがなさすぎ」「業者の言いなりになり過ぎ」「アウトプットができなさすぎ」「コミュニケーション能力がなさすぎる」「前例に頼りすぎる」「作業で物事を考えがち、役割で判断すべき」 |
痛い個所を随分と指摘していますが、「給与が安すぎる」と、司書の待遇についてきちんと目を向けて評価してくれています。
果敢に改革をしていきますが、開館前の10月20日にやっと内装が完成し、その時点で、まだ購入した6万冊の配架作業が残っていました。さて、どうする?考えた館長は「市役所の職員に協力してもらおう!」と思い立ちます。
図書館は教育委員会の管轄であり、本庁職員のあいだでは、「教育委員会で図書館を建設しているそうな」という程度の認識でした。職員の意識改革には絶好のチャンスと考えた館長は、生涯学習センター木村センター長(元副市長で、元熊本県立図書館長)に相談をしました。そして市長にお願いし、本庁の部長や課長を通じて時間を作ってもらい、職員に配架作業の協力をお願いしました。また、ボランティアを募集したところ、市民や地元の高校生、学校司書、さらには近隣市町の図書館司書などが参加し、わずか3日間で6万冊を配架するという離れ業を成し遂げたのです。作業には、司書の手腕が発揮されました。箱から出した本をまず分類(1桁)を書いた段ボールに仕分けし棚に運んでもらいます。6万冊の本を棚に並べるには、相応の準備が必要なのです。そのために、どれだけ司書が準備に時間をとられたかを想像し、思わず絶句しました。
図書館完成のメドを機に、様々な化学反応も起きました。市民団体「考える会」は「友の会」に名称変更しました。開館準備に高校生や市役所の方々が関わってくれたことで、図書館の存在をぐっと身近に感じてくれ、利用に繋がった嬉しい効果もあったそうです。こうして無事11月に開館を迎えることができました。
開館後、ホッとした司書に、「お正月に帰省する人たちに、図書館のお披露目をしたい!」。館長から、大晦日~正月の開館を切り出してきたのです。図書館のなかったまちに立派な図書館ができたことを里帰りした人に見てもらいたい。お披露目をしよう!そしてきっかけがあれば、まちに戻ってきてほしい!館長の想いは理解できても、応じる司書のこころは複雑だったろうと察します。正月開館の写真を見せながら、「司書は笑顔で写っていますが、本当は怒っています」と説明する館長の言葉に、司書は苦笑い。その関係は、数々の困難を一緒に切り抜けてきた“戦友”のようでもありました。
そんな図書館の入り口は、ボランティアが生けたお花が迎えてくれます。棚の名称は「ブックリバー」本の川です。 館内を緩やかに流れる棚の高さや曲線の本棚が自在に図書館の空間に漂っています。思わぬ場所が隠れ部屋のようになって、本を読んでいる方もいました。本の紹介をするポップは、空間を見事に活かした司書のお手製です。
開館を機に、小中学校15校に図書館システムを導入し図書通帳も導入しました。図書館で借りた本や学校で借りた本も図書館で通帳に記入できます。また、小中学生には無料で通帳を配布しています。
学校司書部会に図書館職員も参加します。今後は高校との連携や教科担当の先生方と選書の面でも協力をしていきたいと、高校図書館との支援のあり方を模索中とのことでした。
現在、中央・泗水・七城・旭志の4館合わせて読み聞かせボランティアは11団体。本館開館に合わせ、お話・英語のお話・布絵本・本の整理・グリーン・デジタルアーカイブと、6つのボランティア育成をスタートしました。
また、めずらしい取り組みとして、地元に伝わる民話の絵本を作り、図書館で販売していました。売り上げは図書館の雑収入として本の購入へと回る仕組みです。
司書の方々の研修も積極的です。1年に1度、菊池市、菊陽町、山鹿市、大津町など熊本県北部の研修会も持ち回りで開催されます。私たちが訪問した夜の懇親会には、ボランティアの方や近隣の図書館司書の皆さんも駆けつけてくれて、日頃の密接な関係を垣間見ることができました。
なにより私が感銘を受けたのは、「前例がなければ作ればよい!」という館長の言葉。こんな格好いいこと言ってくれる館長、あなたの周りにはいますか?!
図書館の目的は、世界一のサービスを市民に提供できる図書館をめざすこと。そんな思いを、図書館職員と友の会をはじめとする市民団体や多くのボランティアの方々の協働により、つどい、つながり、つづけていくことが、この図書館を支え、そして目的へと近づけていると感じました。
都城市立図書館と菊池市立中央図書館、図書館が誕生する過程は違っても、それぞれのまちのために図書館が存在していました。これからどんなふうに育っていくのか楽しみな2つの図書館でした。