千葉県佐倉市は、東京から約1時間の千葉県北部下総台地の中央に位置する人口約17万人(令和6(2024)年10月現在)の市。城下町の町並みは日本遺産「北総四都市江戸紀行」に認定されていて、「日本100名城」の一つである佐倉城の城趾には国立歴史民俗博物館があります。城下町のメイン通りとなる新町通りは旧市街地。佐倉市立美術館もあるこの通りは、かつての賑いや景観を取り戻すべく、電線地中化、無電柱化されています。
今回は、新町通りの活性化に期待される複合施設「夢咲くら館」と、その近くに2024年春にオープンしたシェア型書店「「サクラdeブックス」の紹介です。
佐倉市立佐倉図書館は、1976年に開館した後、1983年からは新町通りの旧佐倉郵便局の建物を利用する形で約40年以上にわたり運営されてきました。老朽化やバリアフリー未対応など施設面での問題を抱える中、新たな図書館の基本構想・計画に向けて、2017年より市民や各種団体、特に子育て世代や中高生とのワークショップや意見交換を経て、基本・実施設計が完了しました。施設全体のイメージが公開された時は、図書館が地下にあることから「もぐら図書館」と揶揄されていたのを覚えています。2020年10月から建設工事が始まり、2023年3月に開館しました。
利光尚館長に、これまでの経緯をお聞きしようとしたところ、館長は開館の11カ月前の2022年4月に赴任したことに、まずビックリ。自治体関係者の話では、「よくある人事」というのに、2度ビックリ。開館までの経緯をお聞きするどころか、目前に迫る開館に向け、間に合わせなければならない契約などの作業に奔走する館長の姿が浮き彫りになりました。畑違いの分野から辞令を受けた時の心情を思うと、同情さえします。
「夢咲くら館」は、図書館と子育て交流センターの複合施設として開館しました。
1階エントランスフロアで最初に目を引くのは、床に印刷された江戸末期の佐倉古地図。こんな演出ができるのは城下町の強みです。入って右側の「さくらカフェ」は、近隣の事業者による運営で、子育て世代にも利用しやすいメニューが提供されています。その奥は「ゆめさくらひろば」で、人形劇の練習や公演、様々な講座やワークショップなどに利用されているそうです。左側のフロアはフリースペースで、伺った日は市70周年の回顧展が開催されており、パネルや写真が展示されていました。
ぱっと見て1階にあるのは総合受付とカフェのみで、もったいない使い方のようにも思えます。でも、1階にゆとりを持たせたのは、フリースペースや「ゆめさくらひろば」でのおはなし会イベントや講演会など、市民との協働による賑い創出を意識されての設計でしょうか。
図書館は、地階にあります。階段を降りて右側が一般書コーナー。北向きの採光を取り入れていて、地下という印象は全くありません。
本が見渡せる工夫なのか、書棚はジグザグに配置され、角を円形にして利用した本棚スペースもあります。館内に置かれた様々な形状のブックトラックに、それぞれの歴史を感じました。近隣の高校生によるおすすめ本コーナーもあり、学校との連携もしています。コロナ禍の影響でしょうか。エレベーターのボタンは押さなくても反応する非接触型(センサー式)。視察見学やグループワークにも利用できる小部屋も地階フロアの奥にあります。
階段を降りて地階の左側に、絵本や児童書のコーナーと、子育て交流センターがあります。
図書館との垣根がないのは、やはり今風。子育て相談室では公認心理師によるお悩み相談と、言語聴覚士による子育て相談を毎月1回開催。個別の相談も受け入れています。図書館内にあるというので相談のハードルが低くなり、子育てに悩む世代には心強い場所と感じました。子どもを預けて、読書や講座の参加、子育て相談もできる託児室「つぼみルーム」は、事前予約ではなくて、当日受付のみというのも嬉しいサービスです。
保育士が常駐している「あそびのひろば」や「おはなしのひろば」では、ミニイベントが行われ、親子の交流の場所になっています。児童書エリアは、図書館というより、子育て支援の要素として本棚が置いてあるようにも感じました。これもワークショップで皆さんが望んだ図書館の姿だったのでしょう。
図書館には、以前から本の読み聞かせをするボランティアグループがいます。「いわゆる図書館のおはなし会はどこでするの?」と聞いたら、もちろん、ここでやってもよいけれど…なんだか落ち着かなくて、1階のフリースペースを使っているのだそうな。
せっかくおはなしのひろばがあるのに、わざわざ本のない場所でお話会をやるのもなぁと気になっていたら、「お話会は本の入り口」と持論する友人は、お話会のあとに、地下の児童コーナーにみんなを誘って本棚の案内をするツアーをしてはと、早速対応策の意見交換をしていました。
児童書の本棚には、佐倉東高校の生徒が作った友禅染の装飾が施されています。
子どもが喜びそうな秘密基地のような読書スペースも用意されています。好評ですが、荷物を置いて場所取りする人もいるのだとか。公共のモラルをどうやって根付かせるか難しいですね。
2階は「佐倉を学ぶフロア」で、いわゆる郷土行政資料などのコーナーです。佐倉の歴史資料が展示され、古文書などの貴重な資料の閲覧が可能です。本の販売コーナーや人権展示コーナーが、ひっそりとありました。
図書館と子育て交流センターの直通の電話番号はそれぞれ別になっていますが、バックヤードの事務室は課ごとの間仕切りもなく一緒に働いていました。
見学して感じたキーワードは、良くも悪くも「境界線が曖昧」ということ。目的や使い方が、きっちりはっきりしているほうが、使いやすかったり、運営や管理もやりやすかったりするけれど、この施設の目指すものは違うところにありそうです。
2023年の統計では、託児室は1,270人が利用。当初の目論見の子育て世代をターゲットにした好調な実績です。子育て交流センターは、夢咲くら館の開館に向けて、新しくできた部署なのだそうな。図書館が子育て交流センターと共催で実施した「親子館内ツアー」イベントは、年齢は4歳以上と条件を付けたものの、親子のどちらに向けて話をしてよいのか反省点もありました。
開館して1年半。手探りの運営の中で、地域の課題も見えてきました。
佐倉市は3人に1人が65歳以上という高齢化が進んでいます。しかも3/4は農村地帯。古くなった移動図書館車の代わりに、宝くじの補助金でBM(移動図書館車)を用意する予定だそうです。500冊しか詰めない小型ですが、以前より小回りがききます。
現在は20時まで開館していますが、夜間の資料貸出は少ないそうです。
館内にはCDやDVD資料の展示コーナーもありました。サブスクの時代に、果たして図書館で視聴覚資料を所蔵する意義や目的は? 他の図書館ではどうされているのでしょうか。
直営での運営ですが、専門職採用はしていません。図書館を維持するための人材育成も大きな課題と捉えていました。
まちにはアフガニスタンなどの外国の方も多く住むそうで、読書バリアフリーの課題も出てきそうです。どれも一筋縄ではいかないですが、一歩ずつトライ&エラーが続きます。
夢咲くら館:https://www.city.sakura.lg.jp/soshiki/yumesakurakan/17386.html
シェア型書店「サクラdeブックス」は、図書館から歩いて50メートルほどの距離にあります。
シェア型書店とは、本棚の一区画ごとに棚主がいて、各自の棚に自分の好きな本を並べて売る本屋さんのことです。そのため、棚ごとに複数の人のセレクトによる本が並んでいます。一店舗分の家賃は高いけれど、一棚分であれば、自分の懐具合と相談して「本屋さんになる」という夢を実現できるシステムです。
佐倉市内の京成臼井駅近くにあったご両親の文具店の一角で新刊販売をしていた佐藤由美さん。2023年に実家の文具店が閉店してからは、ネット販売やイベント出店などをしていましたが、知人を誘い、シェア型書店を立ち上げました。1階の「絵本日和」の本棚が、佐藤さんの本棚です。
以前、佐倉市立美術館のミュージアムショップに出店していた「古書くさかんむり」が、美術と文学の渋い本を並べています。実は、彼は元佐倉市立図書館員なのです。
店内には、現在25ほどの一箱書店の棚主が個性豊かな棚を展示しています。中には、自費出版のスポンサーは親戚の方という小学生の棚もありました。
店内の片隅には、かつて文房具屋だった趣がちらりと残されています。絵描きさんが文具店の様子をイラストで描いて残してくれていて、皆さんに愛されていた場所だったことが伝わってきます。
2階の「選書喫茶もくじ堂」は、ブックホテルでアルバイトをした経験のある佐藤みゆさんの経営。みゆさんは佐藤由美さんの娘さんです。おすすめ本を選ぶ「選書サービス」のある喫茶店で、置いてある本を読むこともできます。2階の一角にある文机のある和室はレンタルスペースで、イベントがない時は一人でもゆっくりとくつろげる落ち着いた場所として利用されています。
シェア型書店「サクラdeブックス」:https://sakura-de-books.1web.jp/
夢咲くら館の第2駐車場は朝の8時半から夜8時半までの間3時間まで無料とあって、サクラdeブックスをはじめ新町通りの賑いに一役買っています。道を挟んだ向こう側にも書店がありましたが、なぜか入り口にはポスターが張り巡らされていて中が見えないようになっていました。
佐倉市内には、京成電鉄・JR・山万ユーカリが丘線の電車が走り、合わせて11もの駅があります。市内には書店やシェア型書店が他にもあって、図書館と連携したイベントも開催されます。ただ、図書館の本の購入の多くは市内の書店を通していません。小さな書店が経済的にも自立できるような、継続的な関係性には至っていないとのことでした。書店の経営は大変です。特定の書店への支援は難しいとの話もありますが、図書館コラム第15回で紹介したエコノミック・ガーデニングという考え方もあります。特色のある書店から本を購入するなど、まちの中での小さな支援が展開されていかないかなと、元図書館員の彼を知るだけに、そんな妄想もしました。