鯖江市図書館(注1)のライブラリーカフェについては、本コラムの第16回「東京国際ブックフェア2015 図書館・出版シンポジウム」)の「市民とつくる 市民のための 市民の図書館」で報告をさせていただいたことがあります。当時副館長だった早苗忍氏が今は館長になられていて、越前ガニの裏メニューにも惹かれ、鯖江市図書館へ伺ってきました。図書館に伺う前に、早苗氏の前々館長である前壽則氏のご自宅にも伺い、図書館のお話なども聴かせていただきました。今回は、鯖江市図書館の取り組みの幾つかを紹介します。
カフェがうまれるまでの経緯を、協働で行っている図書館と「さばえ図書館友の会」について、さばえ図書館友の会の岡田一司氏とほか数名の方々からお聴きしました。
鯖江市図書館は、1997年12月に鯖江市文化の館として開館しました。当時、「不要の箱物」として批判され、市長選の争点にさえなりました。指定管理者推進派の市長が当選し、図書費・正規採用職員の削減・通年開館を唱え、従来は休館日だった月曜日の開館業務をNPO職員に託しました。司書の前氏は2000年に文化センターへ、2001年には早苗氏も教育委員会へ異動し、図書館は貸出中心の機能に留まってしまいました。
一方、ボランティアの「さばえ図書館友の会(以下、友の会)」は、1988年に、図書館を支援する市民活動を目的として発足しました(当時は30~40名ほどの会員でしたが、現在230名の会員が、市から補助なしの自主運営をしています)。図書館運営の一部がNPO職員に託された時期は、「市民に開かれた市による直営の図書館」を求める友の会に対して、市や教育委員会の対応は好意的ではなく、当時、友の会の事務局長だった岡田氏は、「冬の時代を耐えていた」と話してくださいました。
2004年に市長のリコール運動がおき、新しい市長が当選し、市政全般が見直されました。2004年11月末の異動で、前氏と早苗氏の二人が図書館へ戻ってきました。友の会の方々から掛けられた「おかえり!」の声が、二人の復帰をどれほど待ち望んでいたかを示していました。変わり果てた図書館を目の当たりにし、「市民とともに市民に開かれた」新たな図書館づくりが始まりました。
きっかけは、NHKラジオで放送されたロンドンのサイエンスカフェでした。図書館の職員に「出勤簿がいるんじゃないの?」といわれるほど図書館漬けの生活をしていた友の会の岡田氏から、ロンドンのサイエンスカフェのような市民の知的要求に応える場を作りたいと提案があったのです。予算は当然ありません。前氏の「謝礼等の工面はつくか?」の問いに、早苗氏が「何とかなります」と即答して、ライブラリーカフェが生まれました。
カフェは、友の会と図書館(市)の協働で運営され、毎月1回図書館に併設された喫茶室で、図書館閉館後の19時から開催されます。毎回のテーマは、実行委員会で決め、テーマに沿った講師をお願いします。テーマをよりよく理解するために、館内には次回のテーマ本の展示コーナーが設けられていて、事前に知識を深める工夫がされています。講師謝礼は基本的には1回1万円を鯖江市と友の会で折半負担です。
最初は、少ない謝礼で講師の方に来ていただけるかとても不安だったそうですが、今では半年先まで講師が埋まっているほどの盛況ぶりです。カフェは事前に参加を募りません。利用者が固定化するのを回避したかったのです。実際に運営してみると、常連は全体の1/3にとどまり、テーマによって性別も年齢も参加人数も変わります。1時間の講義の後の15分のコーヒータイムにはケーキが付きます。天気とテーマに左右されながら、毎回その数を読むのが一苦労だそうです。
私たちが伺ったときのテーマは、福井大学の川上洋司氏による「暮らしを支え、豊かにする交通まちづくり」でした。地方では車がないと、生活がとても不便です。だから、高齢者になっても運転免許証を返上するドライバーは少なく、高齢者の交通事故が問題になっています。車を使って自分の都合に合わせて生活するのではなく、自治体が運行するコミュニティバスなどの公共交通サービスに合わせた生活スタイルを考えるという、住民の意識改革についての話でした。
参加人数の読みは40人、実際には46人の参加でした。テーマによって参加者や人数が変わるのも楽しみになってきたと、事務局の方が話してくれました。15分のカフェタイムのあとに質問タイムが45分あります。長すぎるのでは?と思ったものの、最初から何人もの人が手をあげ、熱心な質問が続き、時間が足りないほどでした。
図書館には、前氏の頃から、ずっと大事にしていた姿勢があります。それは、「何人も排斥しない」こころです。どんな質問をしても排斥しない文化が、カフェにも根付いているのです。特筆すべきは、毎回終わった後に、事務局が「カフェの窓」と題して、内容を記録に残し、次回参加する方々に配布します。会員にも「友の会たより」という会員便りで知らせます。これも立派な地域資料になります。
今年9月で150回を迎えるカフェですが、他の図書館で同じような催しができるかと質問したら、友の会の岡田氏は、以下の2つの条件を挙げてくださいました。
カフェは、図書館と友の会の「協働」の成果です。友の会は経済的に独立していて、行政に左右されることはありません。市(図書館側)も、友の会を含むボランティア団体を下請け団体として捉えずに、各団体の特性に応じて柔軟に対応しているのです。ボランティアの皆さんは館長室に自由に出入りし、前任の館長である宇野徳行氏もカフェに顔を出してくださる、そんな素敵な関係がありました。「協働」の想いは、市民の皆さんにも通じていることを、閉館後にお話しした市民の方からいただいたメールで感じることができました。
以下、ライブラリーカフェのときに出会った鯖江市在住の一般利用者からいただいたメールの一部を紹介します。
初ライブラリーカフェは如何でしたでしょうか?
私は司書ではなく、一般の利用者なのですが、ライブラリーカフェが好きで毎月楽しみにしています。
読書は知識を増やしてくれますが、ライブラリーカフェは講師の方と参加者の知恵と豊かさを分けてくれる感じがします。
図書館にはそれぞれ地方色が出ると思うのですが、鯖江市図書館の特色は市民参加型の図書館であることと、おもてなしの精神だと思います。
職員の方、ひとりひとりが担当している分野に本当に熱心に取り組んでおられます。
ライブラリーカフェの他にも、読み聞かせや、園児を対象にした「本との素敵な出会い」、大人を対象にした「絵本を読み深める会」など、幅の広い年齢層に本の素晴らしさ、図書館の魅力を伝えています。
福井にお越しの際には鯖江市図書館にぜひまたお立ち寄りください。
最後に、友の会の課題をお聞きしました。事務局含め会員の高齢化は進んでいて、平均年齢は70歳とか。30代、40代の若い方々にどうやって繋いでいくかが課題と返ってきました。「文化」が引き継がれていく大切さと、「絶やさない」重みを感じました。
かつて、JR鯖江駅の2階は、駅の上にも関わらず、30年近くテナントが入らず空き家でした。
2013年、市が「鯖江の市長をしてみませんか?」と活性化プランを募集し、東京の学生による「駅の2階の空きスペースを有効活用し、まちづくりにつなげる」提案が最優秀賞となりました。学生の提案の実現に、「まちライブラリーをイメージした図書館の分館にしては?」と、まず図書館に打診がありました。
分館となると、人件費の確保もあってすぐには動けません。図書館で協力できる着地点を模索しているところへ、市内で障がい者等が関わるコミュニティ・カフェを運営するNPO法人「小さな種・ここる」(注2)と、市民の文化活動を手がけるNPO法人「Comfortさばえ」(注3)の2つのNPO団体が協働した、カフェとライブハウスと図書機能を持つ公共施設「えきライブラリーtetote(以下、えきライブラリー)」が実現しました。さらに、2014年3月には市民協働パイロット事業(注4)に「えきライブラリー」が指定されることになり、鯖江市が積極的に支援することになりました。
「えきライブラリー」の運営は、障がい者の雇用促進を目指すNPO法人「小さな種・ここる」が、午前~夕方にかけて喫茶と本の貸出し業務を担当。市民の文化活動を手がけるNPO法人「Comfortさばえ」は、喫茶閉館後の夜のライブやワークスペースなどを担当します。
図書館は、本の提供と3ヶ月に1回の入れ替え、配送の一部を担当し、それぞれのノウハウを生かし連携して「まちの賑わい」を目指しました。内装は市の建築営繕課が担当することになりました。早苗氏は大阪府立大学のまちライブラリーの写真を見せて、建築営繕課の方々にイメージを膨らませてもらいました。かつて数年間図書館を離れていた間に培った人間関係がフル活用されることになったのです。返却ボックスも本棚も全て手作り。こうしてブラウンを基調にした素敵な空間が出来上がりました。
「えきライブラリー」は現在800冊ほどの本を、年に4回図書館で入れ替えをしています。図書の貸出しは、貸出用の3台のハンディターミナルを週に3回回収しています。「本がなくなる、汚れる」などの不安も徒労で、絵本の貸出も増えたそうです。
喫茶室にはWebOPAC専用のパソコン端末も1台あり、図書館の本を検索したり、予約をすることもできます。更に、図書館への来館が困難な高齢者の方の要望で、予約した本の受取館としても利用できるようになり、鯖江市図書館の分館的役割を担うまで進化しました。知恵を出し合い、利用者も巻き込んで、協力し合いながらの成果です。
実際に、とても居心地の良い空間で、ミックスジュースはスムージーのように濃厚でした。もう一つ図書館がこだわったのは、駅を利用する学生が、何も頼まなくても勉強できる場所を確保することでした。夜はステージになる一段高くなった場所は、そんな学生のための空間で、伺った日も、高校生が勉強にいそしんでいました。
図書館の取り組みは、それ以外にもあります。
ITのまちの図書館として、株式会社カーリルと共同開発したアプリケーション「さばとマップ」は、Googleマップのように、図書館内の現在地と検索図書の場所を表示するサービスです。
学校図書館支援センターは、鯖江の子どもたちに豊かな心を育んでもらおうと、図書購入の予算が少ない学校図書館を支援し、朝読の図書の巡回配送から始まりました。図書館職員が学校図書館へ出向いたり、教科関連の本を必要に応じて団体貸出、配送、ときには授業内での本の紹介まで図書館が行っています。こちらも学校との協働で進化を続けています。
前々館長だった前氏は、講演を依頼されると、「お金がない、理解がない、できないなどと、馬鹿なことを言うな」ということばかり話していたそうです。「僕の時には、誰も見学に来てくれなかったけど…」と語っていましたが、その精神が更に、宇野氏から早苗氏へと受け継がれ、浸透して、今の図書館があるのを肌で感じました。
設備もしかりで、ほかの図書館が使わなくなった書棚や書見台をもらい受け、鯖江市図書館で第2の人生を送っています。「無理です」の代わりに、できることを考え、知恵を出し合う。そして浸透してきたところで予算化してもらう、そんな柔軟な「したたかさ」も感じました。鯖江市図書館の取り組みが、参考になれば幸いです。