地域包括支援センターってご存知ですか?地域包括支援センター(以下、「支援センター」)は、市町村が設置主体となり、保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員等を配置して、3職種のチームアプローチで、住民の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設だそうです。
神奈川県川崎市立宮前図書館(注1)の舟田彰課長補佐を招いて千葉県山武市成東図書館(以下、「成東図書館」)で開催された「認知症の人にやさしい小さな本棚~医療・健康・福祉の情報を地域へ~」研修に、お願いをして聴講させていただきました。図書館の内部研修に、支援センターの皆さんや保健福祉部の部長まで顔を出してくださるという成東図書館の素晴らしい連携も垣間見させていただきました。
今回は、認知症に関わる図書館の取り組み事例の紹介です。
舟田氏は、公民館歴7年の社会教育畑を歩いてきた行政人です。その間、乳幼児から高齢者、平和人権、男女参画など幅広い仕事をしてきました。何度か本庁の仕事もしましたが、やはり人と関わる仕事がしたいと、40才を目前にして図書館の世界へ飛び込みました。社会教育の現場が直接見える仕事がしたかったのです。図書館も何度か出入りがあって、今年で通算13年目になります。今はすっかり図書館の虜になってしまいました。
認知症については全くの無知でしたが、カウンターにいると日常的に見えてくる光景があります。例えば、何度も同じことを繰り返す人がいれば、家に帰る道がわからないと訴えてくる人もいます。図書館の新聞を持ち帰る人もいれば、自宅の本を図書館の本と思いこんで返しに来る人もいます。
そんなときに、川崎市地域包括ケアシステム(注2)の存在を知りました。システムは、大きく2つのサービスを掲げています。一つは、児童期から高齢期までのライフステージにおいて切れ目のないサービスに取り組むこと。もうひとつは、障がい者や外国人、ジェンダーなど多様な住民が支え合って生活する「地域づくり」の推進です。行政が積極的に関わるためには、図書館ももっと積極的に関わるべきとも思いました。そんな舟田氏が、認知症について学ぼうと思ったきっかけは2025年問題でした。2025年には団塊の世代が後期高齢者(75才以上)に突入し、そのうちの4人に1人が認知症の時代になると警鐘が鳴らされています。自治体の重要課題にもなっているこの問題に対し、高齢者の多い宮前地区の図書館で、何ができるかと考え始めました。
まず、書店のように、認知症や介護に関する小さな棚を図書館の中に作りました。そこには高齢者ケア用の紙芝居もあれば、医学書や認知症関係の小説、家族がいちばん気がかりなお金(経済)に関する本や、ケア専門職向け/医学/当事者家族体験記/成年後見/認知症当事者が書いた本(本人)/介護福祉など、さまざまな切り口の本を置きました。同じ棚に市から配布された認知症に関するパンフレットも並べて置きました。そして、図書館から、利用者への免責事項「本を読んで病気が治るわけではない」ことも、しっかり伝えました。
気がつけば本が借りられていて補充する毎日の中で、地域に需要があることを確信しました。パンフレットも直ぐになくなったので、市の健康福祉局地域包括ケア推進室(注3 以下、「推進室」)へパンフレット補充の依頼の電話を入れました。その電話を受けたのが、社会福祉士の角野孝一氏でした。「パンフレットがなくなるなんて、図書館は一体何をやってるんだ!」と食らいついてきたのです。角野氏は図書館へ出かけ、状況を理解し、「図書館を利用しない手はない!」と直感しました。たった1本の電話から、やがて大きなパイプへと増幅していきます。
角野氏が持ち掛けて手がけたのは、図書館職員の人的対応スキルの向上でした。コーナーができてわずか1か月後の2016年1月に、認知症サポーター養成講座を実施しました。そして、1年半後、今度は支援センター(注4)の職員を講師として招き、認知症サポーターブラッシュアップ研修を行いました。こうして、職員の認知症に対する意識が少しずつ変わっていきました。
支援センターにも内山信隆氏という熱き血潮のセンター長がいたのです。
館外サービスも充実していきました。2016年2月には、推進室の角野氏から紹介されたデイケア施設で、図書館との連携事業として、本の読み聞かせなどのブックトークを図書館が担当しました。
それでも、図書館が全てを担うには人的リソースの限界があります。そこで、「読み聞かせボランティア養成講座」を開催することにしました。シニアの社会参加が目的でした。シニア世代が生きがいを持ち、同世代や多世代の方々と交流し、市民が市民を支え、市民が主体的に参加する組織をめざしたのは、官主導のボランティアでは限界がきていると感じたからでした。
舟田氏はよく「事例をまとめたものが欲しい。対応マニュアルはありますか?」と、問い合わせを受けるそうです。その質問には、「マニュアルはありません。図書館の置かれている環境も人も違います。利用者にはケースバイケースで対応しています」と応えています。でも、行き当たりばったりで対応しているわけではありません。認知症への知識を深め、図書館での対応が難しければ支援センターの専門職へつなぎ、適切なアドバイスを受けます。家に帰れない人がいても、本人が家族に伝えてほしくないといえば、家族には連絡せず支援センターと解決策を検討します。本人の尊厳を認めるのが基本です。一方で、ケースによっては守秘義務の範囲で情報提供することもあります。杓子定規のマニュアルではできないのです。
推進室にとっても図書館は大事なPRの場所。パンフレットなどは積極的に図書館へ置いてくれます。図書館は敷居の低い公的機関。まだまだ活用法はあると言います。
同じ川崎市内でも、区によってニーズが違うように、金太郎飴のサービスはありません。机上ではわからない、現場で触れ合い肌で感じたことをどう受け止めて行動するか、認知症サポート事業は、「地域をみて、そして取り組む覚悟が必要」と語った後、「図書館の外の機関と連携をとりながら、お互いの強みを出し合い、ともに地域を支援していきたい」とあくまで利用者の視点を忘れない講演でした。
午前中の講演のあと、午後のワークでは幾つかの事例をグループに分かれて検討しました。もちろん正解はありません。そのあとは、職員の皆さんで山武市の状況を話し合いました。山武市には3つの図書館があります。さんぶの森図書館ではEG(エコノミックガーデニング)に特化した活動を続けています。ここ成東図書館は、近くに、地方独立行政法人さんむ医療センターがあります。まさに病院との連携には恵まれた環境です。推進室や支援センターなどと連携し、チラシやPRで認知症コーナーを図書館内に作ったり、病院との連携なども既に模索を始めています。今回のワークで、「『高齢者の健康診査の検診結果を読み解こう!』と題して、図書館で病院の医師に説明してもらったら」などの具体的なアイデアもでてきました。何より、職員の皆さんが認知症に対して知識を共有できたことはとても意味のあることだと思います。図書館の運営は一人ではできないのです。
舟田氏の1本の電話から始まった、宮前図書館と地域包括ケア推進室と地域包括支援センターとの三位一体の連携は、図書館の中だけで待っていたらできないことでした。「市は組織で動きますが、動いているのは人です。人とのつながりが組織のつながりを深めていく。その人とつながるには、図書館の外に出て攻めていかなければつながらない」。舟田氏の言葉に、最後はやっぱり「人」!と感じた1日でした。