図書館のサービスは健常者だけが対象ではありません。福島県郡山市立図書館に次いで大阪府枚方市立中央図書館に、車いすの人にもっと便利に図書館を利用してもらおうというシステムが試行導入されたと聞き、伺ってきました。
そしてもう一つは、奈良県平群町と奈良市で行われている読書介助犬の「わんどく」です。「わんどく」は、子どもが読書介助犬の前で本を音読することで、読書に対する苦手意識を克服し、自己肯定感を養うことを目的とした取り組みです。読書介助犬とは、子どもが本を音読するのをそばでじっと聞いてくれる犬のことです。
今回は、車いす利用者支援サービスと読書介助犬の「わんどく」の紹介です。
大阪府枚方市立図書館は、障害者サービスに力を入れている図書館です。障害者サービスは、1976年に市内の点訳奉仕グループより点字図書の寄贈を受け入れ、視覚障害者への郵送貸出を開始したことから始まりました。
国連が定めた「国際障害者年」を契機に、障害者の利用促進のための施設・設備等の充実・改善が進められました。その一環として図書館でも、点字図書蔵書目録の点字版の作成・配布や視覚障害者への点字図書の自宅配本サービスも開始し、対面読書や録音図書の制作なども始めたそうです。その後、聴覚障害者との交流会で、聴覚障害のある方にはマンガがとてもわかりやすいことがわかり、障害者限定でマンガの貸出を始めたエピソードもあるそうです。手話で楽しむお話会のほか、バリアフリー映画上映会やバリアフリー体験会などにも取り組んできました。
BM(自動車文庫)が、市民病院の小児病棟面会室へ団体貸出配本を開始したのは1992年。今は建て替わった病院のロビーにて、面会者以外も含めて利用されており、病院サービスは、3か所に増えています。弱者の視点を忘れないのは、視覚障害のある職員が配属され、利用者の代弁となっているのも大きな要素と思われます。
視覚障害のある職員の主な業務は、障害者サービス用資料の制作、障害者サービスの企画立案、音訳協力者の育成・研修などですが、国立国会図書館主催「障害者サービス担当職員向け講座」の講師も務めています。どんな人にも本を届けたい想いがとても強い図書館なのです。
今回見せていただいた「車イス利用者支援システム」は、開発元の話によると、ショッピングモールで困っている車いすの方を目にし、「車いすの方が気軽に一人で外出が楽しめたらいいな!」と思ったのが開発のきっかけだったそうです。このシステムを「郡山市立図書館では試験導入している」と知り、システム提供会社へ連絡を取りつながりました。開発会社の役員が枚方市民ということもあり、2019年3月から試験導入されることになりました。
システムの使い方はいたって簡単です。車いすの利用者が来館すると、貸出カウンターで、専用のアプリが入ったスマートフォン(子機)を、インターネット端末と同じ扱いの種別で貸出します。私も実際にやってみました。車いすでは、一番下の段や上の段は本をとりたくても手が届きません。そんな時、各棚の側面に張られているシステム用のQRコードを、貸出されたスマートフォン(子機)で読み取ります。すると、職員が持っている親機のスマートフォンに、手助けが必要な依頼のメールが飛んでいくのです。メールには依頼者が読み取ったQRコードにより配架場所情報が入っているので、係員は連絡のあった場所へ行き、利用者のニーズに対応します。利用者はストレスなく本を手に入れることができるというわけです。
図書館を利用する車いすの方は、介助者(ヘルパー)付きの方が多く、まだ実際に使われているのは数えるほどとのことでした。それでも、「病気や遺言や心に関する本などは、借りたくてもヘルパーには遠慮して言えないのではないか?このシステムがあれば、車いすの方々の隠れた需要を引き出せるのでは?」と枚方市立中央図書館の総務グループの川端幸雄課長代理は語ってくれました。
現在、枚方市立中央図書館では、3階の新聞・雑誌フロアーと4階の一般図書フロアーに1組ずつ、親機と子機の対で用意していますが、本気で取り組もうと思えば分館があれば分館数もしくはフロアー毎に台数が必要となり、機器のリース料もそれなりの額になります。しかし、館内に代用できる通信可能な端末があれば、ソフトのみとなり、リース料を抑えることもできます。
Webシステムとして提供してもそんなに難しいシステムではないのですが、いたずら防止と体の不自由な方が使う視点でどこまで使い勝手にこだわるかが思案のしどころと感じました。まだまだ利用者は少なく、いずれにせよ、試行期間を経て評価することになりそうです。
2016年から奈良県平群町立図書館の館長をされている林勝之館長は、かつて奈良市立図書館に通算20年ほど在職していました。在職中の1999年に、「絵本ギャラリーin奈良実行委員会」を立ち上げました。その目的は、子ども読書活動推進法の一連の活動として、ボランティアや文庫活動、保育園など20団体ほどが集まって、子どもたちの教育のテコ入れをすることでした。2013年のイベントに、うだ・アニマルパーク動物愛護センターから、動物の大切さを子どもたちに知ってもらうため「ふれあいいのちの教室」を開催したいとの申し入れがありました。
林氏は、アメリカで始まっていた子どもが犬に本を読み聞かせる「R.E.A.Dプログラム」の存在を知っていたので、犬への読み聞かせを提案したのです。盲導犬などの訓練を受けた職業犬は、役目を終えると人間と同じように引退します。そして、退職した人間と同じように喪失感を覚えるのだそうです。そんな犬たちに新たな役割を与える生きがい対策も背景にありました。絵本ギャラリーの活動は今も続いていますが、セラピー犬の活動は2017年に絵本ギャラリーから独立します。
平群町立図書館に赴任後の2018年に、同じ子どもに毎週合計3回、読書介助犬の「わんどく」を平群町図書館内で実施しました。図書館のほかに、臨床心理士や獣医や絵本療法士も巻き込んでのプロジェクトでした。参加した子どもたちには、読書ノートに感想を書いてもらいました。そして、子どもたちの変化を各分野の専門家が検証し、カウンセリングプログラムを作成しました。今はその最終整理をしているところです。
私が見学したのは、2019年3月に開催された奈良市南部公民館での「わんどく」体験でした。申し込みは事前に公民館から公募があり、当日は2交代制で18名の子どもたちの参加がありました。3匹の読書介助犬が飼い主と別の部屋で待機する中、子どもたちは最初に、犬と仲良くなるためのふれあいの注意点や犬が嫌がる接し方の禁止事項を聞きます。サポートしてくださるのは、公民館のボランティアの方々です。実際に読み聞かせする2か所の部屋はカーテンで仕切られていて、犬が落ち着いて聞ける配慮がされていました。子どもたちは、用意された絵本の中から自分が読みたい本を探して出番を待ちます。そして、自分のペースで10分ほどかけて好きな絵本を読みあげます。読書介助犬はリラックスした様子で子どもたちに寄り添っていました。 あとで子どもたちに感想を聞いたら、「犬のしつけが素晴らしい」「読みやすかった」「緊張した」などさまざまでした。
「わんどく」の取り組みを支援する団体の資料によると、読み間違いを指摘された子どもは緊張したり、やる気をなくしたりすることがあるけれど、犬だとこうしたことがないため、コミュニケーションが苦手な子どもに自信をつける効果があるのだそうです。
奈良市の図書館で永く働いていたとはいえ、現在の林氏の奈良市での活動はボランティアです。休日を返上してまで突き動かす想いを聞いてみました。
在職の頃、地域の底辺の力をあげていくのに行政の力がなくなった時、地域住民の支え合う体制づくりが必要と考えていた林氏は、公民館に着目します。奈良市には中学校22校に対し公民館が24館あり、ほぼ全域サービスが可能なのです。公民館の2階には図書室があります。支援体制の場所は確保されているので、あとは人的資源です。そこでまず、経験のない方でもすぐに取り掛かれそうな本の整理などのボランティアを募集しました。さまざまなイベントを立ち上げて子どもたちと触れ合う中で、ボランティアを巻き込んで子育て世代との情報交換に至るまでは多くの時間が必要でした。自分が立ち上げたプロジェクトに、今はボランティアとして参加しています。
わんどく体験が終わったあと、大きな男の子もたくさんいて2階の図書室で遊んでいました。公民館と図書室と多くのボランティアが地域で助け合い、小さいころから子どもたちは図書室に慣れ親しみ育まれている様子がうかがえました。
奈良市の公民館は奈良市生涯学習財団による運営です。職員のやりがいはあるものの、どこの自治体でも見られる報酬の課題は残っています。
図書館には、「わんどく」を支援できる本があります。本来のターゲットは、子育て支援センターと連携しての登校拒否や発達障害の子ども達が対象ですが、まだそこまでには至っていません。臨床心理士は、引きこもりの若者にコミュニケーション能力を養ってもらうために「わんどく」に注目しています。カウンセリング要素が非常に大きい事業です。
「わんどく」開催には、読書介助犬たちの待機場所、子どもたちの待機場所と読み聞かせ場所の確保はもちろんですが、犬たちのストレスを発散させる散歩コースの事前チェックなども必要とのことでした。
「わんどく」を手がけているのは、東京都の三鷹市立図書館、大阪府の高石市など幾つかあるようですが、横連携には至っていません。読書介助犬へのアプローチも、公益財団法人日本補助犬協会やNPO法人日本アニマルセラピー協会などまちまちでつながりがありません。今後は実施図書館同士の情報交換が課題とのことでした。