石川県立図書館所蔵本から節談説教の動画ができるまで
図書館つれづれ [第80回]
2021年1月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

2020年は、新型コロナウイルス感染症のため春も夏も味わうことなく過ぎていきました。公共図書館は、5月25日の政府による緊急事態制限解除後も、臨時休館に追いやられたり、制約の中での「新しい日常」に対応した「新たな図書館の在り方」を模索しています。インターネットによるビブリオバトルにお話会、郷土の昔話を動画配信する図書館も増えてきました。

今回は、石川県立図書館(以下、「県立図書館」)が所蔵する虎列剌(コレラ)病予防の阿房陀羅(あほだら)経の瓦版を、図書館が自ら企画・編集し二次加工した節談説教の動画ができるまでを紹介します。

『虎列剌病予防阿房陀羅経』の動画

かつて金沢では「探花房」という戯作者が多くのはやり唄を作り、近八書房から出版していたそうです。はやり唄は、今でいうラップのようなエンターテインメント的なものだったと思われます。県立図書館所蔵の、明治12年に出版された『瓦版はやり唄 虎列剌もの』は、全国的に流行したコレラのニュースを取りあげたもので、中には以下の5点が取りあげられています。

  • 一つとせ節
  • 虎列剌くどきちょぼくれ節
  • 虎列剌病予防阿房陀羅経
  • これら如来御縁起
  • 虎列剌合戦絵入くどき

まずは、今回動画にした『虎列剌予防阿房陀羅経』(注1)をご覧ください。この動画は、県立図書館のホームページからもリンク(注2)が張られています。ちなみに、「瓦版」とは、天変地異や火事などの報道・仇討ち・心中などの雑報、はやり唄などを木版摺の1枚もの、または数丁の小冊子で領布した出版物の総称です。

動画の演者である信楽明生氏は、珠洲焼で有名な石川県珠洲市の珠洲市民図書館(注3)の元職員です。浄土真宗大谷派の僧侶で、節談説教の活動をしています。節談説教とは、日本の仏教布教手段を指す浄土真宗固有の言葉で、仏教になじみのない一般大衆にわかりやすく節をつけた説教をいいます。説教の動画が現代のラップのように聞こえるのも頷けます。聴いていると、今のコロナ対策と基本は同じなのだなあと感じます。書物で読むより、耳にすっと入ってくるのは、音楽の力ですね。NHKのテレビ番組「先人たちの底力 知恵泉」や「英雄たちの選択」などでも、かつての感染症を昔の人たちはどうやって乗り越えていったのか、書物から紐といて紹介していました。でも、図書館が所蔵する書物を、自分たちで二次加工して提供するなんて画期的な取り組みだと思いませんか。

それでは、今回の仕掛け人である県立図書館企画協力グループの鷲澤淑子氏と信楽氏にそれぞれのお話を聴くことにしましょう。

県立図書館企画協力グループ(以下、「グループ」)の奮闘

発端は新型コロナウイルス感染症の拡大による臨時休館でした。多くの図書館がそうであったように、自治体の指示で県立図書館も4月11日より5月24日まで臨時休館となり、職員は大きな衝撃を受けました。鷲澤氏のグループは、窓口業務ではなく、県内市町立図書館支援や広報などのサービスをしている部署です。直ぐに、休館時の新たなサービスを考え、まずは2019年度の図書館大会の記念講演の動画配信を提案しました。それまでWeb活用には慎重だった館長が、いち早く図書館の役割の変化をキャッチし、館長の旗振りの下、県立図書館の新サービスは展開していきました。

休館中の5月の連休には、pまつり(ページまつり)をTwitterとFacebook上で開催しました。ちなみに「pまつり」とは、紹介したい本の指定されたページ(例えば、5月6日だったら、56p)の中から文章を選んで紹介するという、ビブリオバトルよりもハードルの低い本の遊びです。そのpまつりは、Twitterで500リツイートという快挙に至り、とても嬉しかったそうです。みんな細やかな楽しみさえ欲していたのですね。グループを2人くらいずつ班に分け、以下の動画配信の企画・実施もしました。

  • 読み聞かせ配信動画
  • 一般向け図書の補修動画
  • 市町図書館職員向け研修動画

資料紹介の動画は、テレビの日曜美術館「世界で一番美しい本 ベリー侯のいとも豪華なる時祷書」を見て思いつき、最初は、絵のきれいな郷土の古典籍を、ページを繰りながら読むということを考えていたそうです。

図書館報もグループの仕事で、通常は開催したイベントの報告が主な記事で、イベントが全て中止となり「どうやって作ろう?」と思い悩み、「<特集号>コロナ禍と図書館」に至りました。その時にコレラの瓦版の資料を思い出し、資料紹介を書きました。書いている途中に、「やんれぶしを唄える人に唄ってもらうのも面白いかも!」とまさにインスピレーションが沸きました。でもどうやって探そうか?と5月の連休は思案し、そして、節談説教の活動をしている信楽氏に阿房陀羅経を読んでもらうことを思いつきました。信楽氏は、在職中、新館建設以前の珠洲市の図書館で長く一人で図書館を運営されていた司書で、協力業務で伺った際にお相手していただいた仲でした。余談ですが、信楽氏の前任者の方も長く一人で図書館を回していた重鎮で、若かった鷲澤氏は随分と可愛がっていただいたそうです。

5月の連休明けに信楽氏に連絡し、阿房陀羅経を読んで欲しいと依頼しました。阿房陀羅経をYouTubeで探してみると、思ったよりアップテンポで楽器も使う芸能でちょっとびっくり。最初は信楽氏も、もっとお経っぽいものを想定していたようで、断ろうと思ったものの、翻刻文を読んで、この内容なら自分の節談説教風に読んでもいいかもしれないと思いなおしたそうです。その後の動画完成までは、信楽氏へバトンタッチします。

信楽氏の節談説教動画ができるまで

信楽氏は、県内で開催される図書館職員のスキルアップ研修の交流の際、何気ない会話の中で、僧侶であることや節談説教のことを話したこともあったようです。鷲澤氏はそれをキャッチしていたのですね。依頼を引き受けたのは、自分の経験になると思ったからでした。その後信楽氏は一度県立図書館へ来館し、翻刻文の内容や意味を一緒に確認し、それを全部自分の手で書き直し、節をつける作業に取り掛かりました。

節談説教は文句に節をつけて語りますが、音楽でいえば作曲と同じで、語る人によって色々な節のパターンがあります。今回の阿房陀羅経の文句はあまりに長いので、多彩な節を取り入れ変化をつけて、聞き手にとって聞き応えのある節にした方が最後まで集中して聞いてくれ、また聞きたいと思ってもらえると、あえてテンポのいい節を選びました。それでいて、ワンパターンにならず変化を持たせるために、あらゆる節を当てはめながら考えたそうです。全ての節談の節をイメージしながら速いテンポで臨み、一通り完成した後は、実際に自分で歌い、録音したものを何度も聞いて確認しました。節と節がうまくつながっておらず、不自然でバランスの悪い箇所をいくつか修正し、何とかバランスのいいものに仕上がるまでには、大変な時間を費やしたと察します。そんな節談説教は起承転結をイメージした4部構成になっているそうです。

図書館との集合知

信楽氏から送られてくる動画を確認しながら、阿房陀羅経の節がどんどんグレードアップしていくのを、図書館の方々も肌で感じていたそうです。

最終的に、動画は県立図書館で取り直すことになり、どんな形にしようかと色々考えました。翻刻文を動画に乗せる案も出ましたが分別くさくなるので、説教に合わせて資料をめくるだけにし、どこを読んでいるのかわかるようラインを引くことにしました。録画や編集はすでに職人に育っていた職員にお願いし、チームで制作にあたりました。特に動画編集にあたった職員のスキルが高く、この部分は言葉だけでは理解しにくい、と字幕や解説を追加し、完成度の高いものになりました。ちなみに、録画や動画の職人は、研修に参加したわけではなく、新たな仕事の度にスキルを磨いていった頼もしい職員です。

チームは、以下に分かれての協働作業となりました。

  • 作曲・歌唱:信楽氏
  • 録画:録画職人
  • ページめくり:手の美しい職員
  • 動画編集:動画職人
  • 企画・コーディネート:鷲澤氏
  • 協力:珠洲市民図書館

珠洲市民図書館も巻き込んで、幾つかの波乱万丈の波を乗り越えて、半年に及ぶみんなの協働作業で動画は完成し、充実感と嬉しさを味わいました。

お二人の話を聴いての感想

この取り組みは、国立国会図書館のカレントアウェアネス(注4)にも紹介されました。今後の図書館研修は、動画編集などWeb活用の研修が必須になるかもしれませんね。「with コロナ」の生活は、図書館の在り方も少しずつ変えていっているようです。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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