2023年5月、石川県立図書館見学のあと、石川県下の図書館を訪問してきました。金沢から車で北に30分ほどのかほく市は、高松町・宇ノ気町・七塚町が平成16年(2004年)に合併してできました。日本海にも面していて、それぞれの旧町には、宿場町や廻船・水産業に繊維工業などの歴史背景が色濃く残っています。今回は、かほく市にある、かほく市立中央図書館と石川県西田幾多郎記念哲学館の報告です。
かほく市立中央図書館は、以前からある施設を残しつつ、飲食も可能な交流ラウンジなど一部をリニューアルした複合施設の中にあります。白い壁面の正面に、前日の石川県立図書館での夜の懇親会にも参加してくださった司書の小村和代氏が迎えてくれました。暑い中出迎えてくれたのは、屋上にある県下で2番目に大きい天体望遠鏡紹介のためでした。天体望遠鏡での天体観望会が、かほく市七塚生涯学習センターの主催で年に何度か開催されるとのこと。屋上からの景色はすばらしく、海は目と鼻の先にあります。
図書館前の花壇には、かほく市の花であるハマナスが植えられていました。入り口には水分補給コーナーがあり、熱中症対策もばっちりです。その横に、この地方で広く生産されていた木津桃を絶えさせないため庭先に植えようという取り組みも紹介されていました。
写真の方は、元七塚町立図書館(現在のかほく市立中央図書館)の館長をされていた越野正勝氏。木津地区の区長をされていた方です。木津桃を後世に残そうと木津桃について調べたり、自作の木津桃年表をもとに、小学校で木津桃の歴史や育て方を話したりの活動をされています。図書館の花壇の木津桃の苗も越野氏から。苗は一般には流通していないので、種から育てたものを提供してくれました。ちなみに木津桃は、全盛期の大正時代には4万本もあり、吉野の桜にも勝るといわれたそうです。今は木津公民館や地域の七塚小学校等に一部残るだけですが、継承のため尽力されている方たちがいます。地域を大切にする姿勢を入り口から感じました。
入ってすぐの場所には、直近の話題であった認知症予防の日コーナーや食育コーナーがありました。新着資料には「ChatGPT」。新聞は地元紙から全国紙まで8紙、雑誌は約100誌。雑誌スポンサー制度を採用しています。電子図書館も開設されており、雑誌も電子図書館で読めます。
郷土の偉人コーナーは見ごたえがありました。西田幾多郎はもちろんのこと、西田幾多郎の姪「高橋ふみ」、反戦川柳の「鶴彬」、日本のリンドバーグといわれた「東善作」などが関連図書と共にPOPで紹介されていました。
友好都市の駒ケ根市のコーナーもあります。言語コーナーの本は、英語のお話会でも使われます。
児童書コーナーはゆったりとした空間で、親子で一緒に本が読めるスペースを確保しています。施設内にある子育て支援センターの「ラッコちゃん広場」にも出向き、お話会の読み聞かせを行っています。子育て支援センターがある側に図書館の児童コーナーがあり、ガラス扉の出入り口を通じて自由に行き来ができるようになっています。主な図書館エリアは1階に集約し、2階には学習室がありました。
建物の外は、「七彩(なないろ)のゆめ育みてふるさとに」という運動の記念公園で、紫陽花が綺麗に咲いていました。
でも、なんといっても、図書館の標語「新しい自分をみつけに図書館へ」が光ります。司書のセンスが随所に活かされた図書館でした。
「石川県」とあるのは、建物は県が建て、運営は市町村に任せるという運営方式で、石川県下には結構あるのだそうです。日本で唯一の哲学の博物館(Museum of Philosophy)は、建築家の安藤忠雄氏の設計。最上階の椅子にまでこだわり、内部は迷路のようになっていて、来館者が「迷い考える」を楽しむ思索空間になっています。
展示棟1階の「哲学へのいざない」コーナーは、禅問答のような空間で、ちょっとにわか哲学者になった気分になります。展示棟2階の「西田幾多郎の世界で」では、遺品や原稿のほかに、たとえば、「有るものは何かに於いてある」のような意味深なことばが何気なく手に取れるようになっています。西田幾多郎は高校を卒業していません。朝ドラで放映されていた小学校中退の牧野富太郎氏同様に学歴で苦労されました。西田氏といえば「哲学の道」を思い浮かべる京都大学に招かれたのは40歳のとき。身内の不幸も重なり、決して順風満帆の人生ではなかったようです。だからこそ、西田哲学が生まれたのかもしれません。教育者として多くの弟子を育て、戦前に石川県立図書館館長や日比谷図書館長(現:東京都千代田区立日比谷図書文化館)を務め、読書会活動を広めた中田邦造氏は京都大学での教え子だそうです。
西田幾多郎と鈴木大拙はともに明治3年生まれ。金沢の第四高等中学校で知り合い生涯を通しての親友でした。鈴木大拙館は金沢市にあり、幾多郎記念哲学館のチケットで期間限定付きですが、鈴木大拙館も見ることができます。
図書室もあります。2階には、喫茶室に併設された児童書コーナーもありました。でも、私の関心を引いたのは、日記の一文を取り入れた喫茶室のメニュー。哲学者も甘いものが好きだったのかと思うと、親近感がわきました。
かほく市の小中学校の皆さんを羨ましく思ったのは、学校に出向いて定期的に行われている「ふるさと教育」と呼ばれる市の教育委員会が企画したプロジェクトです。それまでも単発の出前講座的なものはあったそうですが、哲学館も教育委員会の傘下なので、スムーズに実現することができました。
「ふるさと教育」は、かほく市内6小学校5年生と、3中学校2年生全員が対象です。各々の実施状況を以下に示します。
まず、各学級担任が西田幾多郎の生涯についての授業を行います。そのあとに、哲学館スタッフが学校へ出向き、哲学対話を行います。ちなみに今年の5年生の三択は以下で、その一つについて、みんなで掘り下げていきました。
また、同行の大人の観覧料が無料となる招待券を配布しています。
哲学館の見学と講話のセット。希望のある学校には哲学対話も実施します。
学校の希望により毎年、全学年が哲学対話をしている学校もあります。1学期に実践した対話の内容事例がこちら。
普段は何気にスル―しているテーマに、私も思わずドキッとしてしまいました。小さいころから自分と向き合う時間は、思慮深い子どもを育みます。一般向けの哲学講座も実施しています。
図書館見学の後に、小村氏の案内で西田幾多郎記念哲学館へと移動したのですが、誰も車に同行しなかったものだから、あとで、案内したかったという場所の写真とコメントを送ってくれました。
小村氏の郷土への愛が半端じゃない!
そんな故郷を育む環境に、図書館が一役買っています。