紫波町図書館(オガールプラザ)
サブコラム:忘れえぬ人々
図書館つれづれ [第17回]
2015年10月

執筆者:ライブラリーアドバイザー
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

紫波町図書館(オガールプラザ)

紫波町は、岩手県盛岡市と花巻市の間に位置し、双方から東北本線で20分ほどの交通アクセスの良い町です。国の補助金に頼らない官民連携の地方創生モデル「オガールプロジェクト(注1)」で実現した図書館に伺ってきました。お相手をしてくださったのは工藤巧館長と手塚美希さん。秋田生まれの手塚さんが何故紫波町に?そんなお話も聴いてきました。

図書館ができるまで

紫波町図書館(注2)のルーツは、1963年、野村胡堂氏から送られた基金で作られた胡堂文庫まで遡ります。その後、中央公民館図書室となり、蔵書は6万冊と増え、新しい図書館建設が望まれていました。

2001年に市民団体「図書館を考える会」が発足し、町にとって必要な図書館の理想を求めて、講演会や先進的な図書館を見学し、図書館のあるべき姿を模索していました。

一方、町も、2004年に発足した図書館整備プロジェクトチームの一員であった現企画課長が、紫波町の図書館のあるべき姿を探していて、秋田県立図書館の山崎博樹副館長に出会い、課題解決型図書館を知るのです。2006年に山崎副館長を座長に、「紫波町図書館整備検討委員会」が設置され、市民団体とも合流した組織へと発展します。

ここでちょっと手塚さんのプロフィールを紹介します。彼女は秋田の山あいの村で生まれ育ちました。村に図書館と呼べる図書館も本屋もレコード屋も無く、とにかく情報に飢えた少女時代だったそうです。村に最新の情報が集まる発信場所をつくりたい夢が、図書館をつくりたい想いとなり、司書になり、浦安市立図書館に勤務。パートナーの転勤で秋田へきて、秋田市立図書館を経て、山崎副館長のいる秋田県立図書館に勤めていたのです。

話はまた逸れますが、町は、1997年に再開発予定で購入した、紫波町中央駅前の未利用の土地の活用に苦慮していました。そんな中、地域振興整備公団や建設省などの経験を持つ岡崎正信氏がUターンで戻ってきました。岡崎氏は家業の仕事をしながら、東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻を学び、町有地の活用に公民連携手法が活かせることを町に伝えました。その後、町も、現公民連携室長を大学院に入学させ、公民連携手法を学びます。そして、町と東洋大学は、公民連携に関する協定を結び、駅前の土地活用について調査し、調査報告書を提出します。

その後、100回以上の町民説明会を経て2009年に「公民連携基本計画」を策定し、公的な資金に頼るのではなく民間の金融機関のチェックを入れたオガールプロジェクトが生まれます。岡崎氏を社長とするオガールプラザ株式会社・オガールベース株式会社には、徹底的に採算を追及する凄腕のブレインが控えています。志のある人の周りには、自ずと人の環ができるんですね。

図書館をつくることが決まった当初、町は山崎氏に館長を要請しました。山崎氏はそれを断り、代りに手塚さんを送り出したのです。その頃手塚さんは、パートナーの東京転勤が決まり、図書館も辞めるつもりでいたのですが、小さい頃からの夢である「図書館をつくる」という魅力には勝てず、2010年、紫波町へ赴くことになったのです。当時、町には司書という専門職は無く、彼女の処遇に頭を悩ませたそうです。

2011年、オガールプラザが起工します。プラザの中には、図書館のほかに、産直マルシェ、子育て支援センター、カフェ、音楽スタジオ、キッチンスタジオ、貸しスタジオなどがあり、今まで町になかった眼科も入りました。向いのオガールベースには、日本初のバレーボール専用体育館があり、宿泊施設も備えています。図書館でバッタリ会った知人は、この施設に泊まり、紫波町で採れた美味しい朝食をいただいたそうです。

建物には本当にお金はかけていませんが統一感があります。デザイン監修がなされガイドラインを設えてあり、看板1つさえ勝手に立てることができないのです。オガール広場では民間企業によるイベントが開催され、図書館や町の機関との連携をはかり、集客と文化を育む機能も備えています。2012年に開館した図書館は、町と民間と市民運動のマッチングによりできた産物でした。

紫波町図書館

工藤館長は、町の下水道が専門だったという元建設部長の経歴の持ち主です。震災の年に一年残して退職し、一年後の6月に館長に任命されました。密かに司書資格を取得する際は、かなりきつかったようで、お母様の葬式の夜もレポートを書いておられたとか。お話の端々に、盛岡でも花巻でもない紫波のアイデンティティにこだわる郷土愛を、ひしひしと感じました。

町民のNPO団体に一部業務委託で始まった図書館ですが、昨年度から運営体制が直営になりました。図書館は、町長部局企画課の傘下にあり、嘱託司書10名、非常勤の館長、町の職員で情報交流館を兼務する事務局長の合計12名で運営しています。

紫波町図書館は、以下の三本柱が運営方針です。

  • 子どもたち(0歳から高校生まで)と、本をつなぐ。
  • 紫波町に関する地域資料を、収集・保存する。
  • 紫波町の産業支援をする。(ビジネス支援)

紫波町のビジネス支援なら、迷わず「農業支援」と思うでしょう?ところが、農業を主とした第1次産業の産業別純生産額は、わずか5.3%で第2次・第3次産業と比べて一番低いのです。とはいえ農家の人口は8450人と全体の26%を占め、かつ食料自給率は170%以上と農業が町に与える影響は生産高では図れないものがあり、東日本大震災でも支援に大活躍した「農業」をビジネス支援することになりました。

農業の棚は、通常のNDC分類にこだわらず、「農業を始める」「田舎暮らし」「産直」「農業経営」など実際の使い勝手を重視しています。ところが、壁にぶつかります。

農家の皆さんは忙しくて、図書館へ足を運ぶ時間がないのです。また、専門的なことは図書館に頼らなくても農林課や農林公社があります。試行錯誤の末、図書館は、「図書館へきてもらってサービスを提供する」路線から、「図書館が生産者のところへ出向き、地域の農業情報を発信する」路線へ切り替えていきます。

産直マルシェのPOP(スーパーで見かける広告)展示は、店舗に勤務する方との雑談がヒントで生まれました。POP講習会まで出かけていき、農家の方々に代わって図書館がPOP制作をしています。買い物客は1~3秒しか見ていないという知識も教室で得たそうです。

後日、手塚さんより、「実は農業支援や児童サービスとともに、毎月の企画展示に力を注いでおり、当館の特徴が一番あらわれている部分です。もろもろ説明できずに残念でした!」とお便りいただきました。企画展示は図書館だけでできるものではありません。農林課、農林公社、産直、JAいわて中央など、企画展示に必要な部署や会社へ出向き協力をお願いし初めて実現するのです。必要とあれば生産者にも直接会いに行きます。

限られた予算の中で、業務の合間を見ながらお金をかけずにアイディアと足で稼ぐ。紫波町図書館に伺いお話を聴いて、一番大切にしているのは「つながりづくり」と感じました。

「知のインフラである図書館の政策重要度が、下水道より低いのはおかしい。図書館の使命を意識し、それを支えるべき司書の待遇も含めて図書館は変わらなければならない」と工藤館長は語ってくれました。図書館の試行錯誤はまだまだ進化を続けます。

参考

~サブコラム~ 忘れえぬ人々(労苦を共にした仲間たち)

おかげさまで下期も書かせていただくことになりましたが、「忘れえぬ人々」シリーズは、これで一旦終わりにします。システム提供業者も、図書館の皆様と想いは同じであることをわかってほしくて書きました。

20年という長きにわたり図書館システムと関わってこられたのは、仲間がいたからです。SEとは、お客様の打ち合わせの席でも社内の会議の如く熱い討議をすることもありました。それを、温かく見守ってくださったのはお客様の皆さんでした。営業とも随分やりあいました。夢を語る営業と、現実を直視するSEの立場では、同じことを語るにも違いがあるのです。とっておきの思い出話は、かなりシビアなもので、お聴きしたい方がいましたら個別相談に応じます(笑)。

また機会がありましたら、思い出話を追々書かせていただきます。




トピックス

  • 第17回図書館総合展
    横浜で開催される第17回図書館総合展の11月10日10:00~11:30、第6会場にて「地方創生と図書館」と題して、紫波町の皆さんがパネリストで参加されます。司書の手塚さんも登場します。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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