群馬県草津町の温泉図書館へ湯治を兼ねて行ってきました。今日は、温泉図書館の報告です。
草津温泉といえば湯畑が有名ですよね。ちなみに、現在の瓢箪型の湯畑は、昭和50年に岡本太郎氏がデザインしたものだそうです。
温泉図書館は、湯畑から歩いて5分ほどの草津温泉バスターミナルの3階にあります。この場所は、元は有料の温泉資料館があったのですが、有料ということもあってなかなか利用されていませんでした。そこで、図書館が手狭になったこともあり、図書館と温泉資料館とを合体させて、2015年11月に「温泉図書館」としてオープンしました。温泉関係の本や資料を取り揃え、「温泉文化の発信拠点にしたい」という想いから命名したそうです。
新しい図書館の面積は、旧図書館の約2倍となりました。以前は10席しかなかった閲覧席も44席となり、電源・飲み物OKで中高生の利用も増えたといいます。ターミナルの待合時間を利用した観光客も増え、賑わい創出にも一役買っています。草津町の人口は6500人、利用カード登録者は12000人。地元の方はもちろんですが、町外や観光客でも借りられます。
2階のバスの待合室から3階へ上がっていくと、「温泉図書館」の暖簾(のれん)があります。ただし、温泉はありません。暖簾をくぐって最初に目にするのは、以前この場所にあった温泉資料館の温泉に関する展示コーナーです。草津の湯は、五寸釘が10日で溶けるほど酸性度が高く、釘の溶けていく様子なども展示されています。バスの待合で訪れていた観光客も熱心に見入っていました。
実は、私、暖簾の向こうに温泉もあると思い込んでいたのです。司書の中沢孝之氏(以下、中沢氏)の話によると、テレビや家電なども酸で痛むから、室内に温泉を引くのは、とてもリスクがあるとのことでした。
ちなみに、源泉は95度近くあり、水道管で冷ました温泉は温泉施設に供給し、温水になった水道管のお湯は一般家庭に供給されます。一方、川からも温泉が湧きでているため清水がなく、水は長野県境から引いています。水道水とは別に、蛇口をひねると温水も出るという、温泉は光熱費の節約にも一役買っています。草津の一般家庭には温水湯沸かし器がないという話にも頷けました。
館内には約5万冊の蔵書があります。人口の大半は観光業に従事しているため、料理やガーデニングなど、利用者の需要に合わせた書棚が工夫されています。農業に従事する方が少ないのは、書棚を見せてもらって納得しました。開館時間は午前9時~午後5時、それ以上開館していても利用者が来ないのだそうです。これも温泉町ならではの特徴かと感じました。
文学のほかに、着物の着方など旅館業に関するものや、温泉関係が多く貸し出されるそうです。貸出に合わせて、温泉/草津/ハンセン病/火山(白根・浅間) 関係の本が別置されていました。各書棚に見出しがあるのですが、温泉街の古い写真や絵図などの郷土資料と、その続きにある、町と関わりの深いハンセン病関連約500冊の書棚には見出しがありません。ハンセン病の資料は開館当初から収集していて、ハンセン病療養所の入所者が書いた文学作品や歴史的な資料も所蔵していました。
見出しが何故ないのか尋ねると、「なかなか良い見出しを思いつかなくて~」と話してくれましたが、「あえて“ハンセン病”の見出しがなくても、それとなく察してほしい」という配慮を感じました。外国人の方には、外国語書籍の表紙をコピーした冊子を用意して、本の紹介をしていました。温泉図書館にない本は、県立図書館との協力車が、週に一度、前橋から届けに来ます。
郷土資料の中に町のパンフレットや広報紙がありました。この広報紙に、中沢氏の記事「こんにちは、図書館です」が、2012年2月からずっと連載されています。中沢氏が、「書かせてください!」と、直接広報課に売り込んだのだそうです。図書館のレファレンスや郷土のエピソードなどを紹介する記事で、最新号は草津小学校の太鼓の記事が書かれていました。
「草津と疎開」と題した号では、昭和19年の夏に受け入れた疎開児童のことが記載されていました。宿泊施設がたくさんあったから、淀橋区(現在の新宿区)13校3500人の子供たちが74軒の宿泊施設に疎開しました。図書館に所蔵の「写された学童疎開(新宿区立新宿歴史博物館(1996)」の冊子には、各地の疎開児童の様子を写した399点の写真が収められていて、草津で撮られたものも数葉あります。草津に疎開した子供たちの作文も残されていて、その一部も紹介されていました。貴重なアーカイブです。今でも年に数人、疎開のことを調べに来館される方がいるそうです。
この広報紙のおかげで、図書館のハードルがぐっと低くなりました。今では、役場や関係団体からもレファレンスが来るようになって、信頼関係構築のツールとしても活躍しています。
更に、その記事が、雑誌VISAの編集者の目に留まり、中沢氏へ取材のオファーが来たのです。NHK大河ドラマ「真田丸」でも草津温泉の名前が出たからでしょうか、雑誌VISAの特集記事は、「戦国武将が愛した名湯」のタイトルで、町を知り尽くした中沢氏の取材をもとに、草津温泉の紹介をしていました。中沢氏の写真も掲載され、草津の名を全国に広める広報活動にも繋がっています。これも積極的な売り込み活動から派生した賜物です。図書館の中で待っているだけでは何も生まれないのです。中沢氏は、図書館の外へ出ていくことを、「覚悟の問題」と言い切りました。
もう一つ特記したいことがあります。草津では、書誌情報を登録するツールに、民間マークを使っていません。今までも予算がない理由で自館マークを作成する話は聞いたことがありますが、草津町図書館は意志として、1988年にオープンした当初からこのスタイルを変えていません。本は、町にある2軒の本屋と、町外の1軒の本屋から購入します。湯畑の近くにある本屋を覗いてみましたが、図書館で扱う本はほとんどありませんでした。
選書は、新聞やネットで情報収集し、都内へ出かける出張は、選書ツアーも兼ねています。書店でも見ないような本をできるだけ選書するように心がけているとのことでした。そうして得た情報から町の本屋へ発注をかけます。納本されると、書誌情報も装備もNDC分類付与も、全て図書館で行います。非効率と思うかもしれませんが、これが本当の司書の仕事だと自負しているのです。装備にも工夫があり、必要だと判断したら、帯付きで装備もします。 図書費用は年間160万(雑誌や視聴覚は除く)。図書館の規模やこの予算だからできるとの見方もありますが、正規職員1人、臨時職員3人(内、2人は資料館の人)という人員配置の中で、自館装備にこだわっているのです。
効率を求めるだけでなく、この町にマッチした一味違った図書館を作りたいという熱い想いを感じました。宿泊したホテルでいただいた共通割引券に、図書館の名前を見つけました。元々は温泉資料館の名前が記載されていた場所を、ちゃっかり広報に利用する逞しさも感じました。
草津温泉は、「湯畑」という巨大な源泉を中心に、周囲の野天風呂から始まったそうです。今も共同浴場がたくさんあり、この成り立ちは、ほかの温泉地と大きく違いがあるといいます。平成27年度草津町の名勝に関する特定の調査研究事業により、「草津町の名勝に関する特定の調査報告書」が作成されました。この報告書がきっかけとなり、草津の湯畑を文化遺産に登録する動きがでています。もちろん報告書の作成には図書館が大きく関わっています。
草津の湯は、強酸性のため殺菌作用が強く、虫歯や目にもよいと言われています。白根山は3年前から湯釜を含む周囲1キロほどが立ち入り禁止になっていますが、コマクサがきれいな本白根山やロープウェイには足を延ばすことができます。草津へ出かけ、 私がすっかりファンになった昔からの湯治文化“時間湯(注2)”も体験してみてはいかがでしょうか。そして、温泉図書館の暖簾もくぐってみてください。温泉はありませんが、素敵な司書の笑顔と出会えます。