5月連休初日に、第40回コラム(注1)で紹介した千葉県山武市の豊山希巳江氏を訪ねました。彼女は今、成東図書館に異動になり、地域に密着した新たな活動を始めていました。先月に引き続き図書館との連携の話で、今回は、山武市と国立大学法人筑波大学(以下、筑波大学)との連携プロジェクトの紹介です。
山武市は高齢者の医療費の負担を軽減すべく、2021年度から3カ年計画で筑波大学と連携・協力協定を結んでいます。2016年度より調査を開始し、2020年度までの5年間の医療・介護費データの分析結果から、転倒骨折などにより長引く入院費用が健康保険の支出を圧迫していることがわかりました。そこで、連携・協力協定をもとに事前に転倒骨折の予防や管理ができないものかと発足したのが、「転倒骨折予防プロジェクト」です。自治体の担当部署は高齢者福祉課。プロジェクトの一端を担うことになったのは、異動して間もない若手の酒井姫夏氏でした。プロジェクトに関わり始めた頃の彼女の図書館感は、「図書館は本を借りる・読む場所」。転倒骨折予防と図書館がどのように関わっていけるのか、どんな部署との連携が可能なのか、イメージすら思い浮かばなかったそうです。
社会福祉協議会(以下、「社協」)ってどんなところか知ってますか?恥ずかしながら私は知らなくて、てっきり市の組織の中にあると思っていました。社協は、地域福祉活動推進の中核的組織として、地域で抱える様々な問題を地域住民や関係機関と一体となって、『誰もが安心して暮らせるまちづくり』を推進する公共性・公益性の高い民間非営利団体なんだそうです。地域課題に対応した多様なサービスは、自治体の各係と密接に関わって活動します。それゆえに、自治体の天下りの受け皿と揶揄する人もいるようですが、行政では公平性を欠くと尻込みするような案件でも、社協では社会資源(地域における助け合い活動など)でスピーディーに対処できる利点もあるのだそうです。毎年恒例の赤い羽根共同募金運動や歳末たすけあい募金運動、災害ボランティアセンターの運営も社協管轄なんだそうな。
そんな地域住民の方々と深く関わっている社協なら、転倒骨折予防プロジェクトを強力に推進できるのではと、酒井氏は社協の須田高氏に連携を申し出たのです。
事業の最終目標は、転倒骨折の予防だけでなく、誰もが生涯現役で活躍できる「現役生活の応援」です。多種多様な人材・機関の連携を推進できる生活機能モニタリング測定会[わたしの健康プラス]を実施することにし、社協の協力を得ながら、多くの市民・専門機関の皆さんに参加してもらうことができるようになりました。
会場レイアウトや運営ガイド(測定手順)の作成など、酒井氏は筑波大学の陣内裕成先生のアドバイスを受けながら手探りで進めていきました。市としても初めての取り組みは、関係者が多くなるにつれて増える運営上の課題を整理しながら、暗中模索の活動が続きました。そして、「わたしの健康プラス」は単なる測定会ではなく、筑波大学のデータ分析に基づいて、保健医療分野を超え他分野に亘る機関とタッグを組んだチーム体制ができました。
関係機関 | 共通目的 | 協力内容例 |
---|---|---|
図書館 | 生涯学習の面から本人のやりたいことを応援 | 本人の関心事を掘り下げた資料や情報提供 |
社会福祉協議会 | 地域住民の社会貢献活動の継続と活性化 | 希望する地域活動への機会提供と利用できる地域資源の紹介 |
シルバー人材センター | 就労を通した生きがいづくりや地域社会の活性化 | 就労機会の紹介と就労に関する情報提供 |
さんむ医療センター | 転倒骨折の原因追究と病気の早期発見と予防 | 医療受診による健康状態の改善と予防行動の提案 |
地域包括支援センター | 転倒骨折による要介護の予防と重症化予防 | 要支援からの卒業支援や要支援での生活支援 |
筑波大学 | 医学的根拠とデータに基づいた対策の支援 | エビデンスに基づいた専門的助言とデータ分析基盤の整備 |
測定会では実際にどのようなことを行っているのでしょうか。会場の蓮沼交流センターは九十九里海岸から1km弱の所に位置した5階建で、屋上もあり津波や災害時の避難所としても利用することができます。受付で申し込みを済ませ、各ブースを一巡してもらいます。握力、視力、発音・嚥下・聴力、転倒しにくいバランス保持力、骨密度検査のほか、巧緻(指先の器用さ)、起立(椅子からの立ち上がり)、姿勢、歩行検査など生活に必要な“機能”を測るもので、保健師や理学療法士も加わっての検査です。全てのブース検査終了後に相談コーナーがあり、身体の心配ごとや趣味や興味についてお聞きし、生涯現役につながる提案をする仕掛けです。図書館は、この最後の相談コーナーに本を展示して、相談員としても参加しています。酒井氏は、展示している本を通じ、豊山氏が一人ひとりの興味を引き出し、その人にあった趣味の本をはじめ転倒骨折予防や介護予防の体操本などもセレクトしているのに刺激され、毎回相談コーナーの図書展示ブースを見るのが楽しみになっていきました。
専門家しか行えない測定を除いて、測定器は各ブースを担当する職員が操作し、もちろん図書館職員も使いこなします。と、言うは易く行うは難し。測定に来られる方は、個人差があり、みんなが同じ条件で測る難しさを実感したとのこと。2021年10月の測定から2022年4月までに4回実施し、25名の方にモニタ―参加いただき、やっと機器の扱いにも慣れてきました。この経験をもとに、どうやって市全体のプロジェクトに展開していくのか模索が続きます。
山武市がこれから目指す、図書館も連携したプロジェクトの概要を紹介します。
上記で紹介した生活機能モニタリング測定会「わたしの健康プラス」に加え、今後は、生活支援体制整備事業の補助金等を利用して、地域の公民館などでも測定できるような機会をつくっていきます。その場所は測定だけではなく、おしゃべりをしながら気軽に相談できる場所。その場所を、「はなまるサロン」と名付けました。図書館は、測定にも協力しながら、各自の相談に応じて必要な情報や本を提供します。健康づくりのレッスンやテーマごとの講習会もやりたいなあと欲もあります。相談会場では、すでに「いきいきわくわく教室」を開催している会員制「ゴールドクラブ」、社協の地域福祉活動、シルバー人材センターのお仕事などの活動内容を紹介し、興味のある方につないでいきます。転倒歴のある方や不安のある方には「わたしの健康プラス」を案内し、必要な社会・医療資源につなぎます。
さらに、この循環がうまくいけば、図書館を舞台にした「いきいきくらし塾」と称した活動を考えています。こちらは、地域の「目」となってくれるボランティアさんたちが講師となり、地域に活動を拡げ、教える方も教わる方も楽しく元気になれる仕組みづくりを目論んでいます。
高齢者を取り巻く話題は、足腰の痛みに骨粗しょう症に認知症に終活など、暗くなりがちな話題ばかり。そこに専門家が介在することで前向きにとらえ、自分らしい無理のない現役生活を支援する、プロジェクトにはそんな想いが込められています。
酒井氏は、このプロジェクトが、様々な人や部署の壁を超えて新しいつながりがうまれ、多くの方々の協力で成り立っているのを日々実感しています。もちろん図書館のイメージも大きく変わりました。プロジェクトに関わらなかったら、これだけの人的ネットワークはできませんでした。あわせて、資料作成や会議の進行・測定会の運営などの貴重な経験を通し、自他ともに、文章力や発言力などの成長を感じています。
プロジェクトは立ち上がったばかり。2022年4月から市の重点事業としても認定されました。高齢者福祉課には新たに山倉郁生氏と瓜生洋一氏が加わりました。研究者の立場からアドバイザーを務める陣内先生と共に、地域全体の活動に、それぞれの専門性を発揮する体制が築かれました。数年後にまた報告ができるよう見守りたいと思います。
前回の記事では、「図書館は名脇役に徹すること!」とお伝えしましたが、豊山氏は、「図書館は応援団」と言います。図書館の手柄に直接つながるものではなくても、連携した部署の皆さんが掛けてくれる「図書館の協力のおかげです」の一言が、前を向く力になるとのこと。「図書館は応援団」、肩ひじ張らずに傍に寄り添う素敵な言葉です。地域における司書の在り方や司書の可能性のヒントになれば幸いです。