Romancer(ロマンサー)で電子書籍の作成体験
図書館つれづれ [第128回]
2025年1月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

コロナ禍を機に公共図書館の電子図書館の導入がずいぶんと増えました。2023年、『ハンチバック』で芥川賞に輝いた市川沙央さんは、「手で本を持つ、ページをめくる、目で文字を追う」健常者にとって当たり前の読書文化が、障がい者にとっては大きな負担になることを気付かせてくれました。令和元年6月に施行された「読書バリアフリー法」は、障がいの有無にかかわらず、誰もが活字文化の恩恵を受けられるよう目指す法律で、点字や音声、電子書籍など、さまざまな形で本の内容に触れられるように説いています。

一方で、誰でも手軽に本が作成できる電子書籍の制作ツールも出ています。先日、友人たちに声をかけ、デジタル出版ツール「Romancer(ロマンサー)(注1) 以下、Romancer」の勉強会をZoomで行いました。

今回は、利用者に提供される電子書籍の話ではなく、自分で電子書籍を作るソフト「Romancer」の体験報告です。

Romancer開発者の萩野正昭氏

萩野氏は、大学卒業後、港湾建設会社に就職。その後、映画やレーザーディスクの開発に従事したあと、1992年に電子書籍を出版するボイジャー・ジャパンを設立。30年以上電子書籍に関わっているレジェンドです。萩野氏が電子書籍に関わるきっかけには、出版界の現状への不満がありました。

本を出版するにはお金がかかります。そして、著者が出版社に本の企画を持ち込んで(もしくは出版社が著者に依頼して)から本ができるまで、多くの人々の目論見と過程を経て、本は読者に届きます。著者が出版したい本があっても、出版社は売れない本は出版しません。売れなければ、利益は出ないし、在庫を抱えなければならないからです。如何に売れる本を作るかは、編集者の意向が強く反映されるのです。売れると踏んで強気の部数を印刷した本でも売れないこともあります。初版で売れて増刷した途端に売れないこともあり、本は水物。一か八かの勝負物なのです。

大型書店では山積みになっているベストセラー本が地方の書店では手に入りません。ただ1冊の注文本を全国の書店に届けるには、取次(本の卸売業者)を通さないと送料がかかります。再販制度(定価販売)と委託制度(売れない本は返品)と取次の問題が大きく影響しています。

今までの出版物は、作り手が一方的に消費者に与えるコンテンツでした。テレビやラジオも作り手が一方的に視聴者に与える意味では同じです。でも、最近のメディアは、技術革新が後押しして、送り手主導のメディアから、個人が自由に発信するYouTubeなどへと移行しています。

本も同じ。「お金や時間のかかる紙本意主義より、もっと気軽に一般の方が本を出版する仕組みを作りたい」と、執筆から完成まで、自分で書き、自分で残す、自立出版のツール「Romancer」が開発されました。

デジタル出版ツール「Romancer」

Romancerの「NR Editor(以下、NRエディター)」を使うのに特別なアプリをダウンロードする必要はありません。全てWebブラウザ上で行われます。Romancerには大きく2つの機能があります。

1) 電子書籍(EPUB)を作成する

電子書籍の作成は、Romancerのホームページから、メールアドレスとパスワードを設定し、ログインして、左上にある[NR Editor作品をつくる]または[原稿アップロード]を選択して作成します。

タイトルと著者名を入力し、本の体裁を整えていきます。書籍は、非公開/限定公開/公開の選択可能です。

2) 本のURLを発行

完成したら最後に「変換」を押すと、数分後に作品URLが発行されます。

変換閲覧と閲覧は無料です。

ブラウザで開くので簡単に共有できるし、SNSで世界に発信も可能。

作品完成後に、EPUBファイルをダウンロードして、電子書籍として販売データを利用する場合や、国立国会図書館などに電子納品する場合は、月額費用が発生します。

法人や団体などでの業務利用の場合は、容量無制限の業務用プランが用意されています。

電子書籍には、2つのデータ形式があります。

1) フィックス型EPUB

漫画や市報の記事など、複雑なレイアウトの版面をそのまま維持したいコンテンツに向いています。紙面やPDFファイルなどと見え方は同じです。URLでセキュリティを担保し配信することができるため、データを抜き取られる不安はありません。

データは画像(jpeg)として変換されるため、PDFファイルよりデータ容量は大きくなります。

目次は自動的に作られず手入力で作成、編集して作成します。そのあたりは、紙の本の作成過程と同じです。目次付きのPDFファイルをフィックス型にする場合は、目次情報はアップロードの際に削除されます。

2) リフロー型EPUB

Wordやテキストファイルなどを用意し、NRエディターで編集していきます(Wordで編集しアップ原稿アップロードから変換することも可能 ※難易度高め)。

NRエディターで見出しなどを設定すると、目次は自動作成されます。リフロー型は閲覧される端末により表示がリフローされ、自動で体裁が整う仕様のため、ページの概念はなく、目次は章・節・頁へのリンクとなり、全体での表示は%(パーセント)で提示されます。

マルチメディアデイジー図書とはフォーマットが違いますが、画像を取り込む際はキャプションを付け、目の不自由な方でも理解できるよう画像に代替テキストを付けることもできます。プレビューモードで途中確認も可能です。表紙と奥付を用意すると、電子書籍の完成です。

データの修正は、「データ修正する」→「保存を押す」→「変換を押す」の工程で修正され、変換終了後、同じURLで閲覧可能です。

Romancerのその他の特徴は以下のとおりです。

  • 電子書籍制作ツールは日本で数サービスのみ。
  • URLで簡単に見ることができるので、SNS等での拡散が容易。
  • ログインアカウントを共有すれば複数メンバーで1作品の編集も可能。但し同時に編集できるのは、1作品、1人まで。
  • 紙の本にはISBNが必須だが、電子書籍の場合は特別必要ない。
  • 電子書籍の読み上げ機能を使うと音声での読書が可能(※リフロー型のみ)。但し、固有名詞など正確に読ませるにはルビが必要。
    例:図書館は「としょかん」と読んでも、30館は「さんじゅうやかた」と読んでしまうなど、ルビが多いのも良し悪しで、人名、著者名などを優先するそうです
  • 修正は可能だが修正履歴は残らず、保存・変換した最新情報がキープされる。

「Romancer」を実際に体験して

とりあえず、萩野氏の出版した『自分で書く 自分で残す 自立出版』(注2)の動画を見ながら、試しに、Webコラム121回(注3)を電子書籍にしてみました。作成したのは、縦書きのリフロー型(注4)です。動画を見ながらですが、思っていたよりもハードルは高くなく、電子書籍ができました。

よく使用される、段落や箇条書きに数字の横向き/縦向きや漢字のルビ表紙なども動画を見ながら作成しました。表紙の画像挿入は、タイトルも含めた画像を挿入することになります。表紙作成用の「かんたん表紙メーカー(注5)」を使って作成しました。但し、今回は電子書籍にはしていません。

勉強会に参加した友人の感想はこちら。

地域資料や自館のちょっとした情報発信に電子書籍を活用したいと考えていたので、想像したよりもずっと簡単に作成できて可能性が広がる思いがしました。電子書籍を作成するイベントも、地域の独自性を内外の人たちにPRできるよい取り組みだと思いました。

ただ、「簡単に電子書籍が作れる」という部分に少し危うさも感じました。

今回は「地域の独自資料を電子書籍化したい」という動機から勉強会に参加していたので、それ以外の目的をあまり考えませんでしたが、昨今のYouTube等での問題ある発信を考えると、図書館で業務として活用する時には、きちんと目的や基準を事前に定めておかなければと思いました。紙の本の出版は確かに時間も手間もコストもかかり、「売れる本か否か」の厳しい目で判断されるハードルが高いものですが、そこで得られる「信頼性」と、電子情報の発信力とのバランスを考えなければと思いました。

電子書籍の可能性

皆さんにもっと読んでほしいと、出版物を電子書籍にしている知人がいます。

自費出版 菊武由美子著 絵本『神様のプレゼント』

菊武さんは、生まれた時から、「口唇口蓋裂」という障がいを持っています。自分の障がいに悩んでいる時、生まれた我が子が口唇口蓋裂とわかった時、両親はその事実を受け入れられなくて手術を拒否し、赤ちゃんはそのまま亡くなったという医師のコラムに出会いました。障がいのことを正しく知ってもらい、小さな命を守れる社会にしたいと強く思ったそうです。『神様のプレゼント』は、そんな彼女の体験を基に主人公が成長していく姿を描いた作品で、出版後、電子書籍にしました。現在は、出版社との契約が満了しておりAmazon Kindleなどでも見られないようです。紙の本は在庫がなくなれば買えませんが、デジタル本は契約が切れれば買えなくなります。

自費出版 有山周一著 絵本『バカヤロー先生』

有山さんは座間市の元校長先生です。戦後の座間の地域医療を支えた庵政三医師をもっと地域の皆さんに知ってほしいと、紹介する絵本『バカヤロー先生〜いほりまさぞうものがたり』を出版しました。出版して1年経ったところで、電子書籍を座間市立図書館へ寄贈しました。座間市立図書館電子書籍サービスで読むことができます。

デジタル一滴シリーズ『アクセシブルブックはじめのいっぽ 見る本、聞く本、触る本』(ボイジャー)

友人の萬谷ひとみさんも著者の一人です。この本は、「読書バリアフリー」の下、注目のアクセシブルブックの種類や電子書籍の可能性を詳しく解説したものですので、本の出版と同時に、電子書籍としても販売しています。

電子書籍は、執筆から完成まで、自分で書き、自分で残すことができます。装丁を含めて出版文化といわれますが、もっと敷居を低くした、広く皆さんに知ってほしい本を作ったり、地域資料のデジタルアーカイブ資料を作成したり、小中学校の卒業の思い出を電子書籍化したりと、活躍する部分はありそうです。できた本のグループ読書会など、本の共有の仕方もアイデア次第。書きたいことがあったら、是非トライしてみてください。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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